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「おかえりモネ」で考える「朝ドラのフォーマット」

 NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「おかえりモネ」は、2021年10月29日に最終回を迎えました。2020年から続くコロナ禍の下では、朝ドラ制作陣の方々も、大変苦労されたと思いますが、朝ドラ史上に残る素晴らしい傑作を作っていただいたことに感謝したいと思います。  
 「おかえりモネ」の地上波朝8時放送の最終的な平均視聴率は16.3%でした。この結果は、ここ数年の他の作品と比較して低い数字です。

 NHKのドラマ制作陣にとって、この結果は想定の範囲内、織り込み済みだったと推察します。地上波の視聴率のことを考えたら、答えや結論を限定するような視聴者に分かりやすい物語の展開や描写や、いわゆる「ながら見」の視聴者に配慮した、説明的な台詞やナレーションが必要となるでしょう。 
 しかし、そういった手法は排除され、役者の表情や視線の演技だけから、どういう心情なのかを想像する必要のあるシーンが多数ありました。また「おかえりモネ」チーフ演出の一木正恵氏は、「受け手の皆様の知性や想像力を信じて創るつもりです」とドラマガイド等で語っています。
 「おかえりモネ」は「東日本大震災のその後」をテーマにした作品です。 菅波先生からモネへの「あなたの痛みはわかりません。でもわかりたいと思っています」という台詞が象徴的ですが、視聴者に対して、東日本大震災の被災地の現実や被災者の思いを知った上で、想像力を働かせてほしい、考えてほしいという制作陣の意図が感じられます。
 そうした意図があるのに、分かりやすい結論を出したり、説明しすぎたりすると、視聴者側が想像力を発揮する余地がなくなり、考えてもらうドラマにはならなくなります。そこで、ある程度の地上波の視聴率を犠牲にしても、視聴者に分かりやすい物語の展開や描写を排除したのでしょう。
 
 そもそもNHKは公共放送であり、スポンサーへの配慮は不要なのだから、視聴率にこだわる必要はありません。多くの人たちに視聴してもらうことを考えて番組を制作する必要はありますが、その評価として、地上波の朝の放送の視聴率だけを尺度とするのは正しくないのです。
 視聴スタイルが多岐にわたっている今日では、早朝や昼、夜、週末のまとめ放送の視聴率や、SNSでの反応の定量データ、NHKオンデマンド、NHK+での視聴回数、ブルーレイディスクの売上げ等の数字も考慮して、総合的に評価されるべきでしょう。現に、NHKの役員の方も、「おかえりモネ」に関するスポーツ紙からの取材に、以下のように答えています。

 正籬放送総局長は「メディアが多様化する中、視聴率以外の尺度が非常に大事。デジタルコンテンツなら視聴回数や時間、最後まで見られているか。SNSの熱量までを含めて、総合的にどうご覧いただいているのか。どういった手法があるのかを研究している最中。そういった観点からも、『モネ』の熱量や見られ方には深さがあると感じている」と話した。

 しかし、タブロイド紙やネットニュースには、これまで「『おかえりモネ』の低視聴率は、○○が原因だ」「脚本がご都合主義すぎる」「ヒロインの表情が乏しい」等といった、PV稼ぎが第一の、本質を捉えてない煽り記事が散見されました。そしてそれらの記事に煽られ、口汚く罵るような投稿などもみられます。

 こうした記事や投稿は論外ですが、朝ドラの記事には、他にも「この朝ドラは「朝ドラ・ヒットの法則」を守っていない。視聴率低迷の理由は、奇をてらいすぎたからだ」「次の朝ドラは「王道の朝ドラ」なので、安心して見れる」といったような、ドラマ評論家による「朝ドラはかくあるべし」論もよく見かけます。このような論評には一部頷けるところはあるものの、個人的にはずっと違和感を抱いていました。
 ある時期に「ヒットの法則」として確立したものも、時代を経ていけば、必ず陳腐化していくでしょう。また、「王道」つまり「正統派」「正攻法」といった意味でしょうが、「王道」の定義に明確なものがあるわけでなく、ヒロインのモデルがいて、時代は昭和の戦前・戦後の物語が「王道」みたいな、ザックリとしたイメージで安易に語られている印象があります。
 実際には、多様なヒロインが演じる色々な時代の朝ドラが作られていますが、仮に前述の「王道」や「法則」を守った型どおりの作品ばかり作っていたらどうなるでしょうか。マンネリ化して、新しい世代の視聴者が獲得できず、「朝ドラ」が先細りしていきかねません。

