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わたしと香水

わたしが初めて香水を買ったのは、短大の時だった。研修旅行で初めて海外に旅立つ成田空港の免税店だった・・・・

自分の名前が香水にあることを知ったのは、当時少年誌で連載していた人気連載漫画からだった。主人公と敵対関係にある彼女は、お世辞にもかわいいとは言えない知的でキャリアな女性。普段なら、どんな女性だろうと、同じ名前というだけで親近感が沸く…だが彼女は、かわいくもない緑のおばさんスーツに黒縁眼鏡で、共感というよりはがっかりだったことを覚えている。ひとは見た目で判断してはいけないけれど、当時のわたしは知的よりもかわいいがよかった

「あなたは、名前と同じ・・・ね」
…と、かわいい美人な主人公が彼女の使っている香水の名を告げた。そんなシーンを強烈に覚えている。その時からずっと気になってしょうがなかったわたしと同じ名前の香水
あとで知ったことだが、主人公と知的な彼女が使っていた同じブランドのふたつの香水は当時流行っていたらしい

わたしの名前は昭和で、およそかわいいからは遠い名前で、女優も硬そうなひとから強そうなひと、当然年齢も若くなかった。だから、それまでわたしは自分の名前が嫌いだった。だって言いにくいし、よく言い間違えられることがあったから。でも「香水になっているほどの名前」だと知った時は、さすがに得意になった。その名前の由来を調べ、どんなひとがモデルになったのか気になった。少女雑誌でもそのモデルの彼女を題材にした漫画があったほど

そんな焦がれてやまない香水に、わたしは偶然出会えた。以来、そうそう出かけて行くことのない「成田空港」はわたしにとっては素敵な場所と化した
香りも確かめず、わたしは絶対の自信からその香水を手に取った。75mlで数万円…女子大生には高級だったが、わたしはその時持っていたおこづかいの3分の1をその香水のために使った。なんとしてでも手に入れたかった。まるで自分の分身を手に入れたかのような、生き別れの双子の片割れにでも会えたかのような、そんな喜びがわたしの中にあった


さて、その香りは・・・・?

オリエンタルな箱に収められた香水は、さすがというべきか箱の外からでも解るほどに香りが漂っていた。でも、いざ開けて見ると、

微妙だった

残念なことに20歳の小娘には良さが解らない香りだった。それでもよかった。わたしは充分満足だった

のちに「いい女」の代表のような女優の方が同じ香水を持っていると、雑誌のエッセイで語っていた。古風な香りなので「着物を着た時につける」と…なるほど、古風な香りとは。まさにぴったりくる言葉と、感心したものでした。わたしもそれにならい、浴衣や着物を着る時にだけ、その小瓶のふたを開けることにした

あれからもう20年以上経つが、あの時購入した香水は未だ大事にわたしの枕元に置いてある。自分の名前も、今は嫌いじゃない
香水に賞味期限があるのかは知らないが、それほど使用頻度のない香水は気化することもなくちゃんと瓶の中に存在している。時々、瓶のふたを開けて香りを確かめる。不思議と、今は微妙ではない。わたしもその香りをつけるに値する年齢になった…ということだろうか。古風な香りは、わたしをあの頃のときめきを思い出させてくれる

自分の名前が香水にある…と知った時、乙女心にときめいたわたしは、我が子が生まれたならば同じように香水の名前を付けてやろうと思い、いろんな香水を調べた。だが、名前に値するようなかわいい響きが見つからなかった。せいぜい「coco」くらいだろうか? キラキラnameが横行する今なら「ココ」もかわいいかもしれない。いろんな漢字も調べたりしたが、結局娘の名前は「ココ」ではない。なんとなく、他人の人生を娘に課すことがためらわれたし、わたしの名前も結局は偶然の産物だ。娘も将来、自分の名前にそんな偶然の産物を見つける楽しみがあってもいいではないか
ただ、生まれたばかりの彼女を見た時、それなりに思い入れが湧いてしまったわたしは、太陽の香りの孕んだ名前をつけた。この先彼女が、その名前を引っ提げてどんな人生を歩むのか、どんな香りを身に纏い生きていくのか、とても楽しみだ





まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します