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[後]見せかけの自滅!?グアルディオラとトゥヘルと分断と[ナーゲルスマン・グアルディオラ・トゥヘルの比較分析〜軍事戦略からのアプローチ〜]

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この記事は、[ナーゲルスマン・グアルディオラ・トゥヘルの比較分析〜軍事戦略からのアプローチ〜]の後編です。グアルディオラとトゥヘルのパートを扱っています。

前編はこちら(まだ読まれていない方は、前編から読むことをお勧めします)↓


第5章 ペップ・グアルディオラ

次に扱うのはペップ・グアルディオラ。ナーゲルスマン、トゥヘルに多大な影響を与えている彼のサッカーの背景には、どんな戦略が存在しているのでしょうか。

「ピッチ上の現象」からの分析

図5-1

攻撃時の初期配置は4-1-2-3。シティは前の試合と同じ11人がスタメンに名を連ねることがほぼ無いチームなので、チェルシー戦のメンバーを並べました。GKエデルソン(31)、4バック右からウォーカー(2)、ストーンズ(5)、ラポルト(14)、カンセロ(27)、ACロドリ(16)、IHベルナルドシウバ(20)、デブライネ(17)、前線にスターリング(7)、フォーデン(47)、グリーリッシュ(10)。SBウォーカー、カンセロは偽SBとして、CFフォーデンは偽9番として振る舞います。

図5-2

グアルディオラのサッカー観の根底にも、ボール保持によるゲーム支配が存在します。常にボールを保持し、自分達のテンポでプレーして相手をコントロールする。ボールを持っていれば失点はしない。この考えが前提です。
グアルディオラが絶対的な信頼を置く4-1-2-3は、均等型のシステムです。初期配置で特定のエリアに比重を傾けるのではなく、5レーンにバランスよく選手を並べた状態でプレーを始めます。

図5-3

グアルディオラの設計の特徴は、「11人を複数のタスクグループに分け、フィールド全体を分割して支配する」というコンセプトです。対戦相手によって配置やビルドアップの方法を変更することも多いグアルディオラですが、ベースにはタスクグループという考え方があります。

  1. 2CB-AC(-GK)
    ストーンズ-ラポルト-ロドリ(-エデルソン)
    [5-14-16(-31)]

  2. SB-IH-WG
    [右]ウォーカー-ベルナウドシウバ-スターリング
    [2-20-7]
    [左]カンセロ-デブライネ-グリーリッシュ
    [27-17-10]

  3. AC-2IH-CF
    ロドリ-ベルナウドシウバ-デブライネ-フォーデン
    [16-20-17-47]

タスクグループは主に3つで、[2.SB-IH-WG]が左右に存在するので3種類で合計4つとなります。
タスクグループに分ける目的は、「自分達・相手を分断し、自分達だけ再接合」すること。まず自分達を3-4人で構成されるタスクグループに分割し、各タスクグループが同時進行で其々のタスクを遂行します。
自分達のテンポでたくさんのパスを回し、少しづつみんなで一緒に前進していくスタイルなので、表面的には「常に11人全員が繋がっている」ように見えます。
しかし、実際には、自分達を分断する作業を最初に行っています。先にわざと自分達の組織を分断し、自分達が分断された環境でプレーすることで相手の分断を誘発する。グループ単位でタスクを遂行し相手にもグループで対応させ、自分達・相手をグルーピングする、ということです。
その上で自分達だけを再接合し、自分達は繋がっているけど相手は分断したままの状態を作り出し、相手の分断を突き全方位的に攻撃する(=中盤スプリット)。タスクグループを運用し中盤スプリットへの到達を目指します。

目標の中盤スプリットに到達するまでの「自分達が分断されている」状態は、リスクを内包しています。タスクグループ間の連携が密ではなく、ボールロスト時に分断したままでカウンターに対応せねばならないからです。
このリスクを補うのがボールポゼッョンで、常に自分達がボールを所有しておくことで「分断の露呈」を回避しています。ボールを保持し続けて相手のアクションを止めてしまえば、相手の能動的な守備によって分断を狙い撃ちされる可能性はゼロに等しくなります。ボールポゼッションが分断をコーティングし、中盤スプリットの実現に必要な時間的猶予を生み出しているのです。
分断した状態の自分達を再接合するのもまた、タスクグループの仕事です。タスクグループ[1.2CB-AC(-GK)]と[3.AC-2IH-CF]が分断を再接合する役割を担います。サイドをスタート地点に前進ルートを構築する(詳細は後述)ので、中央のタスクグループ[1][3]が両サイドの[2]を接合します。
タスクグループ[1][3]によって再接合された状態はつまり、自分達だけ繋がっていて相手は繋がっていない、中盤スプリットを実現した状態です。自分達はどのタスクグループにも自由自在にアクセス可能ですが、相手は複数のグループにグルーピングされたままで、グループ間を再接合できない。相手の守備組織は各所に問題を抱えることとなります。