 また「異色の朝ドラ」という評価される朝ドラがあります。脚本家の個性が際立った作品、あるいは、今の時代を反映した、新しい要素をかなり盛り込んだ、現代物の朝ドラでそのように言われることが多いですが、それらの作品もよく見ていくと、「異色」と言われつつも、これまでの朝ドラと共通するストーリーの展開や表現の手法等を踏襲していることがほとんどです。
 NHKのドラマ制作陣や、朝ドラの脚本家のインタビューを読む限りでは、「法則」「ルール」といったものよりは、長年の朝ドラ制作で積み重ねてきた、「フォーマット」という言葉で呼ばれる、番組の構成、物語の型や表現の手法の「ベストプラクティス」(最良の実践例)の方が、より的確であると思われます。また「フォーマット」は固定的なものではなく、時代の変化に対応してアップデートされていくと考えられています。

 前置きが長くなりましたが、私なりに、複数の朝ドラを見た上で「おかえりモネ」と「朝ドラのフォーマット」について考えたことを、以下の通り、まとめてみました。ご一読いただけたら幸いです。

「朝ドラのフォーマット」とは何か

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 まずは、2018年9月16日にNHK-FMで放送された「岡田惠和 今宵、ロックバーで~ドラマな人々の音楽談議~」での、岡田惠和と北川悦吏子の対談での「朝ドラのフォーマット」の話題を一部引用します。この対談では、共に朝ドラの脚本執筆経験のある2人が、2018年に放送された、北川悦吏子脚本の朝ドラ「半分、青い。」について語っています。

岡田「最初(ヒロインが)漫画家を目指すじゃないですか。彼女が漫画家を諦める回あたり、あの頃の、物作りをしていく人と才能の関係の描き方が、朝ドラとして一番珍しいなと思った。」
北川「そうだよね。私もそう思う。」
岡田「それはなんか、刺さったというよりは、ワーッと思った(笑)」
北川「ねー、絶叫でしょ(笑)「大丈夫、北川さん?」と思わなかった?」
岡田「朝ドラでこんな気持ちにさせられるんだって思って」
北川「なんかちょっと申し訳ない気持ちもある。枠を結構度外視して書いてしまったかもしれない。ああいうことを朝ドラでやるっていう…」
岡田「でも、それはもう、朝ドラ(の枠)という実体は、あってないようなものだし、なんとなく成功作があって、それのフォーマットがあって、多分それとは違うけど、毎回作り手が更新していかないといけない。でないと、みんな同じ穴を掘っていってったら厳しいし」
北川「そっか、そっか」
岡田「どっかアップデートしていくんだと思うよ」

 岡田惠和は2017年に放送された「ひよっこ」、北川悦吏子は2018年に放送された「半分、青い。」の脚本を担当していますが、この対談で言及された「成功作」というのは、2013年に放送された「あまちゃん」です。両作品を見ても、「あまちゃん」の影響が感じられる箇所が多数見つかります。
 そして対談の中に「枠」「フォーマット」という言葉が出てきています。朝ドラの脚本家が「朝ドラのフォーマット」を意識して執筆していることの証左です。他にも「型」「枠組み」「フレームワーク」等と呼ばれることがありますが、テレビ業界において、番組構成の型やコンセプトを「フォーマット」と呼ばれているので、「フォーマット」という言葉が出てきたと思われます。  

 昔から、洋の東西を問わず、様々なアプローチで、神話や民話、昔話に対しての物語の類型化の研究が行われてきました。長く伝承される物語には、定型的なパターンがあります。また、小説や演劇、映画、TVドラマ、漫画、ゲーム等、物語の創作物には、「こういったストーリーの流れ、登場人物の構図にすれば、見る人の関心を惹きつけられる」といった物語の型というものが、昔からあります。
 そして「朝ドラのフォーマット」とは、そうした物語の型をはじめとするノウハウの「朝ドラ」版です。15分✕週5日(6日)✕約6ヶ月の期間で、朝の時間帯に放送するドラマが、どのような登場人物の描き方で、どのようなストーリーであれば、作品として面白くなり、より多くの人に視聴してもらえるようになるのか、NHKのドラマ制作陣が、実際の朝ドラの制作を通じて、磨き上げていったノウハウの結集です。例えるならば、老舗の名店レストランのレシピのようなものです。

