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『あなたと行ったヴィーナスブリッジ』 著・戸松大河


【まえがき】 
           

『おにいちゃん。ご出身は?』
『愛知です。』
『あー名古屋ですなぁ。』
『あー。そぉす。名古屋ですね。』
『エビふりゃーとか。』
『そうですね。』
『英南に行くの?』
『はい。4月から。』
『華のキャンパスライフやんかー。もぉ観光はした?』
『いえ、まだ。どっかおすすめあります?』
『せなや。ベタやけど、やっぱ夜景とか若い子は行くで。』
『夜景。』
『まぁこの辺やったら、ヴィーナスブリッジやな。』
『ヴィーナスブリッジ。』
『車はもってるの?』
『…はい。』
『ほぉか。ほなピュッと行ける距離やから。』
『なんか聞いたことあります。』
『雨が止んだ次の日がおすすめやで。』
『あー』
『雨雲が去ったあとの空は吹き抜けて綺麗やし、夜景もごっつ映えるから。ここは右?』
『あ、はい。もぉここで大丈夫です。』
『はいよ。ほな1,490円。』
『領収書ください。』
『はいよ。』
『ありがとうございます。』
『はーい。おおきにー。』


 何気ないタクシー運転手との会話。
些細な会話でも、僕は…。


【はじまり】


僕は神戸の大学に入学しました。
神戸は山も海も近くロケーションが素敵な街です。何より一つ一つがお洒落で上品です。震災への思いを糧に皆さんが一丸となって活気立てているのが伝わってくる街です。夜景、飲食、観光、全てがいちいち感性豊かな街。年に1度は訪れるようにしています。今年は行けるかな。


2007年(平成19年)。僕は大学2回生。
 金曜日1限目英語のライティングクラスで雅を知りました。席は遠い。僕は窓際。雅は壁側。僕は法学部。雅は経済学部。僕と雅との間には明かなソーシャルディスタンスがあった。そんな距離があっても、視界に入るだけで素直に美しいと感じる女性。ファッションセンスが高く、小物の使い方が上手な女性。小物上手はお洒落上手。そんな言葉がよく似合う。背丈と首筋から放つ感性的なオーラがまばゆく映えます。すれ違う男性は必ずと言ってよいほど振り返るか黙視する。CANCANのモデルをしたり、北新地の高級クラブのオーナーから直々に引き抜きの声がかかったり、芸能事務所にスカウトされたり、女性からも人気の娘でした。なんせもぉ。可愛かったっす。話す機会は全くなく、絡みたいけど絡めない。そんな毎週金曜の朝。『友達になれたらいいなぁ。』そう思う程度でした。


 なぜなら、僕には付き合っている文学部の彼女がいたから。




これは腐った人間の話。




『あなたと行ったヴィーナスブリッジ』




【登場人物】

雅(みやび):英南大学 経済学部 2回生
雪乃(ゆきの):英南大学 文学部 3回生
陵(りょう):英南大学 法学部 2回生
慧斗(けいと):雅の弟 小学4年生


 雪乃さんは、熱意ある優しい女性でした。確り話し合いを求め、向き合ってくれる女性でした。こちらもまたカットモデルや雑誌に掲載されるファッションモデルをされていて、神戸のミスコンにも出てる方。卒業後もそういった芸能活動をされていていたそうです。一緒にいて自然に僕が笑顔になれる、笑顔にしてくれる女性でした。絵が得意で似顔絵を書いてくれて毎日それを写メで送ってくれる。時々4コマ漫画にしてくれる女性。彼女の自ら僕を笑わそうとしてくれる姿。何気ない二人の湿った部屋に明るい風を入れて乾かしてくれる姿は微笑ましく。『ありがとう。大好きだよ。』と素直に思える女性でした。
 ガラケーの電池カバーの裏に貼ったプリクラを見せては、友人から『なんでお前みたいなブサイクがこんなに可愛い娘と付き合えるんだ!ww』と言われる。『この前会ったとき一緒にいたの彼女!?めちゃかわいい!』 今思えばこの優越感に浸っていた自分がいたのは間違いない。



