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中国初の「パテントリンケージ」訴訟判決 ②

4.非侵害判決

前回↓からの続きです。

 本件において、原告となった先発品の特許権者は、日本の中外製薬です。
同社は、名称「ED‐71製剤」、200580009877.6号特許を有しており、この特許を使用した、骨粗しょう症治療薬「エルデカルシトールソフトカプセル」の販売許可所有者でもあります。
同社は、上述の③実施弁法(前回記事参照)の規定に基づき、プラットフォームにこの治療薬と特許を登録していました。

 同社はその後、中国のある製薬会社が、許可申請の際に、「エルデカルシトールソフトカプセル」の後発品について、第4.2類の声明(=先発品特許の技術的範囲に属さない旨の声明)を提出していることを発見しました。

 そこで、中外製薬は、当該後発品が自社の特許の技術的範囲に属することを求めて、北京知識産権法院に提訴しました。

 中外製薬の訴えに対し、北京知識産権法院は、請求項1について、非侵害と判断し、その従属行である請求項2‐6も含めて、すべての請求項について非侵害であるとして、中外製薬の請求を棄却しました。北京知識産権法院の発表によると、中外製薬は、上訴する意向を示したということです。

5.無効審判との関係

 本件では、このように、後発品が非侵害である旨の判決が出されましたが、注目すべきは、本件特許について、別途請求された無効審判[1]において、本件特許の全部無効の審決(2021年12月)の後に、上記の非侵害判決が出されている(2022年4月)点です。
司法解釈(「最高人民法院による専利権侵害紛争案件の審理における法律応用の若干問題に関する解釈(二)」)の規定上、通常の特許訴訟の係属中に無効審決が出された場合、その確定を待たずに、侵害訴訟が却下される可能性があり、実務上は、ほぼ侵害訴訟が却下される運用となっています。

ところが、本件では、無効審判の結果を考慮することなく、侵害についての判断を行いました。①司法解釈(前回記事参照)には、無効審判を請求したことを理由とする訴訟の中止の申立ては、通常認めない旨、明記されており(6条)、全体として、医薬品販売許認可を迅速に進めることを優先する制度設計となっているといえます。

6.特許権者の負担が大きい制度

 改めてパテントリンケージ制度を見てみると、③実施弁法(前回記事参照)上、後発品の販売許可申請者が先発品に係る特許権との関係について声明書を提出することとされていますが、声明の根拠には、後発医薬品と関連専利の関連請求項のクレームチャートや関連技術資料を含めなければならないとされています(③実施弁法6条)。
そして、非侵害声明を含めて、声明書の内容に異議のある特許権者は、医薬品販売許可申請の公示の日から 45 日以内に、上述した司法ルート又は行政ルートにて、抵触性の確認を求める必要があります(③実施弁法7条)。

 そうすると、上記の公示は、後発品の販売申請者からの「非侵害確認訴訟」の提起と実質的に変わるところはありません。
 中国でしばしば懸念される、侵害警告に対する非侵害確認訴訟は、相手方の所在地が管轄となるのに対し、本制度の下での司法ルートの確認は、北京知識産権法院の専属管轄となりますので(①司法解釈1条)、いわゆる「地方保護主義」の懸念がない点は異なります。
 しかし、侵害警告の際には、予め特許権者の側で抵触性を十分に検討した上で行うのが通常であるのに対し、パテントリンケージの下では、ほとんど不意打ち的に非侵害声明の存在を知らされた特許権者は、きわめて限られた時間の中で、後発品の販売申請者の非侵害の主張を検討し、かつ、侵害の主張立証を準備しなければならない、ということであり、特に外国権利者にとっては、負担が大きい制度といえます。

7.司法ルートか、行政ルートか

 上述のように、先行医薬品に係る特許の抵触性については、司法ルート、行政ルートのいずれを選択することもできます。
 国家知識産権局(※日本の特許庁に相当)の発表によると、同局でも既に、あるパテントリンケージ案件についての裁決(非侵害)を出しているとのことです。通常の特許権侵害についての行政法執行の申立ては、各地の知識産権局に対して行うのに対し、パテントリンケージについては、②行政裁決弁法の規定により、国家知識産権局が審理を行うことになりますが、少なくとも現時点では、一般的な特許権侵害の判断については、国家知識産権局よりも北京知識産権法院の方が経験が多いといえます。

 また、無効審判との関係性について、②行政裁決弁法では、無効審判の方で全部無効の審決が出された場合には、特許権者の請求を却下する旨、規定されています(14条)。つまり、行政ルートでは、先行して全部無効審決が出されれば、その確定を待たずに、抵触性についてはそれ以上審理されることなく「門前払い」となってしまい、ほぼそのまま、後発品の承認段階に移行していく、ということになると思われます。

 一方、司法ルートの場合には、特許の全部無効審決が出された場合の取り扱いについて、①司法解釈には規定がなく、本件では、全部無効の無効審決後に、抵触性についての判断が出されました。もっとも、全部無効が確定した場合には、③実施弁法の規定により、後発品の承認段階に移行することになりますし、非侵害の司法判断に対して上訴した場合でも、移行への引き延ばしは、待期期間の9か月が限度となるため(9条)、結果的には、あまり差はないかもしれません。とはいえ、侵害判断についての審理の機会があるか否かは、大きな違いといえるでしょう。

司法・行政ルートそれぞれで、さらに事案が蓄積されれば、結論は変わってくるかもしれませんが、少なくとも現時点では、司法ルートを選択するのが順当といえそうです。


[1] 本件訴訟の被告とは別の製薬会社2社により、それぞれ別に請求され、審理が併合されたようです。


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