 朝ドラの制作は、かなりの予算、期間、要員が投入される、大規模で複雑かつ困難なプロジェクトでもあります。「おかえりモネ」だと、1話15分で120話あるので30時間、2時間映画なら約15本、1クールの民放ドラマなら約3本分の規模です。
 プロジェクトという形態で仕事や課外活動をした経験のある、社会人や学生の方であれば分かると思いますが、朝ドラやテレビ番組の制作に限らず、様々な創作物、イベント、建築物、ITシステム等、あらゆる「ものづくり」のプロジェクトにおいては、ベストプラクティス、過去の成功事例が参考にされます
 プロジェクトとは、決められた期間内に新しいものを作る営みではありますが、全く一から作るわけではありません。仮に一から作っていたら、予算や期間をオーバーし、プロジェクトが失敗するリスクが高いでしょう。
 朝ドラにおいては、「朝ドラのフォーマット」がベストプラクティスにあたります。「王道」であっても「異色」であっても全ての朝ドラは、過去の成功作のエッセンスが結集された「朝ドラのフォーマット」を活用して作られていると考えられます。

 「朝ドラのフォーマット」については、NHKのドラマ制作陣や朝ドラの脚本家の発言の中で、断片的に触れられてはいますが、公式に文書化されて、公開されているわけではありません。暗黙知となっている部分も多いでしょうし、門外不出の部分もあるでしょう。メニューのレシピを全てを事細かく公開する名店レストランは存在しないのと同じです。
 ただし「朝ドラのフォーマット」はベストプラクティスであると捉えると、複数の朝ドラ作品で繰り返される、ストーリーのパターンや表現手法、人物像の構図等のノウハウが「朝ドラのフォーマット」と考えることができます。そこで、仮説ではありますが、次項では「おかえりモネ」をはじめとする朝ドラで適用された事例を交えながら、15の「朝ドラのフォーマット」を説明したいと思います。

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「朝ドラのフォーマット」15の型

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① ヒロインの成長物語

 基本は、明るく前向きなヒロインの成長物語。最後はハッピーエンドか、希望を感じさせる終わり方です。「朝から、暗い主人公やストーリー展開を見たくない」というのが理由でしょう。しかしよく見ていくと、ヒロインが、ストーリー全体を通し、いつも明るくて前向きなわけではありません。劣等感やコンプレックスを抱えていたり、激しい負の感情を露わにすることもあり、むしろ、最近はこの傾向が増えています。なお「おかえりモネ」では、東日本大震災時で、疎外感、無力感を感じ、そのことをトラウマにもつヒロインでした。
 また「視聴者がヒロインが成長していくところを応援したくなる」という理由で、以前は、演技力が発展途上の新人女優がヒロインに選ばれる傾向にありましたが、最近は、リスク回避の意図もあるのか、この傾向は明らかに変わり、過去の朝ドラでの助演や、他のNHKドラマの主演で、演技力が評価された若手女優が選ばれるようになりました。
 なお「おかえりモネ」の清原果耶は、19歳(2021年時点)ながら、朝ドラ「あさが来た」「なつぞら」に出演、その他のドラマや映画への出演実績をもつ、若手女優の中でも抜きんでた存在です。

② ヒロインのモデルの存在

 朝ドラには、ヒロインに実在したモデルがいて、物語の原作があるパターンと、特定のモデルはおらず、物語は完全なオリジナルとして作られるパターンの2種類あり、モデルがいる作品の方が人気が高いと言われています。
 ただし、特定のモデルがいないと言われる、現代物の朝ドラでも、参考にしている人物像はいます。例えば、「おかえりモネ」では、被災地の若者や気象データ会社の社員、「ひよっこ」では、東京に集団就職した「金の卵」と呼ばれた若者、「あまちゃん」では、海女にAKB48です。
 より正確には「名を成した実在のモデルがヒロインの作品だと、人気作となりやすい」ということと思われます。視聴者も、原作の物語等を参考にして、大体のあらすじがあらかじめ分かり、安心して視聴できるのでしょう。しかし、これをルールとしてしまうと、現代物の朝ドラは制作できません。あくまで有利というだけです。
 また、名を成した実在のモデルが、ヒロインの夫や家族であり、ヒロイン自身は内助の功で、夫や家族を支えた形のストーリーの朝ドラもあります。最近の朝ドラでは、「ゲゲゲの女房」(2010年)、「マッサン」(2015年)、「まんぷく」(2018年)、「エール」(2020年)などです。

③ 三幕構成

 「三幕構成」は、アメリカの著名な脚本家、シナリオ講師のシド・フィールド(2013年没)が理論化し、ハリウッド映画で適用した脚本のフレームワークです。約2時間の映画を3つのパートに分けて、第1幕「状況設定」、第2幕「葛藤」、第3幕「解決」として構成すると、観客を惹きつけられるという理論で、今ではハリウッド映画だけでなく、様々な創作物やビジネスのプレゼンテーションにまで応用されています。
 最近の朝ドラも、「三幕構成」のように、ストーリー全体のパートが3つに分かれていて、「おかえりモネ」は、以下のように「登米編」「東京編」「気仙沼編」で構成されています。