図5-4

ビルドアップはタスクグループ[1]から始まります。最初に狙うのはACロドリ(16)からの前進ですが、ほとんどの対戦相手がロドリを消す事から守備を始めるので、簡単にロドリを使う事は出来ません。他のタスクグループと協力します。
ロドリを消された場合、前進ルートは外から。ピッチ上の均等状態を維持しながら攻撃を展開することを重要視するため、中央へ突入し真っ向勝負を挑むことはしません。従って外のトライアングル、タスクグループ[2]が切り込み隊長となります。
タスクグループ[2]は、SBが少し内側(偽SB)、IHがハーフスペース、WGがタッチライン際を初期配置とします。そこから味方・相手の位置関係に応じて柔軟に立ち位置を動かしズレを生み出すのですが、立ち位置チェンジの基準はSBです。言い換えれば、後ろの選手から位置をずらしていきます。
RCBストーンズ(5)、ロドリらと相手との位置関係を見て、RSBウォーカー(2)が立ち位置を微調整し前進ルートの入り口を作ります。
次はRIHベルナウドシウバ(20)の出番。ハーフスペースで縦パスを引き出すのか、直線的に降りてヘルプするのか、外へ降りてLSHの背後を突くのか。タスクグループ[1]、ウォーカーと相手との位置関係を観察し、場面毎に適切な立ち位置を取ります。IHは11人全員の中で最も可動域の広いポジションで、ある程度の自由裁量が与えられています。ただし、選択し得る立ち位置のバリエーションは、ゲームプランの影響を強く受けます。
最後はRWGスターリング(7)。ウォーカー、ベルナウドシウバらが立ち位置を調整して中盤の支配の確立を図るため、自然と相手は中へ集まりグルーピングされます。外にスペースが空くので、基本的にはタッチライン際に張って相手SBに1vs1で仕掛けられる状態でステイします。
ただ、張っているだけではボール保持者との距離が遠い場合があるので、その時は少し降ります。内側へ入ってベルナウドシウバの奥に立ってLCHの背後を突いたり、LSB-LCBの間(内側のライン上)を破ってスペースへ飛び出すオプションもあります。タスクグループ[1][2]が行う駆け引きを仕上げるような、「最終的に空いたスペース」を使う役割です。

図5-5
図5-6

WGスターリング(7)にスペースとボールを届けたら、前進に成功(あくまで複数あるバリエーションの内の一つ)。更にゴールへ近づくため、タスクグループ[2]の機能を切り口に引き続き攻撃します。
大外にボールがある時、ハーフスペースもしくはハーフスペースの裏(ポケット)をIHベルナウドシウバ(20)が突きます。「もしくは」としたのは、WGの利き足によって判断を変えていると見られるから。右利きのスターリングが利き足側の右WGでプレーする場合、スターリングは縦方向へのドリブル突破を狙いたいので、ハーフスペースに留まり縦方向のスペースを空けておく。ベルナウドシウバが裏へ走ると、スターリングの使う奥行きを潰してしまいます。
反対に、右WGが左利きのマフレズの場合、マフレズの武器はカットインなので、ハーフスペース裏へ走り込んだ方が効果的です。ベルナウドシウバが奥行きを使えば、相手LSBに「マフレズのカットイン(足元)を守るか、ベルナウドシウバのラン(背後)を守るか」の二択を突き付けられます。
また、スターリング、ベルナウドシウバのアクションに対する相手の反応に応じて、SBウォーカー(2)も追加のサポートを提供します。

図5-7

タスクグループ[2]に対する相手の反応に応じて、タスクグループ[1][3]、逆サイドの[2]も連続的に選択肢を拡張していきます。
ボールサイド[2]の狙いが相手に封じられた場合は、[1][3]の機能でリサイクル(組み立て直し)します。[1]は、RCBストーンズ(5)、LCBラポルト(14)、ACロドリ(16)が水平方向にボールへ近寄り、まずはロドリ経由のリサイクルを試み、難しければストーンズに下げ、ロドリorラポルトを介して逆サイドへ。ストーンズへのバックパスさえ困難な場合はエデルソン(31)へ。
[3]は、[1]でリサイクルする過程に加わります。例えば逆サイドのLIHデブライネ(17)が降りてロドリをヘルプするなどして、円滑なリサイクルを実現します。それだけでなく、デブライネのサポートを起点に[3]自身で攻め込むことも可能です。

図5-8

タスクグループ[2]はトライアングル型であり、リサイクル役までは確保出来ないので、その不足分をタスクグループ[1]で補います。[1]との連結により、最低限備えておきたい4つの選択肢「奥行き-幅-インサイド-後ろ」が揃います。

図5-9

ボールサイドのタスクグループ[2]からボールを預かった[1]が、[3]か逆サイド[2]のどちらか適切な方へ展開します。もちろん、同サイドの[2]へ再アクセスするのもOKです。
付け足しておく必要があるのは、ポジションチェンジについて。タスクグループとしての機能だけでなく、IHベルナウドシウバ(20)、デブライネ(17)、CFフォーデン(47)を軸としたグループを横断したポジションチェンジも頻繁に行われます。グループ単位では再現性を追求しますが、再現性を高めるばかりでは相手も予測が容易になるので、ポジションチェンジにより不確実性を付与しています。
繋がっている4つのタスクグループ全ての内から優位性を持ったグループを適時選択し続け、その回転速度を上げて相手の守備組織を再起不能に陥れる。このサイクルを繰り返してゴールを狙うのがシティの攻撃方法です。

最初から全員を繋げておいて群れとなって動くのではなく、あえて11人を3-4人のタスクグループに分割し、タスクグループごとに自分達・相手をグルーピングする。この工程を挟んでおくことで、相手を置き去りにして好き放題攻撃できる展開を作るのが狙いです。
だから、タスクグループをトライアングル・ベースで設計し、意図的に「そのグループだけでは事足りない」状態が生まれるようにしています。個々のグループが独力で問題を解決するのは難しいので、相手もグループ対グループでは対抗できる。裏を返せば、「相手からも分断に向かって来てくれる」仕掛けになっているということです。

図5-10

リスク管理は、偽SBウォーカー(2)、カンセロ(27)のハーフスペース(DFライン前)占領が主体となります。ボールを失うと、全体でゲーゲンプレスをかけると共に、ハーフスペース・ケアにIH、ACらも加勢し複数人でハーフスペースを圧縮します。


