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禁反言の適用についての補足-中外製薬事件の概要-

11月28日、日本知的財産協会にて、「中国専利権侵害の理論と実務」についてのお話をさせて頂きました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
また、当日、頂いたご質問につきましては、11月29日に、ご質問者の方に直接、メールにて回答をお送りしております。万一、「質問したけど回答が来ていない!」という方がいらっしゃいましたら、知財協会の事務局にご一報ください。

さて、今回は、後半の他者権利対策パートで、均等と禁反言について詳しくご説明させて頂きました。もちろん、これは自社権利が侵害されて権利行使しようとする場面でも問題となり得ますので、関連する法規定や、お話させて頂いたような重要判例を押さえ、最高人民法院の考え方を理解しておくことは重要だと思います。

当日は口頭で中外製薬事件((2022)最高法知民終905号)についても少し触れましたが、テキストに記載しておりませんでしたので、こちらに少し書いておこうと思います。
なお、この事件は、初のパテントリンケージ事件として注目を集めたものであり、そのプロパーの論点も含まれていて興味深いのですが、ここでは禁反言についてのみ、取り上げます。

本件において、登録時の請求項1、2は以下のとおりでした(※禁反言の論点に関係のない物質名はかなり長くて読みにくいため、省略させて頂きました)。

1.(1) (5Z, 7E)-(1R, 2R, 3R)— 2— (3—ヒドロキシプロポキシ )—9, 10—セココレス タ 5, 7, 10 (19)—トリエンー 1, 3, 25—トリオール
(2) 油脂、および
(3) 抗酸化剤
を含む製剤であって、前記酸化防止剤は、(略:上記(1)の物質名)のA(略:物質名)への分解および/またはB(略:物質名)への分解を抑制するために添加され、遮蔽、室温で12ヶ月間保存後に生じるAおよび/またはBの量は1%以下である、製剤。

2.抗酸化剤が、 dl— α—トコフェロール、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、没食子酸プロピルから選択される、請求項1に記載の製剤。

特許権者(中外製薬)は、無効審判において、上記クレームを以下のように、請求項2の一部の構成要件を請求項1に追加するとともに、請求項2を削除する訂正を行いました。

1.(1) (5Z, 7E)-(1R, 2R, 3R)— 2— (3—ヒドロキシプロポキシ )—9, 10—セココレス タ 5, 7, 10 (19)—トリエンー 1, 3, 25—トリオール
(2) 油脂、および
(3) 抗酸化剤、前記抗酸化剤はdl— α—トコフェロールである
を含む製剤であって、前記酸化防止剤は、(略:上記(1)の物質名)
のA(略:物質名)への分解および/またはB(略:物質名)への分解を抑制するために添加され、遮蔽、室温で12ヶ月間保存後に生じるAおよび/またはBの量は1%以下である、製剤。

このような状況の下、侵害訴訟では、被疑侵害品に抗酸化剤として含まれていた物質(判決では伏字になっています。)が、抗酸化剤dl— α—トコフェロールと均等であるかが、上記訂正と関連して争点となりました。

最高人民法院は、以下のように判示して、禁反言の適用を認め、均等侵害は不成立との判断をしております。

本件において、特許権者は、原請求項2の付加的な技術特徴の一部を請求項1に併合し、請求項1の酸化防止剤を dl— α—トコフェロールに限定して、原請求項2を削除した・・・。かかる訂正方式は、実質的に原請求項1の技術方案を放棄して、原請求項2で並列されていた技術方案の中の1つの技術方案を留保するものであり、独立請求項の技術方案を、任意の酸化防止剤を使用できるものから、dl— α—トコフェロールの使用のみを保護するものに変更した。
また、本件特許の明細書には、dl-α-トコフェロールやxxx(※被疑侵害品で使用された抗酸化剤のこと)を含む種々の酸化防止剤が記載されている。 当業者であれば、本件特許の明細書に記載された内容及び請求項の訂正の過程から、中外製薬が、請求項の訂正によって保護を要求する特定の技術方案を明確に選択したこと、そしてそれは、原請求項2に並列された4種の酸化防止剤の中から唯一の酸化防止剤を選択したものであること、さらに、訂正により特定の酸化防止剤xxxを採用する技術方案を放棄する意思を具体的に明確にしたことがわかる。

基本的な考え方は、講義の中でご紹介した2012年の最高人民法院の以下の判例と同じだと思います。

つまり、元の独立項に概括されていた構成要件について、あえて従属項に基づき限定する補正を行った場合には、それ以外の概括部分が放棄されたものと、一般的には考えられるということです。

それから、本件において、中外製薬側は、補正の目的は、サポート要件違反解消のために行ったものであると述べたようですが、この点について、最高人民法院は、かかる中外製薬側の主張に触れた上で、禁反言の適用を認めています。

北京市高級人民法院の専利権侵害判定指南62条には、次のような規定があります。

62、特許出願人又は特許権者は、保護範囲を制限又は部分放棄したのは、新規性又は進歩性に乏しい、必須技術的特徴に乏しい、請求項が明細書に支持されない、明細書の開示が不十分であるなどの登録を取得できない実質的な欠陥を克服する需要に基づくべきである。

https://bjgy.bjcourt.gov.cn/article/detail/2017/04/id/2825609.shtml

禁反言の適用は、新規性違反や進歩性違反の解消を目的とする場合はもちろん、サポート要件違反等を目的とする場合にも適用される旨の規定です。今回の最高人民法院の判決も、この考え方と一致するものと考えられます。

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