「保持率32%」のカタノサッカーを戦略的に見てみると[2022 J1 第2節 浦和レッズvsガンバ大阪]

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はじめに

浦和レッズ(0-1)ガンバ大阪
83'福田(ガンバ)

この記事では、浦和レッズ対ガンバ大阪の一戦から「ガンバ大阪の試合運び」にフォーカスし、苦戦した序盤から終盤の決勝点までの流れを戦略的な視点から分析していきます。早速いってみましょう。

スタメン

レッズ4231/442

攻撃4231
GK)西川
DF)宮本-岩波-ショルツ-大畑
MF)伊藤-岩尾+松崎-江坂-関根
FW)小泉
守備442
GK)西川
DF)宮本-岩波-ショルツ-大畑
MF)松崎-伊藤-岩尾-関根
FW)小泉-江坂

ガンバ3421/541

攻撃3421
GK)石川
DF)高尾-三浦-昌子
MF)柳澤-チュセジョン-倉田-黒川
FW)小野瀬-宇佐美+ペレイラ
守備541
GK)石川
DF)柳澤-高尾-三浦-昌子-黒川
MF)小野瀬-チュセジョン-倉田-宇佐美
FW)ペレイラ

前半

事前の想定と、ピンチ連発の序盤

まず、ガンバの試合前の想定と、それに基づいて準備されていたであろうゲームプランを推測してみます。

  1. レッズにボールを持たれる展開になり得る

  2. 1を踏まえ、受け身になりすぎないようにハイプレスをかける

  3. 2CH+3FWでボール保持力を担保&小野瀬シャドー起用で推進力

カタノサッカー初年度、公式戦2試合しか戦っていないガンバに対し、相手の浦和はリカルドロドリゲス体制2年目。同じくボール保持と攻撃的サッカーを掲げる両チームの完成度には大きな違いがあり、「レッズに保持力で勝ることは難しい」と片野坂監督は想定していたでしょう。レッズが攻撃する時間が長くなることを受け入れた上で、自分達がボールを持った時にはそのボールを大事にしながらプレーすることがゲームプランの基本線だったと思います。
ただし、ハイプレスも準備されていました。レッズの攻撃力へのリスペクトを前提としたプランだったと思いますが、だからと言って撤退守備に徹するのではなく、能動的にプレーする意思を示すことも重要なポイントの一つでした。

ガンバは、前半の序盤に多くのピンチを迎えます。その多くはハイプレッシングを剥がされた流れから。石川の好セーブもあり何とか無失点で序盤を凌ぎましたが、失点していてもおかしくないありませんでした。
前述の通りレッズに押される展開は想定内だったでしょうが、ハイプレッシングはもう少し機能すると考えていたでしょう。プレッシングをはめて高い位置でボールを奪ったシーンはこの時間帯にほぼなく、レッズの攻撃力をリスペクトしていた「とは言え」、不味い入りでした。ガンバは、早くも「悪い意味での試合の山場」を迎えることとなりました。

機能不全への対処

レッズに攻め込まれた序盤への対処と90分トータルを見据えた試合運びとして、片野坂監督とスタッフ陣は「均等の回復とそれに続く主導権奪回への四段階の修正」を行いました。
序盤の劣勢を受け、前半の残り30分は基本的に「541撤退→奪ったら中盤の掌握」に専念しました。これが第一段階です。部分的にハイプレスを発動する場面はあっても、攻撃的に出て強引に主導権を握り返しにいくのではなく、まずは劣勢を均等に戻す作業からスタート。
しかも、完全な均等状態への回復ではなく「最悪の回避」、劣勢気味の均等状態への回復に過ぎませんでした。あくまで、序盤の混乱状態から抜け出してハーフタイムまで逃げ切るための処置だったのです。
541ブロックで3ラインの間とDFライン裏の空間を隠し、レッズの攻撃をスローダウンさせる。そしてライン間へ入ってくるパスを5バックで迎撃し、4MFのプレスバックで挟み撃ち。仮に守備網を崩されたとしても、最終的には人海戦術でエリア内を固めてピンチを凌ぐ。

