見出し画像

小説『同窓会』9

  《 先見のオスカル 》
      ~ 新堂桜子 ~


桜子は皆が言うほど「先生が好きなわけではない」と自分では思っている。
本人的にはただ、賢い殿方のうんちくに弱いだけなのだ。たまたまうんちくを語れる者の職業が〈教師〉だった…というだけのこと、ゆえに最初から職業を限定して選定していたわけではなかった。
(私立の学校はやっぱり、高齢の先生が多いわねぇ…)
入学式での退屈な来賓あいさつを聞きながら、左手にずらりと並んだクラス担任と思われる教師陣を横目に、桜子はこの先の3年間の学生生活を憂いていた。
(香水臭そうなおばさんばかり…このキツイ香りはだれかしら。絶対に『ローズ』って呼ばれてるはず)
女子高に限らず、なにかと呼び名をつけたがるのは「名前を持っている」個体の習性なのかもしれない。桜子は『オスカル』とあだ名をつけることが習わしになっているという、それなりに由緒ある女子高等学校に入学した。いわゆる「外部生」というものだ。幼稚舎からあるその高校に入るには並々ならぬ努力を要したが、日頃の社交辞令云々を考えればそんなものはまったく苦ではなかった。
(今年の新任教師は、なんだか神経質そうだわ…)
どうしても入学したかったわけではない。どこからか風の噂で「御門(みかど)家の御令嬢が受けるらしい」ということを耳にした両親たっての勧めでもあったが、なにより『オスカル』という言葉(かたがき)に惹かれたのだ。それは世の中の女子が〈セーラー服〉に憧れを抱くような、ブランド物のバッグで人間の価値を図るような、そんな衝動に似ていた。
実際母校の制服はチャコールグレーのシックな色合いに、襟、袖、スカートの裾それぞれに一筋のラインが入ったシンプルなセーラー服だった。各学年、色別に認識できるよう入年度により「赤」「青」「白」のラインで分けられており、桜子の学年は青いラインに青いスカーフだった。
(絶対青だけはいやだったのに、うまくいかないわね)
結果、構内で使用するシューズ、ジャージ、すべての色が青で統一されることになる。白いジャージに限ってはベージュがかっていたが、桜子的にはいちばんそれが望ましい色だった。なぜなら、青と言っても紺に近い色合いだったので、他の色と比べると多少暗い印象だったからかもしれない。ゆえに桜子はその色だけは避けたかったのだ。とはいえ、すべてにツキがないわけではなかった。
「初めまして、新堂桜子と申します。玲(あきら)さんのお父様とは海外事業の方でお付き合いさせていただいております」
なにごとも最初が肝心だ。
とりあえずこの高校を希望した両親に対し、義理は果たした…と思った。運よく〈御門グループ〉のご息女と同じクラスになることができたのだ。そこに親の権力の息がかかっていようとも、運も実力のうち…これは自分にとって幸先のいい明るい兆しと言っても過言ではない。
(なんて隙のない方なのかしら…)
それが桜子の玲に対する第一印象だった・・・・。

「あっはっは…」
第1部終了後にトイレに行っていた遥が、なにやら笑いながら戻ってきた。
「あら、どうなさったの? 遥さんはいつも賑やかね」
ハンカチで口元を抑えながら、静かにそう返す。
「だって。あっちでさ、在学中に『初体験したやつはいるかー』って話をしてたわけ。笑っちゃっうだろ」
言いながら桜子の椅子の背もたれを掴む彼女は『快進(回診)のオスカル』と冠されていた系列病院をいくつも抱える大学病院のご息女〈如月遥(きさらぎはるか)〉。
「まぁ…」
思いもよらない言葉に目をしばたたかせる。こんな時、つい玲の反応を気にしてしまう桜子だったが、
「聞き耳立ててらしたの?」
そう言って軽く受け流した。
「なに? 今さら『はしたない』とでも言うつもり?」
即座に遥に突っ込まれる。
「そんな」
「だぁって桜子さんはぁ、よりどりみどりだったわけでしょう。なんたって教科別に家庭教師がいたんだもんね~? 最低でも5人はいたわけだ。『なにもなかった』なんて言わせないからね」
「や、やめてよ。全員が男性だったわけじゃないわ。そ、それに、そのことに関してはあなたの方がお盛んだったじゃなくて?」
と、つい本音が出てしまう。
「まぁね。あたしはお金持ちしか相手にしなかったけど~」
しれっと言えてしまう遥に、桜子はいつもハラハラさせられた。
「弥生子(やえこ)さんはどうよ? 業界には『枕営業』って言葉があるけど?」
矛先は『観劇のオスカル』と冠された〈花村弥生子(やえこ)〉に向けられた。彼女は下火とはいえ現役の女優だった。
「下世話なこと言わないでくれる! わたしはそんな実りのない仕事はしないわ」
急に振られた弥生子も、ムキになって抗議する。
「あはは~」
「お辞めなさいな。大きな声で」
さすがにそこまでの言葉を吐かれては玲も放ってはおかない。
「はいはい、そうですよね~」
玲に対しても遥は、いつも大柄な態度で、桜子はいつも自分のことのように気遣った。
「まったく、遥さんは悪乗りし過ぎなんだから」
「あら桜子さん、慌ててらっしゃる…?」
そんな桜子を、いつも玲はからかった。
「そんなこと…ありませんわ」
「あら、失礼。でも私も、家庭教師のお話はちょっと興味あってよ」
「まぁ玲さんまで、そんな意地悪…」
「ほらほら~」
やっぱりね~…と遥が便乗する。
「そういう、玲さんはどうですの?」
ゆえにたまに、爆弾を投下するつもりで桜子も言葉を投げた。
「私? 私は当然。…主人しか知らないわ」
窘められるのを覚悟で放った爆弾は、意外にもつまらない言葉で沈下された。
「ぁ、あら、まぁそうですの。そうですわよねぇ…。意外と…え?
だが、一瞬の間のあと、
(…ちょっとお待ちになって)
はたと玲を拝み見る。確か玲は今の夫と結婚する前に、娘をひとり授かっていたはずではないか…と、訝しむ。
「ぁ、玲さん?」
玲を凝視するその先の席で、弥生子が笑いを堪えているのが見えた。
受胎告知ですの!?
「まさか…ねぇ」
そう思ったら桜子も、吹き出さずにはいられなかった。


かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。

ここから先は

9,138字 / 3画像

¥ 123

まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します