忘れられない台詞
秋田文庫版 14巻「ブラックジャック」の、『満月病』という話しの中に僕が昔読んで好きだった台詞がある。
きみを助けたのは、きみが美しいからだ。
受け取る側の見方や関係性で如何様にも意味が変わるこの台詞。
ブラックジャックというキャラクターが美しいから助けた、と言えばそれなりに納得感が出るが、いや、やはり字面通りではないのでは?
と気にさせる言い回しで、かつスマートなのがさすがだ。
【この先は、ネタばれになります。】
この話しは、ブラックジャックが毎年墓参りで訪れる墓地の近くに喫茶店があり、そこに勤める女性が辞めてしまったという情報からスタートする。
彼女は満月病という腎臓のできものの病気で、婚約者から破棄を伝えられ、悪化する症状から引きこもっていたところにブラックジャックが現れ、彼女に無料で手術をすると約束し、手術は成功。
土地の病院に彼女を任せて半年後、彼女は完治する。
完治した彼女の元に元の婚約者が迫るも、ブラックジャックが駆けつけ、二人は再会を果たす。
その時のワンシーンが上の2コマだ。
このときに実は昔からの読者には、ブラックジャックが彼女を助けた理由がわかっている作りになっている。
そこで、きみが美しいからと理由をぼんやりさせて伝えないところに、昔からの読者はしびれ、その後彼女にもその理由(彼女の父がブラックジャックを助けた医者である)が伝えられると、彼女と気付かなかった読者がしびれ、きみが美しいからという台詞に再びしびれることになる。
この話しが好きなのは、その理由がどんなに正しくて、美しくて、かっこいいものであったりしても、いやだからこそ、それを自分で話したり、伝えるのは、やっぱり無粋で、「伝えないことが良いということもある」と示している点。
そしてそういう想いを汲み取って当事者ではない第三者が、そっと伝えるということの重要性を示している点のように思う。
言わなきゃわからない。
形にしなければ意味がない。
とてもよくわかる。
だが、無言は何もないわけではないのだ。
言葉にできない、あるいは言葉にするくらいなら言いたくない。
という想いも無言には込められていることすらある。
目の前に見えるもの、言われたことにばかり気を取られていると、その奥に潜む無形、無言の思いやりに気付けなくなってしまう。
そういうやり取りが一話の中に細かく散りばめられているので、僕はこの台詞、この話しは忘れられないのだ。
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