図5-11

守備は多くの試合で4-2-4を採用し、ハイプレッシングを行います(チェルシー戦は異なる配置だったため違和感がありますが、ご了承ください)。GKエデルソン(31)、DFラインにウォーカー(2)、ストーンズ(5)、ラポルト(14)、カンセロ(27)、2CHにロドリ(16)、ベルナルドシウバ(20)、ワイドにスターリング(7)、グリーリッシュ(10)、2CFデブライネ(17)、フォーデン(47)。
グアルディオラのプレッシングも、「仮想フィールド前止めプレッシング」の考え方が軸となります。

図5-12

前線に4人を立たせ、相手4バックに対し数的同数でプレッシャーをかけます。LCFデブライネ(17)がRCHへのパスコースを切りながらRCBへ寄せ、LWGグリーリッシュ(10)もRSBと水平の高さ、RCB→RSBの横パスをインターセプト出来るくらいの位置に立ってRCBの配球を圧迫します。RWGスターリングは内側へ絞って逆サイドのハーフスペースを予め占領しておき、カウンターアタックに備えます。
この時、LCHロドリ(16)も前に出てマンツー気味にRCHを監視し、RCHへのパスコースにデブライネとの二重フィルターをかけます。
そして、ロドリに連動してDFラインも前へ前へ。誘導を飛ばして高い圧力をかけ、初手からボール奪取可能な局面を作りにいくプレッシングなので、コース切りプレスに頼らず後ろからも援護射撃を行います。

図5-13
図5-14

相手がバックパスで組み立て直しを図ったら、逆サイド側からグイグイ人を押し出して数的同数でプレッシャーをかけます。GKを組み込んだビルドアップに対する数的同数なので、相手のフィールドプレーヤーひとりがフリーになることを許容しています。逆サイドを捨ててボールサイドへ人を注ぎ込み、逆サイドのフリーマンまでボールが届かないようにプレッシングをかけます。
具体的には、GKに対してRCFフォーデン(47)を、LCBに対してRWGスターリング(7)を、LSBに対してRSBウォーカー(2)を当てます。前線に連動して中盤・後ろもボール方向へ大胆にスライドし躊躇せずに相手をキャッチします。

図5-15
図5-16

ボールがサイドへ行った後も、引き続き圧縮&圧縮。片方のサイドへ追いやったタイミングでは、逆CHロドリ(16)がマークを持たずフリーな状態でDFライン前に位置取り、ライン間へのパスのカットや2nd回収に備えている場面が多いです。

図5-17

大胆に前方へ人数をかけているので、狙い通り高い位置でボールを奪えれば、ゴール前ではデブライネ(17)、フォーデン(47)が、逆サイドのハーフスペースではグリーリッシュ(10)がフリーになっています。ショートカウンターの絶好機です。

ハイプレッシングに対するリスク管理には、バイエルン同様主に二つのファクターが存在します。正確なカウンター対応と守備範囲の広いGKです。
一つ目のカウンター対応ですが、DFラインは抜群のフィジカルを備えた選手のみで構成されているわけではありません。この点がバイエルンとの相違点です。
CBストーンズ、ラポルト(ルベンディアスも含め)はスピード、フィジカルを武器とする選手ではありません。事が起きる前の駆け引きや判断で勝負するタイプのCBです。SBカンセロ、ウォーカーはスピードがありウォーカーは屈強なフィジカルも兼ね備えています。
しかし、特にボールサイドのSBは大胆に前へ出るので2CBと距離が離れていて、CBを援護するのが難しい場合もあります。この場合、2CBのカバーをするために彼らのスピードを使うことが出来ません。
よってバイエルンのような、ラインをほぼ止めて相手のスピードと利用可能なスペースを押し潰す守り方は行えません。万が一ラインを破られた場合、個人のフィジカル能力で誤魔化すことが難しいからです。
シティのカウンター対応は、全員に「ロングスプリント」を要求します。バイエルンが出来る限り走る距離を削り、ゴールから離れた位置で相手の攻撃をストップしようとするのに対し、シティは反対です。バイエルン式を実践するにはDFラインのフィジカル分野のリソースが不足しているから、まずは全員で走る。全員がスプリントで帰陣する。
DFラインが中央へ絞りながら下がっていき、背後スペースを消しつつ時間を稼ぐ。その間にMF、FWが全力スプリントでプレスバックし、相手をDFラインと共にサンドする。DFラインとMF、FWの挟み撃ちによるスペースの押し潰しを、バイエルンよりも低い位置で行っています。
二つ目はGKエデルソンの存在。抜群に広い守備範囲を誇り、彼がいるからこそハイプレッシングが実行できています。DFライン裏へのスルーボールに対する処理も正確で、クリアに頼らずパスを繋げるので、ビルドアップへの接続も効きます。

