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イチローとの思い出

というと
知り合いのようだけど、違います
私が唯一ずーっと応援して励まされてたイチロー選手との話

表題の写真はシアトルにマリナーズの試合を見に行った際に
弟が撮ったお気に入りの1枚

イチローとの出会い

ある中学生の1日
リビングで甲子園を見ていた父
私はまた野球かーつまんないのー
って思いつつ、やることもなかったから
ソファに座り、ぼーっと画面を見ていた

その時、なんかかっこよく走ってる選手がいて、
誰これ(と言っても情報無いから全くわからない)
走り方かっこいいなー
と見つめてた

その試合、よくわからないままその選手が出てくる度にあ、あの人だ!と
口にも出さずに見ていた

これが愛工大名電高校時代のイチロー選手

もちろん、私は名前もなんも知らないし、
横で見ていた父に言うわけでもなかったから、
知る術はなし ここで終了
となるはずなんだけど

何か引っかかって 注意して
父の見る野球関連ニュース見ていたら

出ている

ドラフト会議?というやつだ

愛工大名電 鈴木一朗 オリックスバッファローズ
第4指名だった

はっきり覚えている

この日からちゃんとファンになった

この日までは、ふんわりと
名前も知らない選手だったのに
この日に名前と顔、しぐさ、覚えると
一気に加速度が上がった

晴れて彼はプロの野球選手になった

わたしは野球ファン、野球好きになった

ルールも知らないのに

親への影響

もともと野球観戦していた父
特に可もなく不可もない母
だったのだけど

急に娘が野球―――というかイチロー
に惚れ込んだもんだから

家族にもその影響が

――――そのころ、関西のTVなんて東北で放送なんてしていなかったから
オリックスの試合も
夜のニュースでしか見れなくて
時にはケーブルTVの16分割の一コマで(!!)
音も出ないまま見ていたこともあった

見かねて
当時の宮城球場に遠征試合に来てくれた際には
いい席取ってくれた父(感謝!!)

余談だけど、ぼろぼろの宮城球場を覚えている
当時は東北に球団なんて一つもなくて
北海道にもなくて
東京と西の方に集中していたから、
地方の球場は、狭くて古くて―――
という感じ

今は北海道に日ハムが
宮城に楽天ができて
球場もキレイになりました!!

等身大ポスター

いや、ね、
好きだよ イチロー 当時からとっても
宮城球場で初めて観戦したのは中学2年生の頃かな
14歳とかだったと思う

観戦の余韻にひたり
満足して帰ったわたしに
じゃじゃ――――んと言わんばかりに出してきた
イチローの等身大ポスター!!

6畳の部屋にかなりの圧迫感!!
イチローは華奢に見えても180㎝あるからね―――

ありがとう~~って言ったからには
貼らなきゃ、ね

この日から、ベッドから起き上がるたびに
イチローが向かえてくれたのである

イチローから教わったこと

これは、もうたくさんありすぎる
イチローを好きにならなかったら
頑張れなかったこと
乗り切れなかったこと
本当に多いので
わたしの人生に(勝手にだけど)関わってくれて
ありがとうを言いたい

その中でも好きな考え、教えをいくつか

小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています

有名な言葉ですが―――
この言葉にどれだけ勇気づけられたか
これがなかったら、洋服のデザイナーは諦めていたかもしれません

もう一つ

壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている。

これも
頑張っているのに何か辛いことがあった時
落ち込んだ時
思い出す言葉

わたしは絵もうまくないし
たぐいまれなセンスも持ち合わせていないけど
他と比較するのではなく

己と向き合って
前向きに目標に夢に向かっていけば
必ず夢に近づける

そう信じさせてくれる言葉たち

今の自分を作っているのはイチローの影響も大きいです

昔も今もずっとあこがれの人

いつかお仕事で会えたらうれしいな


あの等身大のポスターみてびっくりしてたな~
わたしのうちに遊びに来た同級生

そりゃそうか(笑)

#大切にしている教え

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