 そんな風に人に誉められ、
人に認められる生活に浸っている中、


僕は雅と出逢う。

 ある日、半端じゃない引き寄せがありました。水曜日3限目の英語スピーキングの講師に食事会に誘われたのです。暇だったので行きました。大学生が集う懇親会。やたらと男子学生にチヤホヤされる2人の女子学生。その1人が雅でした。雅は水曜日2限目のスピーキングクラスだそうです。
 雅は『あー! 一緒やったんやん!てか、金曜一緒よな?』明るい関西弁に新鮮さと色気を感じました。雅も僕の田舎育ちのヤンキー口調を新鮮と捉えてくれていたそうです。共通の話題を切り口になんとなく話し込み、サークルの話や共通の知り合いのお話をして、気づいたら雅とその時一緒にいた雅のお友達と3人で2次会に行っていて、気づいたらメールアドレスを交換していました。ガラケーの赤外線通信でやるアレです。なんとなく何気ない会話をメールのやり取り。途切れることなく毎日メールが続きます。お互い長文で、丁寧に返しあっていました。気づいたら雅と朝まで電話している。雅の以前付き合っている彼氏のお話や過去の彼氏のお話を聞いたりしていたり。なんか不思議な初めてな感覚でした。

 ただ鮮明に覚えているのは、なぜだか雅と雪乃さんのお話は1度もしたことがない。

 僕は雅のことを根掘り葉掘り聴くが、雅は僕の女性関係に関してなにも聴いてこなかった。


 雪乃さんとは自然に距離が生まれていきました。それは、勿論毎日連絡を取り合っていた雅の存在が大きかったのだと今は正直に思います。当時の僕は、どこか肯定できる理由をざかして、良く見せる言い訳を探していました。付き合っていた彼女は年上でしたので『就活の辛さを強要してくる。』『自身との時間が合わなくなっている。』など理由を言い聞かせ、周囲に発信し、段々離れていきます。毎日連絡を取り合っている雅と会ったり遊んだりする時間が増えていったのです。
 最初は嬉しかった雪乃さんのmixiの足跡も、この時は『憂鬱』と『あたりまえ』になっていました。




 冬になり、雅を含め友達4人で泊まりで斑尾へスノーボードに行きました。雪乃さんには『友人と行ってくる。運転できる男が必要だから。』と訳のわからない理由を自発的に発信したのを覚えています。

 リフトに乗るとき、差し出す僕の右手。掴まる雅。滑走するように僕らの距離は縮まる。あれだけ遠くにいると感じた女性が今すぐそばにいて。憂鬱な尻餅をついてボードに足を嵌め込む作業さえ楽しく感じた。雪を投げ合ったり、倒しあったり。ワイワイ食事をしてゲーセンで遊んだり。卓球をしたり。
 旅館。僕と雅は、風呂上がりに、2人だけになった自動販売機の前でキスをしました。 息を投げ合うように。思い切り。お互い言葉は交わすことなく部屋に戻りました。この日を境に言葉もいらない関係になっていきます。



冬季休校が明け、春。
就職氷河期のせいもあり、雪乃さんは就職活動に難航していた。
 当時は彼女の気持ちを考えれず、かかってくる愚痴や悩みの電話を流していました。なんども寂しい思いをさせて、なんども悲しい思いをさせたのは間違いないです。
 『これでは人としてダメだ。』と雪乃さんに別れを告げます。雪乃さんは拒みました。だって嘘だから。嘘の理由だから。当たり障りのない嘘を7並べのように綺麗に並べる。上記に述べた『これでは人としてダメだ。』も嘘なんです。
 雅に言われたんです。『陵、彼女いるやん。これ以上会われへん。…好きやけど。』だから雪乃さんと別れようと思ったんです。雅は僕が雪乃さんと付き合ってることを知っていたんです。
 僕はただ…雅を抱きたかっただけかもしれない。学校で皆から人気者の綺麗な女性にモテていて、仲良く遊んでいる自分を楽しみたかっただけなのかもしれない。ブランドとステイタスと優越感と承認欲求のミルフィーユを四六時中食っていた。
 

 僕は、雪乃さんに嘘をついて別れました。雅に嘘をついて付き合いました。自分に嘘をついて自分の欲しいモノを作りました。手にいれました。そして、自分に『嘘がホントだ。』と言い聞かせました。上記の嘘は全てが自分を正当化するための嘘です。

雪乃さんは時々連絡をくれます。

『終電なくなってん…いっていい?』

それでも僕を好きでいてくれたのでしょう。
僕はそれを『モテんな、俺。』と解釈します。

着メロがなる。
Best in me / Blue
雪乃さんが好きな歌。

『はい。』
『今から会えたりできひん?』
『今日は友達とオールだから無理。』
『カラオケ?』
『ビリヤードかな。』
『どこいてるん?』
『三宮。』
『ほな。うちもいこかな。』
『いや、おかしいでしょ。』
『…せやね。』
『…じゃ。』


と、僕は電話を切り、神戸の夜景が一望できるヴィーナスブリッジに雅と2人。
ヴィーナスブリッジは2回目。雅は僕がヴィーナスブリッジに来たのは初めてと認識しています。日々、雅にのめり込んでいく僕。ヴィーナスブリッジにあるモニュメントにカップルは南京錠をつけます。そこには僕と雪乃さんの南京錠もあります。その前で僕は雅とキスをする。