ボールを奪った後のメインテーマは「2CH+3FWによる中盤の掌握」。パスワークによる中盤の掌握とポゼッション回復の優先順位がカウンターよりも上にあり、カウンターを狙う意識は低めでした。
せっかくボールを取ったんだから大事にしようよ、ということで、チュセジョン-倉田+小野瀬-ペレイラ-宇佐美で形成される中央の五角形でパスを繋いでタメを作る。5人それぞれに高いキープ力があってユニットとしての連携も優れているので、高確率で目的を達成していました。
また、この5人が担っていたもう一つの重要な役割が、「ファウルをもらう」こと。個々のキープ力とロンドっぽさのあるパスワークでレッズのゲーゲンプレスに対抗し、レッズのファウルを誘発する。レッズ守備陣にジリジリと圧力をかけるこの作戦が、後に大きな成果を生み出します。
しかし、ボール奪取後の瞬間的な中盤掌握は達成できる傾向にあったとは言え、ボールを保持する時間は思うように伸びず。これには大きく二つの理由があったと思われます。

  1. 石川からのリスタートはロングボール一択

  2. 意識付け故の近く・後ろサポートの渋滞

ゴールキックや自陣深くでの石川から始まるリスタートを得ても、ガンバはビルドアップを行いません。まだカタノサッカー式ビルドアップの完成度が低いために、現状はリスク回避を優先しているのでしょう。
そして、ポジトラにおける近く・後ろサポートの渋滞も一つの要因でした。奪ったら中盤の掌握を目指すという意識付けがされていたが故、ボールの近くや後方でサポートする選手が多く、縦方向に飛び出す選手があまり見られませんでした。もちろん、自陣深くで541ブロックを組んでいるので後ろの選手がスペースを突くには時間がかかります。物理的に間に合わない、だから無理して出ていかない(出ていけない)という側面もあったと思われます。

ガンバの第一段階の修正は総合的に見れば機能。攻撃の時間を増やすまでは到達しなかったものの、最悪に近い試合状況を劣勢気味の均等まで押し戻してハーフタイムを迎えました。

後半

ハーフタイムの2枚替え

片野坂監督は、ハーフタイムで2枚替えを決断。ペレイラ、柳澤に変えて山見、石毛を投入。システムは3421/541で継続。山見はそのままCF、小野瀬を右WBへ下げて石毛を右シャドーへ配置しました。この2枚替えが「均等の回復とそれに続く主導権奪回への四段階の修正」の第二段階です。
ハーフタイムを境に変化したのはハイプレス/ミドルプレスの強度と精度でした。541ブロックを基軸とした前半ラスト30分に比べてグッとDFラインを押し上げ、序盤に見せたハイプレスを再発動させました。ハイプレスをかけれない局面ではミドルプレスへシフトし、レッズの攻撃へ継続的にプレスをかけていました。
もちろん、前半と同じハイプレスではありません。山見が切り込み隊長としてプレッシャーをかけ、後ろが呼応して前へ前へプッシュアップする。前半よりも一人ひとりが思い切りを持って前へ出られるようになっていました。その要因は主に二つです。

  1. ハーフタイムにプレッシングが整理され、全体の意思が統率されていたこと。

  2. 山見と石毛が非常に上手く機能していたこと。

一つ目に、全体の意思統一がされたこと。ハーフタイムに守備(プレッシング)の手直しが施されたことで、後半は前半よりも明らかにプレッシングの迫力が増しました。5バックからグイグイ人を出してレッズの前線の選手を掴んでいき、数的同数による位置的優位の封じ込みに成功。片野坂監督も試合後コメントで「ハーフタイムで守備を整理した」と語っていました。
二つ目が、山見と石毛の貢献。山見は、トリガー役としてハイプレス/ミドルプレスを牽引していました。山見が先陣を切って勢いよくプレスをかけてくれることで、全体でスイッチを入れるタイミングが明確に。前半CFでプレーしたペレイラはプレスが得意なタイプの選手ではなく、プレスに出遅れたり周りとアクションが揃わない場面が見られました。反対に、山見は毎回スプリントでプレッシャーをかけてくれる上に二度追いも厭わない選手。最前線の選手が代わったことでハイプレッシング向きの陣容になったのです。
石毛も、山見と同様にチームのエンジンとして奔走。前方へプレスをかけるだけでなくボールが自分を超えたら迅速にプレスバックし、奪ったらスペースへGO。ピッチへ送り出された二人の守備が、後半のプレス改善に大きな貢献を果たしました。