「戦略の階層」による分析

続いては「戦略の階層」のフレームを用いて分析を進めていきます。

図5-18

グアルディオラのサッカーも「能動的ゲーム支配」がベースにあり、最上位の戦略階層のコンセプトは以下の通り。

  • 攻撃・ボール保持に重点

  • 中盤スプリット

  • 自分達・相手を分断し、自分達だけ再接合

能動的ゲーム支配の実行にあたり、グアルディオラが最も重視しているのは攻撃・ボール保持です。自分達がボールを握り続け、相手に攻撃の機会を与えない。攻撃の時間を限りなく引き延ばし、徐々に相手を蝕んでいくアプローチでゲームの制圧を狙います。
攻撃・ボール保持に重点が置かれることから、中盤スプリットが戦略階層の概念となります。
ただし、攻撃し続けると言っても、バイエルンみたく勢いを追及し鬼のように攻める形の戦略ではありません。戦略階層でいくつかのステップを設定し、文脈を積み上げながら段階的に能動的ゲーム支配へアプローチしていく。そのステップ設定が「自分達・相手を分断し、自分達だけ再接合」です。
まずは自分達を複数のグループに分割し、自分達の組織を意図的に分断する。グループごとにタスクを遂行させ、相手にもグループ単位で対応させる(グルーピングする)。
そして、グルーピングした味方同士を別のタスクグループで再接合し、各々が別個で行っていた作業の成果を連動(集結)させる。タスクグループの機能によって自分達は再接合されるが相手は分断されたままなので、相手のグループ間の機能にだけ不具合が生じる。
「①まず自分達を分断→②相手を分断→③自分達だけ再接合→④自分達は繋がっていて、相手は分断したまま」
このように4つのステップを設定し、段階的に相手の守備組織を再起不能に陥れていく。最終形態④は即ち、中盤スプリットが達成できた状態です。

戦術階層には、

  • 偽SB

  • ローテーション、ポジションチェンジ

  • 偽マンツー

これらのコンセプトが存在します。

作戦階層のコンセプトは、

  • 均等型4-1-2-3

  • タスクグループの設定

  • トライアングル+後ろ

  • 仮想フィールド前止めプレッシング

攻撃に重心を置きながらも、グアルディオラの戦略は段階的なゲーム支配を目指すものです。この考え方が4-1-2-3というシステムにも現れています。4-1-2-3を基本配置として均等に5レーンに人を置くことで、ボールポゼッションの安全性と最終形態の中盤スプリットに到達するまでの時間的猶予(均等状態、リスクが管理された状態)を確保しています。
戦略階層のコンセプト「自分達・相手を分断し、自分達だけ再接合」をピッチ上に出力するにあたってのハブ役が、度々言及している通り、タスクグループという考え方です。

「間接的アプローチ」による分析

「ピッチ上の現象」からの分析と「戦略の階層」のフレームを用いた分析を踏まえ、最後に「間接的アプローチ」理論からグアルディオラの戦略について見ていきます。

図5-18(再掲)

戦略階層におけるグアルディオラのアプローチは、直接的アプローチです。前項で見た通り、「能動的ゲーム支配」の実現へ向け、常に自分達でボールを所有し攻撃の時間を引き延ばす角度からアプローチするのがグアルディオラの戦略です。
つまり、攻撃の価値を絶対化しており、ゲーム支配と攻撃をダイレクトに結びつけています。

作戦階層においてグアルディオラが採用しているアプローチは、グアルディオラの戦略を分析するにあたって最も興味深いポイントです。作戦階層では、戦略階層と異なるアプローチ、間接的アプローチを用いているのです。
つまりグアルディオラは、能動的ゲーム支配に対して直接的にアプローチした戦略階層のコンセプトに対し、間接的にアプローチしてピッチ上へ落とし込んでいる。ナーゲルスマン(作戦階層でも直接的アプローチを採用)と比較しながら詳しく見ていきましょう。
ナーゲルスマンは、戦略化された中盤スプリットに対して、作戦階層で「中盤に人を密集させ、物理的に相手CHを囲い込む」という直接的アプローチを採用しています。相手CHをコントロールしたいのだから、その周りに選手を並べてしまおうという考え方です。「相手CHへの攻撃のしやすさ」という視点から、基本配置やユニットが決定されていました。
一方グアルディオラは、同じく「中盤スプリット」を戦略化していながら「相手CHへの物理攻撃」をすることは考えません。タスクグループを設定し、グループへの分割と再接合の「結果」として必然的に相手CHを攻略出来る、という考え方です。
グアルディオラ本人の信条の関係で、戦略階層では直接的アプローチを採用しているので、戦略-作戦-戦術のピラミッド自体の可動域が狭くなります。最上位の戦略階層が、ピラミッド全体の幅の広さを規定するためです。
しかし作戦階層では、戦略階層の影響を直に受けず、与えられた可動域を最大限に活用できるように設計しています。可動域が広い=復原性が高いと、多くの選択可能なプランを持つ事ができ、問題が発生しても大崩れしにくい。多少機能不全が生じようと、それを凌駕する組織としての柔軟性を有すことが出来ます。

