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『ラブホを見つめる少年』(超短編小説)


   足が鉛筆なら、打ち寄せる波は消しゴムだ。小さな足跡も、砂浜に描いたパパとママの相合い傘も一瞬で消えてしまう。


   陽向(ひなた)は砂浜で遊ぶのが好きだった。さらさらの砂の上に足の指先で絵を描いたり、名前の知らない色とりどりの貝殻を拾い集めたり、暖かい季節には泳いだり・・・。住んでいる家が海のすぐそばだったから、遠浅の砂浜は陽向にとって一番の遊び場だったのだ。

   海岸線は弓のように緩やかに弧を描いている。学校の視力検査のマークみたいな形だ。砂浜の端から端まで歩いたことも何度かある。対岸の岬の方には、森の緑の中に真っ白なお城がたっている。ネズミーランドとか絵本とかでしか見たことがないような綺麗なお城だ。陽向はその存在がずっと気になっていた。

   陽向は一度「あのお城はなあに? 」とママにきいたことがある。ママは一瞬難しそうな顔をしてから「呪われた怖〜いお城よ。近づいちゃダメだからね」と教えてくれた。それを横で聞いていたパパもうんうん頷いていた。「行ったことはあるの? 」とたずねたら、「あるわけないでしょ」と強めの口調で言った。

   でも、正直怖いお城には見えなかったから、ママとパパは嘘をついてるんじゃないかと疑っていた。お城は夜になると光でライトアップされてキラキラしている。すごく楽しそうな場所に見えて仕方なかった。

   ある日、小学校でクラスメイトのタロウに、そのことを話した。

「ねえ、砂浜から白いお城見えるじゃん? 」
「うん」
「ママが言ってたんだけどさあ、あのお城、呪われているんだって」
「あっ、それ、うちのママも言ってた」
「ホントだと思う? 」
「うちのママ、怖い顔で言ってたから本当だと思う」
「じゃあ、幽霊とかいるのかなあ」
「どうだろ、いるんじゃね」
「うーん。でもさあ、夜みたらキラキラ光ってて綺麗じゃん。おばけとか幽霊とかはいなそうなんだけどなあ」
「っていうか、俺、あのお城の名前知ってるんだ」
「え、教えて教えて」
「こいびとたちのシャトー」
「こいびと? シャトー? なんじゃそりゃ」
「俺もよくわかんない」


   数日後の日曜日。

   朝から土砂降りの雨だった。陽向はいつものように、曾祖母の仏壇の前でお線香を立ててチーンと鳴らし手を合わせる。お供え物には、パパが出張のお土産で買ってきた「真っ白の恋人」が置いてある。早く食べたいなあなんて思って見ていたら、仏壇の小さな引き出しが少し開いてることにふと気づいた。

   引き出しの中には数珠の他、蝋燭やマッチ箱などが所狭しと並んでいた。奧の方にあった派手な色をしたちょっと古いマッチ箱が目に入った。

「あっ」

   薄ピンク色のマッチ箱には「こいびとたちのシャトー」と大きな字で書いてあった。「び」の字の点々の部分はハートマークになっている。

   なんだよ、パパかママかどっちかわからないけれど、行ったことあるんじゃないか。そう思って、陽向はそのマッチ箱をズボンのポケットに入れた。

 


「っていう話。終わり」
「で、そのラブホがここってことなの? 」
「うん」
「・・・・陽向さあ、マジでウケるんだけど」
「でしょ? 」
「そのマッチ箱はどうしたの? 」
「覚えてない」
「結局それはパパとママのものだったの? 」
「たぶんね 。俺が生まれたのも、このラブホのおかげかも」
「はははっ」

「・・・」
「ねえ・・・」
「ん? 」
「もっと聞かせて。他に面白い話ないの? 」

(了)

   

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