2枚替えとそれに伴うプレッシング改善の狙いは、「前半の第一段階を発展させた陣地回復とポゼッション回復」でした。541ブロックと奪ってからの中盤掌握に基軸を置いた第一段階で前半を凌げたから、もう一歩ステップアップして後半はもう少し高い位置でプレーを展開していこう、というのが第二段階の狙いです。
肝となるのは、前半は耐えたから後半はエンジン全開で掻き回してこう!と早まるのではなく堅実に一歩ずつ積み上げていく姿勢を取ったこと。開始15分を受けての第一段階はいわば「最悪のシナリオの回避」で、0-0でハーフタイムを迎えるための処置とも言えるものでした。第二段階では、第一段階の文脈を生かして劣勢気味の均等を純粋な均等へ押し戻すことを試みました。
第二段階において、奪ったら先ず中盤の掌握を目指すスタンスは不変でした。山見を最前線に配置したことでスペースを突く動きが出るようになりましたが、チーム全体の狙いがカウンターアタックに移り変わることはありませんでした。ハイプレッシングを再発動させたからと言って、第二段階を得点を狙うフェーズに位置付けていたわけではなかったのです。後々勝負どころを作るための事前準備という位置づけでした。

ハイプレス/ミドルプレスを機能させたガンバは狙い通り陣地回復を達成しますが、ポゼッション回復を成し遂げることはできませんでした。陣地回復と共にポゼッション回復も狙った二枚替えでしたが、ボールを保持する回数はあまり増やせず。本来ならもう少しボールを持ちたかったところでしょう。
ただし、ポゼッション回復の前提となる陣地回復には成功しており、第二段階も総合的に見れば十分な成果が得られたと判断できます。

61' 山本投入

後半も残り約30分となったタイミングで、片野坂監督はチュセジョンを下げて山本を投入。
「均等の回復とそれに続く主導権奪回への四段階の修正」の第三段階となるこの交代の狙いも、第一、第二段階の積み上げを生かした堅実なステップアップでした。具体的にチュセジョンから山本への継投を選択した理由として、二つが挙げられます。

  1. 運動量補充、コンディション

  2. ボール保持力の向上、攻撃参加して3FWとセッション

一つ目の理由はフィジカル面。継続的なプレスを行うにあたり、ピッチに立つ11人の中で、宇佐美とチュセジョンは早めに疲労が出ると想定していたのではないかと推測します。そのうち攻撃の核を担う宇佐美には出来るだけ長い時間プレーさせたいので、チュセジョンに代えて山本の投入を選択したのだと思います。
二つ目の理由は、ボール保持力と押し込む力の向上。ボランチの一角をフレッシュな山本に替えて、守備時だけでなく攻撃時の運動量も増やしてボール循環の改善に繋げる狙いでした。直近のダービーでは、奥野とダブルボランチを組み攻撃時には縦関係の前側でプレーする場面も多くあった山本。前線へ上がって3FW石毛-山見-宇佐美の近くでプレーし、レッズを自陣深くへ押し込むことも期待していたはずです。

つまり、第三段階の狙いはターンごとの攻撃のアベレージを高めてレッズを押し込むこと。第一、第二段階において主に守備面で積み上げたものを、攻撃面へ還元する選手交代でした。
実際に、この辺りから徐々にポゼッションの回数が増え、敵陣深くへ押し込む場面を多く作れるようになっていきました。前半ラスト30分の「劣勢気味の均等」への回復、後半開始15分の「純粋な均等」への回帰を経て、能動的な守備でレッズの攻撃を抑え少ない攻撃回数で脅威を与えられる「優勢気味の均等」へと試合を動かし、自らのもとへ主導権を手繰り寄せていったのです。