(登米編・状況設定)東日本大震災の経験から、人のため、地元のために役に立ちたいと思い、気象予報士を目指す。
(東京編・葛藤)東京の気象情報会社に就職し、仕事上の色々な課題を解決しながら、バイトの新人から一人前の気象予報士に成長する。
(気仙沼編・解決)一人前となって、地元に戻り、新たな気象ビジネスを立ち上げて、地域に貢献し、当初の目的を達成する。

 朝ドラにおけるこの構成のメリットは、物語の最初が第1幕「状況設定」なので、第2幕の冒頭からでも、何とか話にはついていくことは可能であり、約半年の長丁場になる番組においても、途中からの新規視聴者を見込むことができます。途中で前半の総集編が放送されるのは、第1幕を見ていなかった視聴者向けへのサービスです。

④ 一週間で完結する短編ストーリー

 「③三幕構成」で触れた通り、朝ドラの物語は大きく3つのパートに分かれますが、もう一段細かいレベルで、1週間で完結する短編ストーリーが作られます。かつて「あさイチ」のMC・博多華丸が、朝ドラは木曜に山場があることを、「ムービング・サーズデイ(事が動く木曜日)」と表現していましたが、この短編ストーリーは、月曜にはじまり、水曜や木曜に山場があり、金曜(土曜)に結末を迎える展開が基本形です。しかし、ドラマ全体の中での山場となる場面では、1週間では完結せず、週をまたいでストーリーが作られる場合もあります。
 一週間で完結する短編ストーリーのメリットも、短編単位で話を楽しむことが可能なので、途中からの新規視聴者を見込むことができます。

⑤ 地方から都会へ・ヒロインの冒険物語

 多くの朝ドラは、地方から都会(東京・大阪)に舞台が移ります。地方を舞台にするのは、色々な理由がありますが、単純にストーリーとして、地方をはじまりの舞台にすると、ヒロインの成長が描きやすくなります。
 成長する物語の典型といえば、少年漫画やロール・プレイング・ゲーム(RPG)でよく適用される冒険する物語です。この冒険物語のパターンで、最も古くて有名なのは「桃太郎」です。「日常世界で穏やかに平和に暮らす若き主人公が、事件や出会いがきっかけで、異世界に向かい、仲間と共に敵を倒し、試練を乗り越えて経験値を上げて、最後にラスボスを倒す」という物語の型で、多くの視聴者、ユーザーの関心を惹きつけることができるといわれています。
 そして、朝ドラは「冒険物語」の変形です。「ヒロインが、ある出来事をきっかけに、日常世界である「地方」から、異世界である「都会」(東京・大阪)にやってきて、はじめは新人からスタートし、上司や同僚の協力で、次第に手に職をつけ成長し、最終的に目標を達成し、大きな功績を残して、人生の幸せをつかむ」という形で「冒険物語」的に捉えられます。2015年に放送された「マッサン」では、ズバリ「人生はアドベンチャー」という台詞がでてきました。
 「おかえりモネ」でのモネの「冒険物語」のあらすじは、「東日本大震災の経験から無力感、疎外感を感じ、地元の気仙沼を離れる。登米で気象予報士の朝岡さんと出会い、気象予報士試験に合格して、東京の気象予報会社に入社する。はじめはバイトの新人だったが、上司や同僚の助けもあり、報道班やスポーツ班で徐々に経験を積んで、テレビのお天気お姉さんを務めるまで一人前になる。そして地元に帰り、自分がやりたかった地元への貢献をやり遂げる」というものです。

⑥ ヒロインの恋愛物語

 多くの物語は、複数のストーリーが絡み合いながら進行していくことで、重層的な深みのある作品になります。朝ドラも複数のストーリーが並行して進行する作品であり、メインストーリーはヒロインの成長物語ですが、ヒロインの人生に大きな影響を与える恋愛物語のストーリーは、必ずといっていい程含まれます。
 ヒロインが功績を残す場合は、ヒロインの仕事と恋愛を描くストーリーが並行して進行し、サブストーリーとして、ヒロインの恋愛が描かれます。「おかえりモネ」でいえば、モネの気象予報士としての成長のメインストーリーと、菅波先生とモネの恋愛物語のサブストーリーです。
 ヒロインの夫や家族が功績を残す場合の朝ドラは、ヒロインの夫や家族の仕事を描くメインストーリーと、サブというより、ヒロイン中心の、内助の功や夫唱婦随を描く、もう一つのメインストーリーが並行して進行します。