戦略階層の直接的アプローチを作戦階層が間接的アプローチに変換しているので、戦術階層には間接的アプローチが採用されています。

グアルディオラの戦略の弱点は、戦略階層において「攻撃・ボール保持を前提とする」という縛りが入っているところにあります。ボール保持によるゲーム支配を信奉するグアルディオラなので、攻撃・ボール保持が絶対条件となるのは不可避です。そのこだわりのお陰で彼のチームでは人々を魅了する美しいサッカーが展開されているのですが、戦略的な目線で分析すると、そのこだわりは彼と彼のチームの弱点となり得ます。
シティの完成度はとてつもなく高いレベルに達しており、選手の質も一級品。リーグ戦では、彼の信条が弱点かどうかなど全く関係なくプレーできる試合がほとんどです。世界屈指のプレミアリーグであっても、「シティよりもボールを持とう」というプランでシティへ挑むチームは無いと言って良いでしょう。
しかし、90分もしくは180分で決着をつけるチャンピオンズリーグ(CL)決勝ラウンドとなると話が変わります。リーグ戦は、残された試合数や順位を考慮せねばならないですが、CL決勝ラウンドは短時間(90分/180分)に全てをぶつけるコンペティションなので、リーグ戦とは性質が異なるのです。その性質の違いのせいで、CL決勝ラウンドでは「攻撃・ボール保持縛りの弱点」が露呈する場合があります。
典型例が、20-21シーズンの決勝チェルシー戦です。トーマス・トゥヘル率いるチェルシー(6章で分析)により、グアルディオラの戦略の弱点が炙り出されました。トゥヘルの戦略がグアルディオラの戦略よりも優れた復原性を有していたからです。トゥヘルが彼自身の持つ戦略そのもので優位性を握り、グアルディオラは戦略の面で劣勢でした。
なぜなら、トゥヘルがボール保持を前提としない戦略を構築しているのに対し、グアルディオラの戦略はボール保持を絶対条件とするからです。詳細は6章に譲りますが、トゥヘルはボール保持の価値を相対化しており、ボール持つ持たないに拘らず全方位的に優位性を握れる設計をしています。
反対にグアルディオラの戦略は、ボール保持こそが価値だ、とも言えるような戦略であり、いかなる時も攻撃を軸に物事を考えます。
この両者の持つ戦略の間にあるギャップが、グアルディオラを迷わせました。彼が最終的に選択したのは、過去に一度も披露した事のない、中盤をダイヤモンド型にした3-4-3。衝撃の奇策でしたが、この策は十分に機能することは最後までなく、シティらしさを失ったまま敗戦を喫しました。
戦略そのものの復原性の違いがグアルディオラの戦略の限界を引き出し、「いつものスタイルでは対応しきれない」と思わせ、3-4-3に導いたのだと思います。

グアルディオラも、戦略階層の直接的アプローチが原因の復原性の低さを、作戦・戦術階層の間接的アプローチでカバーし、補完関係を成立させようとしてはいます。
しかし、両チームが後先考えずに100%、120%をぶつけ合うCL決勝ラウンドでは、少しの隙を狙い撃ちされて戦略の根本をぶち壊されてしまい、立て直せなくなる場合があるのです。

第6章 トーマス・トゥヘル

最後はチェルシーを率いるトーマス・トゥヘルの戦略にフォーカスします。トゥヘルは先の二人に比べ「間接的アプローチ色」が強いため、ピッチ上に「これがトゥヘル戦術だ!」というものが現れにくい監督です。従ってこれから行う[「ピッチ上の現象」からの分析]もイメージを伝える作業に近く、抽象的な話が増えると思われますが、ぜひナーゲルスマン、グアルディオラと比較しながら読み進めて下さい。

「ピッチ上の現象」からの分析

図6-1

攻撃時の初期配置は3-4-3(3-2-5)。GKメンディ(16)、3CBアスピリクエタ(28)、チアゴシウバ(6)、リュディガー(2)、2CHロフタスチーク(12)、ジョルジーニョ(5)、WBジェームス(24)、アロンソ(3)、3FWマウント(19)、プリシッチ(10)、シエシュ(22)。

図6-2

3-4-3のため、5レーンに均等に選手が並びます。
ボール保持がベースですが、トゥヘルは、ナーゲルスマン、グアルディオラほどのボール保持への強いこだわりは持っていません。後述しますが、「ボールを持ちたいか持ちたくないかで言えば、持ちたい」というイメージで、ボール保持を手段化しているのがトゥヘルの特徴です。

図6-3

攻撃の核となるコンセプトは「ダイヤモンド構築+再構築の連続」です([Simple is the best]トゥヘル・チェルシーが示した"3-4-3運用マニュアル"~攻撃戦術の分析~(以下、「3-4-3分析」)を参照)。
具体的なコンセプトが敷き詰められているのではなく、基本的に「ダイヤモンド構築+再構築の連続」をグルグル回し続けます。

図6-4

もう少し具体的には、「ダイヤモンド構築+再構築の連続」を「外から・奥から」で運用します。中央の狭いスペースを目指すのではなく、手っ取り早く大外の広いスペースから取りに行きます。

図6-5

トゥヘルも中盤スプリットのコンセプトを使用していますが、ナーゲルスマン、グアルディオラとは中盤スプリットへのアプローチ角度が異なります。
物理的に中盤を支配するのではなく、中盤を(多少大袈裟に言えば)スキップした後方と前線のコミュニケーションを通し、結果的に(間接的に)中盤を支配する(中盤スプリット)ことを目指すのがトゥヘルのアプローチ方法です。
外から・奥からのスペース攻撃とリサイクルの速さによって相手の前線と後方を引き離す。相手の守備組織を分断して(間延びさせて)後方(DFライン)を晒し、再び相手ブロックが復元される前にやっつけにいく。その結果として相手の中盤の前後に空間が広がり、スプリットした状態となる。この駆け引きが最も分かりやすく現れるのが、「擬似カウンター」です(「3-4-3分析」))。
つまり、相手を分断して中盤スプリットを達成するために、自分達の分断を許容しているのです。後方⇄前線のコミュニケーションによって、まずは自分達が中盤を半ば放棄する。
では、お互いの組織が分断されたある種のカオス状態を、どのようにして制すのか。トゥヘルの「対カオス戦」には二つのポイントがあります。
一つ目が、意図の存在です。トゥヘル側が意図的に自分達を分断しているのに対し、相手側は意図せず分断されています。そのため、互いが分断されたカオス状態において、トゥヘル側は対処法を所有していますが、相手側には対処法がありません。仮に相手側が対処法を見出せたとしても、予め分断を想定しているトゥヘル側に比べ問題解決のスピードは明らかに劣ります。
二つ目は、「均等」を維持しやすい配置と、維持するための設計。トゥヘルが採用している3-4-3は均等型であり、ポジションバランスを保って攻撃し、リスク管理を行うことに長けたシステムです。トゥヘルは3-4-3から大きく配置を崩して攻撃することは選択せず、配置的な均等の維持を好みます。ベース配置で均等を維持しておくことで、大崩れを避けているのです。
そして、「外から・奥から」で設計し、中央でボールを失ったせいで致命的な危険が発生する可能性を下げています。狙いは間接的な中盤スプリットであり、分断の許容はあくまで手段なので、分断→中盤スプリットの過程で下手にカウンターを食らっては本末転倒です。外からの迂回ルートを選択して中央での不要なロストを回避し、スムーズに中盤スプリットへ繋げられるようにしています。
以上の二つがカオス戦を制すためのポイントです。相手との相互作用の中では「分断」が生じているものの、自分達を「意図」でコントロールしていて、自分達の持つ構造としては「均等」状態を維持している。トゥヘルの設計は分断を均等で制す形式なのです。