80' 福田投入

山本投入から約20分後、アディショナルタイムを除いてラスト10分のタイミングで、エース宇佐美に代えて福田の投入を片野坂監督は決断。この交代がここまで見てきた「均等の回復とそれに続く主導権奪回への四段階の修正」の最終形態、第四段階です。
宇佐美⇄福田の狙いは↓

  1. 運動量補充、プレス強度の維持

  2. カウンター・オプションの強化

一つ目に、宇佐美は80分間攻守にハードワークしたので、フレッシュな福田を入れて前線の運動量が落ちないようにすること。宇佐美のキープ力と一発に期待して80分まで引っ張りましたが、ラスト10分はスピードや推進力のある福田に任せました。
二つ目に、カウンターアタックを打てるようにすること。これまで陣地回復とポゼッション回復を重視した試合運びを展開してきたことで、レッズとイーブンもしくはそれ以上で戦える、十分勝ちを狙える土台が出来上がりました。80分間じっくりと作り上げてきたその土台を元に、ラスト10分は毛色を変えて勝負を決めるナイフを刺しにいったのです。
第四段階は、「80分間の仕上げ、決め手を打ちにいく」でした。

結末

80分の福田投入の直後、81分。インターセプトした高尾からパスを受けた石毛が倒され、倒したレッズの岩尾が二枚目のイエローで退場。第三段階まで積み上げてきた「奪った後の中盤掌握へのシフト」が、岩尾の退場を誘発したと言えます。ガンバの2CH+3FWはボール奪取後のパスワークで数多くのファウルをもらっており、このシーンの前にレッズのダブルボランチ岩尾、伊藤には既にイエローが提示されていました。ジリジリとレッズ守備陣へ圧力をかける作戦が実を結んだのです。
そして、岩尾退場後のファーストプレー。ガンバは右サイドから攻め込んで中央へ展開。山見のトラップミスがこぼれてきたのを福田がダイレクトでミドルシュート。これがディフレクトして先制ゴールに。切り札として投入した福田が、ついに均衡を破ります。
失点後、レッズは犬飼を投入してパワープレーを展開。ガンバは、小野瀬が犬飼を倒したプレーが一度はPKと判定されたりアディショナルタイムが長すぎたりしながらも、福岡を投入してのクロージングで逃げ切りに成功。今季初勝利を手にしました。

おわりに

レッズ戦の片野坂ガンバのパフォーマンスは、まるでカタノサッカーの鎧を纏ったウノゼロサッカーのようでした。
カタノサッカーの代名詞であるリスクを厭わないビルドアップはほぼ姿を見せず、90分を終えてのボール保持率はわずか32%。しかしその代わりに見せたのは、段階的アプローチでジワジワと主導権を手繰り寄せて最終的に勝ち点3を手にする、昔ながらのイタリアのウノゼロサッカーのような手堅さでした。
見方によれば、レッズとの完成度の違いから導かれただけの現実的な(消極的な?)戦い方だったかもしれません。しかし、毎試合のように主導権を握って戦えるのは18クラブが属するJ1でもいくつかのクラブのみ。そして少なくとも今シーズン、ガンバはそのいくつかの内に含まれるクラブではありません。
従って、レッズ戦のような戦い方が求められる試合も今後必ず出てきます。これを踏まえれば、ボールを取り上げられてしまったけれど、ボールを持てないなら持てないなりに戦えることを証明したこの試合には勝点3以上の価値があったのではないでしょうか。

ちなみに。この試合のガンバの試合運び(モダンな攻撃サッカーの見た目をしながら中身は古き良きイタリア風味の堅実なサッカー)は欧州最高峰のある監督が作るチームと同じです。答えはトーマストゥヘルのチェルシー。トゥヘルチェルシーも派手なメンツで攻撃的なサッカーをしているように見えて実はウノゼロ系統という性格を有しています。さて、今季のガンバはイメージ通りのカタノサッカーを追求するのか、それとも片野坂監督がトゥヘルっぽさを醸し出しながらチームを作っていくのか。結末はいかに。

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