⑦ ヒロインと対照的な準主役級の姉妹や幼馴染

 多くの物語では、主人公のバディ(相棒)やライバルの関係となる登場人物が設定され、共に試練を乗り越えたり、時には対立して争ったりします。
 ヒロインの成長物語である朝ドラでも、ヒロインの姉妹や幼馴染という役柄で、バディやライバルが登場します。「おかえりモネ」でいえば、モネの妹・みーちゃんと幼馴染すーちゃんがこのポジションです。
 NHKの高瀬アナは、この準主役級のポジションをセカンドヒロイン」と表現していました。そして「セカンドヒロイン」はヒロインとは、ヒロインとは、対照的な性格や異なる考え方をもつように設定されます。ヒロインと対比・対立する構図にすると、「 三幕構成」第2幕:葛藤の中で、ヒロインと衝突し、解決することで、ヒロインの成長を描くことができるからです。
 朝ドラは基本的に、ヒロインが明るく前向きで、精神的に成長し、恵まれた立場になる一方で、セカンドヒロインは暗く、不遇な立場で描かれることが多いです。また、ストーリーの冒頭と最後で2人の境遇が入れ替わることもあります。
 なお、ヒロインの夫や家族が功績を残し、ヒロイン自身は夫や家族を支えるパターンの朝ドラは、夫婦でバディの関係となり、共に試練を乗り越えたり、時には対立して争ったりします。

⑧ ヒロインの成長を促す仲間や上司

 「⑤ 地方から都会へ・ヒロインの冒険物語」で、朝ドラは「冒険物語」の変形と述べました。冒険の途中では、主人公は多くの仲間や敵と遭遇して、協力したり対立したりしながら成長していきますが、ヒロインの成長物語である朝ドラも、地元での幼馴染や仕事上での同僚や先輩等、多くの個性的な人物が登場し、彼らとの交流で、ヒロインは成長していきます。この人物像のパターンは、おおむね次の3つに分かれます。
【仲間・ライバル】
 物語の冒頭での幼馴染や、上京して仕事をはじめた時の同僚や先輩等がこの役割です。「⑦ ヒロインと対照的な準主役級の姉妹や幼馴染」と同様に、最初はヒロインと対立することがあっても、徐々にお互いに理解しあって、ヒロインの良き仲間になっていくというパターンです。ヒロインに対して「ツンデレ」なキャラクターや、ヒロインの恋人となるキャラクターが出てくるのも、このポジションです。
 「おかえりモネ」では、気仙沼の亮、三生、悠人といった幼馴染や、登米編での菅波先生、東京編での神野マリアンナ莉子が代表的です。
【上司・師匠・脚本家の代弁者】
 多くの物語では、主人公の上司や師匠等、主人公に対して助言し、道案内役となるような年長者の人物が登場します。朝ドラにおいても、ヒロインに対して助言をする人物が登場します。彼らのアドバイスをきっかけにして、ヒロインが気づきを得たり、新たな人生の道に向かうのです。
 更に、この年長者の登場人物は、「脚本家の代弁者」のようなポジションになることも多いです。ドラマを通じて脚本家が伝えたいこと、ドラマのテーマに関連するような台詞が数多く含まれます。
 「おかえりモネ」においては、サヤカさんや朝岡さんがこのポジションです。他にも、高村さんや菜津さんも含めてよいかもしれません。サヤカさんや朝岡さんの台詞には、このドラマで脚本家が伝えたいこと、制作スタッフが綿密な現地取材を通して拾い上げた被災者の思い、それを受けての被災者との向き合い方、被災地の若者へのエール・アドバイス、東日本大震災での教訓といったものが、数多くの台詞に含まれていると解釈できます。
【変わり者・異端児・変なおじさん】
 多くの物語では、常識的な感覚では少し理解し難い、変わり者や異端児がよく出てきます。朝ドラにおいても、ちょっと変わった登場人物というのは必ず出てきます。「ひよっこ」での「朝ドラには変なおじさんがよく出てきますよね、なんででしょうね」という増田明美のメタナレーションは、大きな話題になりました。
 こうした変わり者や異端児は、現実でもよくあるように、意外な大活躍を見せる時があります。ヒロインや他の仲間では解決できない大きな障害を、普通の人には想像もつかないような方法で解決したりします。また、こうした型破りな存在がいることで、ヒロインのいる世界を、多様性のある包摂的なコミュニティとして描くことができます。
 「おかえりモネ」では、東京編での、ウェザー・エキスパーツ社の同僚・内田くんや、汐見湯の宇田川さんがこのポジションです。