図6-6

ビルドアップが成功した後も、「外から・奥から」でスペースを攻撃するベースは変わりません。右サイドであれば、WGマウント(19)とWBジェームス(24)の2人ユニットがベースになります。外で数的優位を作ってコンビネーションでポケット攻略もしくはアーリークロスを放り込む。均等を崩さないことが重要なので、複雑なギミックよりもシンプルでハズレのない攻撃を好みます。相手がスペースを埋めてくるなら、すぐにリサイクル(再構築)へスイッチ。深入りせず、リサイクルの回転速度を上げることによって相手のスライドを上回り、スペースを生み出します。

図6-7
図6-8

対チェルシーで頻繁に用いられるのが「低重心ブロック×人キャッチ」で、中でも効果的だったのが「5-4-1×ミラーゲーム」です。エバートン、ブライトンがこの手法を採用していました。

図6-9

まず、低い位置にブロックを設定してDFライン背後のスペースを埋める。チェルシーが最も得意とする「擬似カウンター」が発動する可能性を潰し、スペース攻撃へNOを突き付けます。
そして、チェルシーの3-4-3に5-4-1で噛み合わせ、5人のDFにレーンを守らせる。
3-4-3は、デメリットの観点から見れば「各レーンに一人しか立っていない」ので、レーンを潰された場合に選手同士の繋がりが切断されてしまいます。「いつもちょうど良い距離感」が「いつも微妙な距離感」になるのです。ミラーゲーム作戦の狙い目はここで、レーンに対して迎撃できる状況を設定して3-4-3のネットワークを破壊し、「均等」を崩すことにフォーカスしています。

図6-10

基本的に大枠を尊重して細部をいじらないトゥヘルですが、前述のような守り方をする相手に対しては、「WBとシャドーのポジションチェンジ」と「2CHの縦関係」を付け加えます。背後スペースを消された上にミラーゲームにされると、流石に3-4-3のままでやりくりするのは厳しいからです。
右はジェームス(24)⇄マウント(19)、左はアロンソ(3)⇄シエシュ(22)、中盤はジョルジーニョ(5)が残ってロフタスチーク(12)は前へ出る。
狙いはシンプルで、噛み合わせをずらすと同時に人の移動を増やし、相手守備組織の混乱を誘発すること。細かいルールが肉付けされるわけではありません。オプションが追加されると言えども、「外から・奥から」のスペース攻撃という基本原則は変わらないのです。
つまり、「均等を崩し、リスク承知で攻撃的にいく」ために前線の人数とポジションチェンジを増やすのではなく、目的は「自分達好みの均等状態に戻す」ためです。低重心ブロックで分断から中盤スプリットへの移行スピードを落とすという相手の対策に応じ、移行スピードを望ましい速さに戻しにいく。

トゥヘルはそもそものゲームプランについても、システムや戦い方といった大枠自体を変えて相手に対応するのではなく、人選のマイナーチェンジで調整を図ります。最近(執筆時点、12〜1月初旬)はけが人続出により厳しいやりくりを強いられていますが、本来の戦力が揃っている時期はアタッカーのチョイスで変化をつけていました。例えば昨季は、CFにヴェルナーを起用する試合があればハヴァーツを使う試合もあり、シャドーを利き足サイドに置く場合もあれば逆足サイドに置く場合もありました。


図6-11

守備時は5-2-3(3-4-3)。攻撃と同様に守備も、基本的にどの試合でも同じ配置を採用します。GKメンディ(16)、3CBアスピリクエタ(28)、チアゴシウバ(6)、リュディガー(2)、2CHロフタスチーク(12)、ジョルジーニョ(5)、WBジェームス(24)、アロンソ(3)、3FWマウント(19)、プリシッチ(10)、シエシュ(22)。
基本コンセプトは「仮想フィールド前止めプレッシング」で、自分達の状況設定を相手に押し付け、相手を敵陣に閉じ込めスペースを押し潰していきます。

図6-12

仮想フィールドを前止めするにあたり、トゥヘルも強気の人キャッチ(偽マンツー)を用いています。トゥヘルの場合はナーゲルスマンよりも極端で、逆WBジェームスを除いた全員でグイグイ相手を掴みます。
RWBジェームス(24)が二人の相手(LSH、LSB)をケアするので、CFプリシッチ(10)はGKへのバックパスを狙える状態です。DFラインの数的同数をものともしておらず、ハイプレッシング時にWBがDFラインに加わることは全くと言っていいほどありません。