 次第に学内でもほとんど雅と一緒いるようになりました。専攻もしていない雅の経済の授業を一緒に受けたり、時々雅が僕の授業を受けたり。『沢山学べて沢山一緒にいられる。』嘘をついて。雅が以前付き合っていた彼氏が世間で有名な男性だった話も学校では噂だっていたので、『その後に付き合った俺』と言う意味のわからないステイタスとブランドにも浸っていたのでしょう。



 学食に行く昼休みや放課後、雪乃さんとすれ違う度に、僕ら3人の間には、じめっとした間(ま)が生まれます。


僕と雅は狂ったように愛し合いました。
毎日愛し合いました。
毎日壊れるくらい一緒になりました。

なぜだか
雪乃さんとすれ違う日は、より狂って愛し合います。
なぜだろう

蟻地獄に飛び込むように

 雅に全てを使った。気づけば心も体も時間も金も、雅の為に使い。親からの仕送りも雅の為に、ふたりの夢中な時間の為に。


 金が足りなくなり、考えるに考えて、効率のよいグレーなビジネスをはじめます。下宿先をラブホテルにしたのです。合鍵を作り、顧客を集める。遊びたい盛りの若者から学生、中にはサラリーマンもいました。最大97名の顧客。月々8,000円のシフト制で2時間30分の押さえたい放題。うまく空き状況を偽り、コントロールしながら満枠にします。当時の顧客は最低でも62名。僕の収入は最低売上約50万円です。後輩を清掃員としてバイトで雇い、シフトも任せるようにしました。それに並行して北新地の高級キャバクラで女の子のつけ回しオペレーターとボーイをします。月収は、1、2年目のサラリーマンを遥かに越えていました。学生のくせに高級外車を乗り回し、DOLCE&GABBANAのトータルコーディネート。
学校へは行かなくなりました。


 気づくと愛知の実家には留年警告通知=赤紙が届きます。父母共に急に神戸を訪れ、『心配になって会いきた。単位は大丈夫か?頼むから留年だけは勘弁してくれ。』という出来事もありました。父はよくメールをくれたのを覚えています。母は僕の体調と金銭面を心配してくれたのを覚えています。時々鳴る淡白なメール受信音。父からです。
『今日たまたま出張で神戸だ。夜飯でも食いにいくか?』
時間が合えば会いに行きました。特に話すことはなく、雅の話をしたり、充実した学生生活を虚栄する毎回でした。父には、言えないことの方が多くありました。気づくと親にも嘘をつくようになっていた。気づくと親にも自分を正当化する嘘をついていたのです。

透けて見えてるのに。


 今思えば、父の気持ちと嘘になぜ気づかなかったのだろうと感じます。父は神戸に取引先なんてない。仕事なんてなかったのです。父は僕に逢うためだけに心配で神戸に来ていた。会う度に『浮かれすぎじゃないか?遊びすぎじゃないのか?頑張ってやってくれな。』僕はそれをその場しのぎで裁き、今からバイトだからと偽り、父を摂津鹿川駅まで見送り、直ぐに雅に会いにいきます。


夏。
雅がお母様と地元の天神祭に出るとのこと。
雅から弟の子守りと家の留守番を頼まれました。弟の名前は慧斗。雅から『陵やったら信用できんねん。お願いしたい。』と言われたのが素直に嬉しかったです。雅は母子家庭でした。慧斗は腹違いの息子。3人暮らしです。慧斗は大人しく優しく、口数は少ないが礼儀正しく、凄く社交的な少年でした。人のお話をよく聴く少年の印象でした。何かを伝えるとき教えるとき、目を輝かせる少年でした。雅から普段TVゲームに熱中してると聞いていたので、あえて一緒にTVゲームをしようとは言わず、ユビスマ、魚鳥木、無理問答、文章しりとり、チャッチャのリズムに合わせて食べ物限定しりとり等。それを高速テンポにして、笑ったら負け等の規制を入れたオリジナルのゲームをして遊びまくった。コンビニへアイスを買いにいったり、公園でバスケットボールをしたり、遊具で遊んだ。銭湯に行った。慧斗が自身の胴体を恥ずかしながら隠すのにどことなく思春期を感じた。アザみたいなのが恥ずかしかったんだろう。二人で腰に手をあて、牛乳を飲む。慧斗を弟のように感じながら、雅と将来家族ができたら幸せを感じられるのだろうとすら想像していた。
家に帰る。『クレヨンしんちゃん~オトナ帝国の野望~』を観ることになった。慧斗は、もうなん十回と観たと言うが一緒に観たいと言った。気づくと慧斗は僕の肩で笑顔で寝ていた。起こさぬようTVを消して、タオルケットを掛けた。冷房を28℃にして弱に。僕は見守りながらも酒を飲んだり、飯をくったり、雅の部屋で携帯をいじったり、本を読んだり、ゴロゴロしたり。