⑨ 「たまり場」での「会話劇」

 映画、ドラマには「会話劇」というジャンルがあります。派手なシーンや演出はなく、毎回決まった舞台で、登場人物同士の会話が面白く展開され、印象に残る台詞がたくさん出てくるようなスタイルです。
 朝ドラにおいても「会話劇」の要素は、必ず含まれています。これには、約6ヶ月放送される長丁場のドラマで、現実の世界と同じレベルで、舞台のセットやロケ現場を用意できないという、朝ドラ制作の予算的な制約もあると思われます。そのため、登場人物が集まる「たまり場」が設定されて、「会話劇」を繰り広げる形で、話が展開していくのです。
 朝ドラで最も多い「たまり場」の舞台は喫茶店です。他のパターンには、下宿、飲食店等があります
 「おかえりモネ」では、気仙沼は永浦家、東京は下宿兼銭湯の「汐見湯」です。朝ドラの「たまり場」として、銭湯は例外的ですが「おかえりモネ」の裏テーマ「空と海と山がつながっている」との関連も想起させる、とても面白い「たまり場」でした。

⑩ 3世代大家族のホームドラマ

 ドラマには、家族や家庭内の平穏な出来事を描く「ホームドラマ」というジャンルがあります。朝ドラにも「ホームドラマ」の要素があり、ヒロインとその両親をはじめとする家族の描写があります。
 朝ドラでの、家族の構成は、祖父母、父母、ヒロインとその兄弟や姉妹の3世代描かれることがほとんどです。ドラマを見る時には、主人公もしくは登場人物の誰かに感情移入して見ることが多いですが、老若男女、あらゆる年齢層に見てもらうために、親目線、祖父の目線で感情移入できる両親や祖父母を登場させているのでしょう。
 また、朝ドラのナレーションを、出演者の家族、特に祖母、故人の役柄が担当するパターンが割と多いです。アナウンサーによるナレーションだと、物語の世界の外側から客観的に説明するような印象になりますが、家族の役がナレーションを入れると、物語の世界の中で、ヒロインを温かく見守る形で、狂言回しができます。「おかえりモネ」では、ヒロインの祖母の雅代がナレーションを務めていました。

⑪ ヒロインに影響を与える親の問題

 朝ドラにおいて、ヒロインの成長のストーリーが動くきっかけは、色々なケースがありますが、その一つとして、ヒロインの片方の親に問題や欠落があって、それが理由で話が動くパターンがあります。
ヒロインが未婚の場合は、母親は娘であるヒロインを温かく見守る、母性のある常識的なキャラクターが多いですが、対照的に、父親が何かしら問題を抱える人、欠落している人になる傾向があります。例えば、「ひよっこ」では、父親が犯罪に巻き込まれて行方不明、「スカーレット」では、父親の言動がパターナリズム、加えて酒癖が悪く、借金癖もありました。
 一方、ヒロインが既に結婚している場合は、母親・義母と対立する、嫁姑問題や親子問題が描かれる傾向があります。このケースにあてはまる最近の朝ドラは「マッサン」や「まんぷく」です。
 「おかえりモネ」では、ヒロインの永浦家にはこの設定はありませんが、このバリエーションの形で、及川親子のサブストーリーで親の問題が描かれています。妻が津波で行方不明になったことへの喪失感に起因する、新次のアルコール依存症、そして亮の苦悩というストーリーがあります。

⑫ 親世代の経験を子世代が繰り返す、親の挫折・失敗を子が成功

 前項で述べた通り、朝ドラではたくさんの家族が出てきますが、朝ドラでよく出てくる家族の描写には、2つの傾向があります。
【親世代の体験を繰り返す/リベンジする子世代】  
 ヒロインの子世代が親世代と同じことをして「親譲り」なところを見せて、微笑ましく感じる、あるいは皮肉めいていると感じるエピソードがあったり、親世代では挫折や失敗したようなことに、子世代のヒロインがチャレンジして成功して乗り越え、カタルシスを得るエピソードがあります。
 「おかえりモネ」では、永浦家と及川家の子世代「モネ・りょーちん・みーちゃん」と親世代「耕治・新次・亜哉子・美波」のエピソードを対比させてみると、このようなエピソードが見つけられます。
【ヒロインの子供が昔のヒロインと同じことをする】
 ヒロインの子供が、ヒロイン自身の子供時代とそっくりなことをしたり、ヒロインが、昔の親にされた嫌なことを、ヒロイン自身の子供にしてしまう皮肉めいたエピソードです。
 「おかえりモネ」では、このバリエーションの形で、気仙沼編で、モネの母・亜哉子の元教え子のあかりちゃんが、登米編でのモネと同じ言動をするシーンがあります。

