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高校英語のテストで赤点だった私がアメリカで不自由なく英会話ができるようになるまで その1

タイトルの通り私は高校の時の英語の授業が苦手で最終的には赤点だらけでした。
高校1年の夏に研修旅行で初の海外、アメリカに約1ヶ月行ってから

「アメリカに住んでみたい!と思うようになり、英語をもっと勉強しなければ!」

と思ったのにも関わらず。

所謂日本の高校英語の授業と言えばグラマー(文法)とリーディング(読解)の2つなのですが、関係代名詞やら分詞構文やら・・・

はぁあ??

という感じでした。
WhomだかWhoseだか知らんけどどっちでもええやろー!(ちゃぶ台をひっくり返したい)

と思っていました。

リーディングの授業は宿題で文章を訳していかないといけなかったのですが、大概授業の前の休み時間にきちんとやってきている友達のノートを写させてもらっていました。

そういうわけで試験前の勉強も身が入らずほぼ英語は諦め状態でいつも挑んでいました。
そしてテストでは赤点を取るようになってしまいました。

テストで赤点を取ったのはこの時が初めてだったと思います。
しかも大きい声では言えませんが点数が一桁の時もありました。

そんなこんなで自分の中で英語への苦手意識がどんどん高まっていってしまったのです。

短大生になって必修で第2言語の単位を取らないといけなかったので、単位を取るのが簡単だと聞いた中国語を取ることにしました。

が、し・か・し

簡単て言ったん誰や?!

てくらい私に取っては難しく見事に単位を落としてしまいました。
仕方なくという感じで選んだのが英会話でした。

私は幼児教育学科でしたので同じ学科からその英会話を取っていた人がおらず、国際外国語学科?(名前があやふやですいません)の生徒さん達と一緒にその授業を受けていました。

その時自分では全く自覚がなかったのですが、先生に

「あなたリスニング力がすごいわね。外国語学科の子だと思ってたわ。」

と驚かれたのです。その言葉を聞いて少しですが自分の英語へのセンスに少し自信を取り戻したのを覚えています。
後になって思ったのですが、これはおそらく高校生の時からディズニーチャンネルの音声を英語にしてドラマやアニメを見続けていたこと、
ハリウッド映画の鑑賞が好きだったこと、そしてアメリカへ1ヶ月研修に行ったことが、英語を聞くということに慣れさせてくれていたからかもしれないと思いました。

短大2回生の時に現在の勤め先でもあるNPOの団体の活動にボランティアで参加し始めるようになりました。

グローバルな団体だったので、団体の活動を通して、海外研修に行く機会がありオーストラリアに3週間行かせてもらう機会に恵まれました。
約5年ぶりの海外でした。
一緒に参加していた青年達の中には流暢にペラペラと英語を話す子もいたのでいつも彼らに海外の方とのコミュニケーションは手伝ってもらっていました。
そこでもう1度、

「あー。どんなに英語が話せたらもっと交流が楽しくなるだろう。」

と英語が話せない自分にヤキモキしました。

そして短大を卒業したらお金を貯めて海外留学しよう!と決意したのでした。
ですが、なかなか現実は難しく、何年あればそんなお金ができるのだろうか。
とたまにブオーンと頭の上を通る飛行機を見つめながら思ったのでした。

そんな中、仲良しの叔母にこの本いいから読んでみな!と勧められた本

「ホ・オポノポノ」に出会いました。

このホ・オポノポノの考え方に感動した私はこの考え方が生まれたハワイに無性に行きたくなりました。
何かちょっとした事がきっかけで、どこかにどうしても行かないといけない衝動に駆られた経験はないですか?
これが私にとってはハワイだったのです。ただただハワイに観光に行きたいとかそういうのではなく、この「ホ・オポノポノ」という考え方を生み出し、訪れる人を何故かハッピーにさせてしまう不思議な土地を肌で感じてみたいと思ったのです。

そこで半年や1年間の為の留学資金はありませんでしたが、とにかく1ヶ月だけでもステイしてみようと決意し、行きたいと決めた2ヶ月後にはハワイの地に降り立っていました。

ハワイでは語学学校に入り、週に5日、1日3時間クラスを受けながら生活することにしました。語学学校はできるだけ日本人の少なめの学校を選びましたがそれでもクラスの3分の1は日本人でした。
どうしても語学学校の留学生がやりがちな事は、同じ国籍同士の人で群れること。
そうするとせっかく英語を勉強しに来ていても結局日本語ばかりを使ってしまいなかなか英語力が伸びません。
そうなることは自分自身もわかっていましたが、どうしても学校で日本語を聞くと安心して声を掛けてしまいます。
色々な境遇でハワイに留学に来ていた日本人の方との交流も楽しかったですが、私は極力現地のハワイに住んでいる現地の方との交流を心がけていました。

私をホストしてくださったホストファミリーの方のお友達と交流を深めたり、現地の人が通っているタヒチアンダンスのクラスに顔を出して一緒にクラスを受けたりと、とても刺激的な毎日でした。
(ハワイでの1ヶ月の話はまた別の記事でゆっくりしたいと思います。)

まずハワイに行って覚えた言葉。

「Does this bus go to ~?」「このバスは 〜 へ行きますか?」

え、めっちゃ基礎英語やん!中学英語やん!と思ったと思います。
でも実際に見知らぬ場所で1人で学校に行くためにバスに乗らないといけない。というミッションが下された時、まずはバス停に停まったバスが私の行きたいところまで行くのかどうか聞かなければいけない!それを聞くにはどうやって聞いたらいいのだろう?
と必死に考えホストファミリーに教えてもらった言葉がこれでした。

まだ当時はボキャブラリーも多くなく、英語にも色々な言い方があることなんて頭になかったので、この「ダズ ディス バス ゴー トゥー」を忘れないように家からバス停までずっと口ずさんでいました。

ハワイで使えるプリペイド式の携帯を買いに行くのも一苦労。銀行や郵便局に行くのもいちいちドキドキバクバク。
20年以上も生きてきたけど、違う言語を話す国に来た途端自分は赤ちゃんのようだ、と悔しい思いをたくさんしたものです。

当時はスマートフォンなんてないし、ポケット電子辞書をいつも持ち歩いて

「This is my best friend!」

なんて冗談言いながら必死で辞書を駆使しながらコミュニケーションしていました。

振り返ってみるとまだまだここまでは不自由なく英会話できるようになるまでには程遠いですね。
ですが、着実に行動を起こし、1歩ずつ挑戦してきたことが少しわかって頂けたかと思います。その1はここまで。
続きが気になる方はぜひその2も覗いてみてくださいね






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