図6-13

サイドへ圧縮してボールを奪うことができれば、相手2CB間でプリシッチ(10)が、逆HSでマウント(19)が共に完全フリーの状態で待っており、ショートカウンターを打つ大チャンスになります。
強気のハイプレッシングが背負うリスクへの対処法は、例に倣って主に二つ。
一つ目に、カウンター対応の正確さ、サイレントさ。例に漏れずチェルシーのカウンター対応も非常に優れています。DFラインをズルズル下げるのではなく、中央に絞りつつジワジワと下げていく。DFが時間を稼ぐ間に中盤と前線の選手が猛ダッシュで帰陣し、スペースを押し潰してボールを奪う。
しかし、カウンター対応の正確さよりむしろ際立つのは「ボールロストありきの設計」でしょう。
トゥヘルにとって中盤スプリットは、ボール保持ありきではなく自ら引き起こしたカオス状態を制した結果の成果物であり、その過程で重視されるのはボール保持よりも均等が崩れないようにプレーすること。後方⇄前線のコミュニケーションを密にして分断を均等で管理し、分断→中盤スプリットへの移行スピードを上げることです。
均等の行方こそが大事で、ボールが自分達の持ち物なのか相手の持ち物なのかは本質的には関係がない。むしろ分断を制すにあたってはボール保持にこだわることはリスクで、「均等が崩れてしまうボールの失い方」をする可能性が高まってしまいます。
つまり、均等を維持することはボールロストの仕方をコントロールし、リサイクル・スピードを上げることでもあります。ボールロストありきの設計をしている、ということです。選手達がこの辺りの考え方を深く理解しているわけではないでしょうが、ざっくりと「ボールロスト自体は問題ない」ことは共有されていると思います。
二つ目は、GKメンディ。「守備範囲の広いGK」は現代サッカーの必須条件ですが、チェルシーもやはり優れたGKを所有しています。メンディもペナルティエリア外でのプレーを苦とせず、安定したカバーリングを行えます。

「戦略の階層」による分析

続いては「戦略の階層」のフレームワークで分析していきます。

図6-14

トゥヘルも、サッカー観の根本には「能動的なゲーム支配」があります。その上で戦略階層には、

  • 重心を置かず、ゲームそのものに秩序を打ち立てる

  • 自分達の分断を許容し、相手を分断する

  • 均等キープ→相手の崩壊を誘発

これらのコンセプトが存在します。
一つ目の「重心を置かず、ゲームそのものに秩序を打ち立てる」は、ナーゲルスマン、グアルディオラとの最も根本的で大きな違いです。攻撃・ボール保持を自らの戦略の前提条件に据えている2人に対し、トゥヘルは攻撃・ボール保持の価値を相対化し、手段として位置付けています。攻撃ベースで考えるのではなく、ゲームそのものを俯瞰し、全ての局面が自分達の秩序で回るように設計する。もはや4局面とか、局面を繋げるとかではないという世界観でしょう。
二つ目は、「自分達の分断を許容し、相手を分断する」。ナーゲルスマン、グアルディオラの戦略は中盤に選手を集め密度の高いネットワークを形成するものですが、トゥヘルは正反対。あえて自分達から組織を間延びさせ、味方と相手の両方が分断したカオス状態を生み出すという戦略です。分断の許容は、攻撃に重心を置いていない(一つ目)からこそ可能なことです。
最初の二つから導き出されるのが、三つ目の「均等キープ→相手の崩壊を誘発」。前項で詳述した通り、自らカオス状態を発生させた上で均等キープによりそのカオスをコントロールします。自分達からバランスを崩してカオス攻略を目指すのではなく、カオスにも関わらずひたすら均等の維持のために働く。自分達は動かずにステイし、相手が勝手に崩れるのを待つ。崩れるまで均等を維持する。
「ピッチ上にカオス状態を準備する」点にフォーカスすれば、一時期ストーミングと呼ばれていた、レッドブル派閥のサッカーと共通していると言えます。しかし、カオス路線を突き進み、相手の破壊によるカオス攻略を目指すのがレッドブル派閥ですが、トゥヘルは均等の維持で相手をコントロールすることによってカオス制覇を狙います。

次に戦術階層では、

  • WB⇄シャドー

  • クロス攻撃

  • 偽マンツー

これらのコンセプトがあると見られます。

戦略と戦術をつなぐ作戦階層のコンセプトは、

  • 中盤スプリット

  • 均等型3-4-3

  • ダイヤモンド構築+再構築

  • 仮想フィールド前止めプレッシング

注目すべきは、「中盤スプリット」と「仮想フィールド前止めプレッシング」が並行して作戦階層に位置していること。攻撃・ボール保持に重心を置かない戦略なので、中盤スプリットが戦略階層の概念ではなく一段下がって作戦階層の概念となるからです。攻撃と守備の価値が同等であり、中盤スプリットもあくまで「均等によるカオス戦の支配」の手段だということです。

「間接的アプローチ」による分析

図6-14

トゥヘルは、全ての階層において間接的アプローチを採用しています。

度々述べている通り、トゥヘルの戦略は攻撃への拘りを持たず特定の局面に重心を置きません。「能動的ゲーム支配」に対して間接的にアプローチしているのです。直接的アプローチの戦略においては、攻撃に攻撃を重ねて相手CHを破壊する事が能動的ゲーム支配を達成するための唯一の方法です。
反対に間接的アプローチを採用しているトゥヘルは、攻撃の価値を相対化しています。重心となる攻撃とその他の局面という枠組みではなく、ゲーム全体を一つの体系として捉えている。分断によるカオスを、攻守を跨いだ(ボールロストを想定した)均等状態の維持で管理し、分断→リサイクル→中盤スプリットの回転速度を上げることでゲームそのものを自分達の秩序で回す。
ゲームから攻撃を切り取ってゲーム支配に繋げるのではなく、ゲームそのものの支配を実現できれば、どんな相手や状況に対しても対応可能になります。ボールを持っているかどうかに関係なく相手をコントロール下に置けるからです。あえて攻撃にフォーカスしないことで、一周回って攻撃フォーカスよりも包括的なゲーム支配を達成できる、という間接的アプローチです。