⑬ 戦争・大災害等、登場人物に大きな影響を与える出来事

 朝ドラには、実際に発生した、戦争や震災等の大災害のサブストーリーが組み込まれることが多いです。ほとんどの登場人物が巻き込まれ、主人公に近い登場人物が亡くなる場合もあります。そうした困難や逆境を乗り越え、再建・再生に向かう人たちが描かれます。
 なぜ戦争や大災害を描くのか、理由の1つは朝ドラという作品で、実際に発生した、戦争や大災害の出来事、そして教訓を後世に語り継いでいくためだと思われます。戦争や大災害の後には、節目節目で、記念碑等が建てられたり、鎮魂の式典が行われますが、映画やドラマ等の作品が作られるのも、同じ目的です。
 「おかえりモネ」の放送は、2021年、つまり東日本大震災から10年という節目のタイミングです。NHKは公共放送であるが故、こうした語り継ぐ作品を作る社会的使命感を、NHKの方々はもたれているのだと推察します。
 もう1つの理由は、大災害や大事故の物語もまた、多くの視聴者の関心を惹きつけることができる「物語の型」が確立されているからです。映画には「パニック映画」と呼ばれるジャンルがあります。大災害や大事故に果敢に立ち向かう人たち、そして、生きるか死ぬかの極限状態にある時の、人々の葛藤や思いやりの描写が、これらの映画では描かれます。
 「おかえりモネ」では、東京編や気仙沼編の中で、こうした人たちの描写がたくさん描かれています。まずは、気象データを武器に台風等の異常気象に立ち向かうモネやウェザー・エキスパーツ社の同僚たちです。
 東京編の最後では、亀島の永浦家は竜巻に襲われますが、まるでお祭りかのように、永浦家の復旧に協力する亀島の人たちの温かさ、しぶとさが描かれています。また、気仙沼編では、亮が乗る船が嵐に巻き込まれて動けなくなった時に、新次やモネ、みーちゃんの葛藤が描かれています。

⑭ 社会派ドラマ的なサブストーリー(社会問題・時事ネタ)

 ドラマや映画には、「社会派ドラマ」というジャンルがあります。現実にある社会問題を想像させるような出来事が起こり、その問題に対処する登場人物の葛藤や奮闘、登場人物間の対立等を描くことで、視聴者に現代の社会問題を問題提起する、考えてもらうことをねらいとするドラマです。NHKでは、土曜夜のドラマ枠で、伝統的に社会派のドラマが作られています。
 そして、朝ドラにおいても、社会派ドラマ的なサブストーリーがほぼ全ての作品に含まれます。「⑬ 戦争・大災害等、登場人物に大きな影響を与える出来事」で取り上げた、戦争や大災害等の問題はまさに「社会派ドラマ」に分類されるものです。また、社会問題というわけではありませんが、放送される時期に合わせた、実際のイベントや時事ネタとリンクするようなエピソードが仕込まれることが多いです。
 「おかえりモネ」では、気象予報士が取り組む、台風をはじめとする自然災害の問題が代表例です。本来は発生してほしくない事象ではありますが、実際に発生した自然災害とリンクするかのように、土砂災害や、東北地方に上陸する珍しい台風等のエピソードがあり、驚いた視聴者も多かったことでしょう。特に土砂災害のエピソードの回には、視聴者に配慮したテロップが放送の冒頭に挿入される、朝ドラでは異例の事態がありました。
 他にも、「おかえりモネ」の放送時期に開催された、東京オリンピック、パラリンピックのエピソードもありました。2016年のリオ五輪中継に夢中になった汐見湯の大家さんが熱中症になった話や、車椅子マラソンの鮫島さんへのサポートのエピソードです。新型コロナウイルスのデルタ株の感染拡大の影響で、直前まで東京オリンピック、パラリンピックの開催は危ぶまれていましたが、無事に開催されて、これらのエピソードも効果的にうまくはまる結果となりました。
 逆に、放送日に合わせて時事ネタのエピソードをせっかく仕込んだのに、残念ながらことごとく外してしまった不遇の朝ドラが2020年に放送された「エール」です。この朝ドラの主役のモデルとなった、作曲家・古関裕而は東京六大学野球や高校野球の応援歌、東京オリンピックの楽曲を多数作っており、朝ドラ「エール」の物語の中では、これらの曲に関連するエピソードが、東京六大学野球の早慶戦や、高校野球の時期に仕込まれていました。
そして、このドラマ自体が2020年の東京オリンピックや、福島での五輪野球開催とリンクさせることをねらっていました。
 しかし、パンデミックの影響で、放送は途中で中断、東京オリンピックは1年延期、早慶戦や高校野球も延期や中止となってしまい、現実のイベントとリンクをねらったこれらのエピソードは、残念ながら、うまくはまりませんでした。

⑮ 「状況設定」の小ネタ(地元ネタ・懐かしいサブカルネタ)