 
 手持ちぶたさに限界が来た時、僕の目に1冊ノートが光って見えた。経済学の教科書や、小説書籍が並ぶ中で、無印なのだが無機質にハデなオーラと存在感を出す茶色の分厚目のノート。雅の日記帳です。雅はマメな娘です。小学校2年生から毎日日記をつけ続けているとのこと。何気なく手に取り開く。ここ1年の雅の日記。罪悪感もありながら、興味津々に息をのみ、僕はそれを見る。遡るページ。1年前。僕と出逢った時期。

『いいアテを見つけた。男としてちっちゃいけど金払いは良さげー。マザコン。きもい。あほ。ありやな。…(略)…聞き分けはいい。』

 僕のことです。雅は…。雅は、僕と出逢ってから僕と付き合うまで、18人の男と並行し交際していました。そして、各男がデートで払った費用とデート回数、ホテルに行った回数等々を割り算して書式を出して、ちょうどプロ野球選手の打率表のように数字をつけ、隣には折れ線グラフが繊細に記されていました。



最下位だった僕が付き合えた理由、

それは金払いがよくなったから。

 その他は僕のダメだしと悪口が紙を殴るように記されていました。あの言葉も、あの楽しかった時間も全部嘘だと思うとやりきれず。父と母の言葉を思い出すと、僕の目頭は熱くなり、視界はぼやけていきました。全てがドミノのように崩れた感覚。怒りではなく、こんなに今まで背伸びをして生きてきた時間が‥情けなく自身の愚かさが悲しかったのが本音です。自分自身が恥ずかしかった。殺めたかった。消えて亡くなりたかった。…逃げたかった。後戻りができないと思う自分もいた。
 『なかなかブランド品はこうてくれへんな。ちっちゃいわー。誕生日プレゼントは、いつもの方式の手作りのアルバムにメッセージを添えてで充分やろ。コスパいいし、喜ぶやろ。』…。

かなりキツかった。

 6月22日にくれた僕への誕生日プレゼント。手作りのアルバムは、付き合う男に毎回やっている事だったのです。
理由は、安上がりで、気持ちが一番伝わるものだから。都合の良い勘違いをさせられるモノだからです。

ここに書いてあるメッセージも嘘。


気づくと、僕の前には慧斗がいました。


『あ、みたんそれ。』

『いや、あ。』

『ねーねには言わないでおくな。』

『え。』

『僕はねーね信じてへんから。』

『え?』

『ママも信じてへん。』

『…』

『女を信じてないねん。』

『…?』

『あれやで。去年の祭はな芝山さんって言う人が子守りに来た。その前は、タツキくん。』

『…』

『ねーねとママはしょっちゅう男が変わんねん。』

『…』

『ねーねは沢山物を買ってもらって、要らなくなったらママと売んねん。』

『…』

『ママは気が向くと夜の仕事を始める。始めてしばらくすると男の人と帰ってきて、一緒に暮らすことになって、男の人はママかねーねと喧嘩して出ていく。』

『…』

『慧斗が貰った服やゲームも時々勝手に売られる。』

『…ママ、不動産って言ってなかった?』

『あれ嘘。』

『なんの仕事してるの?』

『風俗。』

『…』

『ママはな。お小遣いをくれる男が欲しいねんて。自分のことを一番に思ってくれてなんでも買ってくれる。』

『…』

『ねーねはな。パパが欲しいねんて。なんでも許して、優しくしてくれるパパ。』

『…』

『…慧斗くんは、…なにが欲しいの?』

『家族。』

『家族…』

『ちゃんとしたフツーの家族な。』


慧斗くんは、微笑みながらいった。
気づくと僕は、慧斗の頭をなでていた。
慧斗くんは泣いていたように見えた。

『…なんでそんなこと教えてくれるの?』

『陵は、遊んでくれたから。』

『え?』

『陵は、ゲームとか物とかじゃなくて、慧斗と一緒に遊んでくれたから。』

 自分の家に帰ろうと思った。しかし、彼のそばにいてあげたいとも思った。

銭湯に入ったとき、
慧斗の胴体にあった複数アザの意味を理解しました。


父と母の顔が浮かんだ。徐々に僕はなぜだか笑っていて、頭のなかに訳のわからない決意をしていました。

つづく



ご一読頂き、誠にありがとうございました。
戸松大河

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