戦術階層も、戦略階層の間接的アプローチを引き継いでいます。戦略が「重心を置かない」であるため、緻密な攻撃戦術があったり、守備に複雑な決まり事があるわけではありません。

作戦階層も、やはり間接的アプローチです。攻撃の価値が相対化されているため、中盤スプリット自体が戦略にはなりません。中盤スプリットは、あくまで前後を分断→均等の維持の成果物であり、戦略「ゲームそのものの支配」の遂行度を図るパラメータでもあります。パラメータというのは、カオス制覇の結果として自分達の均等を維持しながら相手が崩れていく状況(=中盤スプリット)が生まれているか否かで、戦略の達成度を測れるからです。
つまり、間接的な中盤スプリットです。

間接的アプローチは、試合中の采配にも影響しています。トゥヘルは常に均等の維持を優先し、ディティールではなく大枠を見ています。試合中に色々と修正するのを好まない、ということです。細部の不具合に神経を尖らせてガチャガチャ変えてしまうと、かえって大枠(より上の階層)の優位性を失い均等を崩す可能性が高まるからです。年明けに行われた二つのビッグマッチ、リバプール戦とMシティ戦でもそれは明らかでした。リバプール戦では前半途中に2点ビハインド、Mシティ戦ではラスト20分で2点必要な状況に直面しましたが、どちらの試合でもすぐに大胆な変更を施すことはありませんでした。
反対に、均等が崩れそうな状況では、大胆な変更を厭わず素早く手を打ちます。均等の維持が危うい状況はトゥヘルの戦略そのものを脅かす危機であるため、均等の推移には注意を払っています。

トゥヘルの設計には、「点が入りにくい」側面も存在します。間接的アプローチで大枠の優位性の維持を固めるため、大崩れしない代わりに爆発力に欠けるからです。一つひとつの試合を勝っていくことを考えれば、もっと具体的に戦術を落とし込んだり攻撃に重点を置いて攻めまくるゲーム展開にする方が得点が入りやすく、効率が良い。バイエルンやMシティのように早い時間に複数点を奪って勝利を決定づける試合も増えるはずです。
しかし、トゥヘルはより全体論的(メタ思考)に考えていて、「どんな相手に対しても同じようにプレーできる、勝てる」を目指しています。CL3連覇時代のレアル・マドリードのアプローチに似ているのかもしれません。

第7章 結論

図7-1

ここまで見てきたナーゲルスマン、グアルディオラ、トゥヘルのアプローチを纏めると図7-1となります。
最もシンプルな結論として得られるのは、戦略の包括性、復原性の高さはトゥヘル>グアルディオラ>ナーゲルスマンの順であるということ。
全ての階層において間接的アプローチを採用しているトゥヘルの戦略が、最も全方位的なパッケージであり、高い復原性を有しています。ただし、それ故に爆発力に欠け、リーグ戦では得点力不足という課題にも直面しています。今後トゥヘルは、自らの戦略の長所を活かしながら、いかに短所を克服していくのでしょうか。
反対に、攻略のされやすさはナーゲルスマン>グアルディオラ>トゥヘルの順に並びます。直接的アプローチを貫き通すナーゲルスマンの戦略は、3人の戦略の中で最も弱点が露呈しやすい戦略です。
3人の中で中間の立ち位置となったグアルディオラは、実は「間接的アプローチ」による分析がしにくい監督に現在進行形でなって行きつつあります。CL決勝のトゥヘルへの敗戦後、彼自身がさらなるアップデートをしていると考えられるからです。
その理由の一つに、今月行われたシティ対チェルシーの大一番があります。この試合でグアルディオラは、「戦略的な部分でトゥヘルを上回った」とも言えそうな、キレキレの振る舞い(ゲームプラン、試合中の采配)をして見せたのです。次の時代の到来を予感させるようなパフォーマンスでした。
二つ目の理由は、タスクグループの発展的な運用方法です。このテーマについてここで扱うことは叶いませんが、グアルディオラからも、トゥヘルのような復原性を高める方向性で自身の戦略(設計)を発展させる動きが見られています。

この記事では、「戦略の階層」「間接的アプローチ」のフレームを用いて世界最高峰の指揮官3人の戦略を分析してきました。しかし、グアルディオラのアップデートに象徴されるように、現代サッカーは現在進行形で変化し続けています。新しい試みとして軍事戦略からのアプローチを取り入れましたが、既にこのフレームでは対応しきれないのではないか、と今この記事を編集している最中の僕でさえ思っています。
だからこそ、僕達は常に彼らの試合を見て学び続けないとなりませんし、ディティールの掘り下げに夢中にならず「構造」自体に目を向けなければなりません。毎日のようにサッカーは進化しますし、ディティールそのものにその進化の本質はないからです。
そして、それだけでもまだ不十分ではないでしょうか。もう一つ大切な事は「未来予測」だと思います。過去のことを研究するだけでなく、次に何が起こるかを予測する。過去を踏まえた上で未来へ目を向けることが、その時々のトレンドに必要以上に流されずに、本質的に必要な要素を見出すための鍵を握っているはずです。


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