 「③ 三幕構成」で、物語の最初の第1幕は「状況設定」と説明しました。つまり、朝ドラであれば、ヒロインをはじめとする登場人物が、どのような土地で生まれ育ったのか、またどのような時代を生きたのか、視聴者に分かるようなシーンやエピソードを物語の最初に入れる必要があります。それらを効果的に挿入し、視聴者を「面白い、このドラマを見てみよう」と思わせ、メインストーリーであるヒロインの成長物語に引き込むのです。漫才でいえば「つかみ」のようなものです。
 朝ドラで、その土地独特の料理や名産品、地元の祭り、ご当地キャラ的なマスコット等を出してくるのは、ヒロインが生まれ育った地域の説明のためです。ちなみに、この手法が一番成功した朝ドラは「ちゅらさん」(2001年)で、沖縄野菜だったゴーヤーは、ドラマ内で登場したゴーヤーマン人気もあって、「ちゅらさん」をきっかけに、全国に普及しました。
 また、朝ドラの、特に昭和の戦後以降で、ノスタルジーを感じさせるサブカルチャーのネタが出てくるのは、ヒロインやその他の登場人物がどういう世代で、どんな時代を生きてきたのかを説明するためです。
 2010年に放送された「ゲゲゲの女房」は漫画家・水木しげるの妻の話ですが、「ゲゲゲの女房」を成功例として、その後の朝ドラでは、「ひよっこ」「半分、青い。」「なつぞら」等、漫画やアニメ等のサブカルチャーネタが出てくる朝ドラが作られるようになりました。
 「おかえりモネ」でいえば、地元ネタとして、登米では、漫画家・石ノ森章太郎や伝統芸能、気仙沼や東京では、菅波先生が好きな鮫や、コサメちゃんと傘イルカくんというマスコットが出てきました。懐かしいサブカルチャーネタとしては、ヒロインの両親・耕治と亜哉子の、大学時代の馴れ初めの回想シーンで、ジャズ喫茶や映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」等、1980年代を感じさせる小ネタがでてきました。

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おわりに

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 前項では、複数の朝ドラに共通する、次の15の「朝ドラのフォーマット」について説明しました。

① ヒロインの成長物語
② ヒロインのモデルの存在
③ 三幕構成
④ 一週間で完結する短編ストーリー
⑤ 地方から都会へ・ヒロインの冒険物語
⑥ ヒロインの恋愛物語
⑦ ヒロインと対照的な準主役級の姉妹や幼馴染
⑧ ヒロインの成長を促す仲間や上司
⑨ 「たまり場」での「会話劇」
⑩ 3世代大家族のホームドラマ
⑪ ヒロインに影響を与える親の問題
⑫ 親世代の経験を子世代が繰り返す、親の挫折・失敗を子が成功
⑬ 戦争・大災害等、登場人物に大きな影響を与える出来事
⑭ 社会派ドラマ的なサブストーリー(社会問題・時事ネタ)
⑮ 「状況設定」の小ネタ(地元ネタ・懐かしいサブカルネタ)

 上記以外にも「朝ドラのフォーマット」と呼べるような、複数の朝ドラに共通するストーリーのパターンや表現手法等はあると思います。もしそうしたものがあれば、ご指摘いただけるとありがたいです。
 本note記事では、「おかえりモネ」を例にとり「朝ドラのフォーマット」を解説しましたが、他の朝ドラでは、2003年に放送された「あまちゃん」も「朝ドラのフォーマット」に沿って制作されていることがよく分かる作品です。以下のリンクの記事に「あまちゃん」のことも書きましたので、よろしければ、参考にしてください。

 そして、リストアップした「朝ドラのフォーマット」は、2021年現在の「ベストプラクティス」です。新しい撮影技術や、視聴スタイルの変化等、外部の要因が変化していくと、「ベスト」ではなくなる可能性があります。そのため「朝ドラのフォーマット」は、将来の朝ドラによって更新されていく必要があるのです。前述の岡田惠和と北川悦吏子の対談でも、岡田惠和は以下のように語っています。

「なんとなく成功作があって、それのフォーマットがあって、多分それとは違うけど、毎回作り手が更新していかないといけない。」
「どっかアップデートしていくんだと思うよ」

 今のところ「おかえりモネ」は「異色の朝ドラ」と評価されていることが多いように見受けられます。それはおかえりモネ」が「朝ドラのフォーマット」を踏まえた作品であると同時に、「朝ドラのフォーマット」をアップデートした作品でもあるため、そのような評価を受けていると考えます。
 「朝ドラのフォーマット」がなぜ更新されていく必要があるのか、また「おかえりモネ」は「朝ドラのフォーマット」にどういう新しい要素を加えたのか、そして、時代の変化、外部要因の変化によって、朝ドラの未来像がどうなっていくかについては、改めてnote記事を起こしたいと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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