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大海と一滴

キネシオロジーを学んでいくと、「統合」という言葉を何度か耳にする。
右脳と左脳、男性性と女性性、陰と陽、最高と最悪などある中で、東と西の対比は面白いと思った。
私は西洋医学で何度か痛い目に遭ってきているので、もう絶対に東洋医学しか信用しない!と決め込んでいたが、そういう問題でもなかったのだ。
どっちかに偏って、「あっちは〇、こっちは×」の考え方がバランスをおかしくしてしまう。
だって西洋医学がなければ流血したところをササ―ッと止めてもらえないし、ひどい傷口を縫ってもらったりできないわけだから。
全否定してしまうことがまず以て勿体ないのだ。

ただ、興味深かったのは、明確な違いとして、
西洋は既に死んでしまっている人間を解剖してあくまで物体として分析された医学だということ。
反対に
東洋は生きている人間を分析しているから、物体以外の目に見えない経絡なんて世界が広がっている。
ツボとかもそうで、なんでそんなところとそんなころが繋がっているんだ?と疑ってしまうような地点同士が呼応し合っている。
だって地続きの身体だもんな。繋がってないはずがないわ。

講座の中で今も心の支えになっているデモセッションがある。
プログラムの終わり際、自分のこれからの理想像に対してどこかにブレーキがかかっていた時に先生にセッションして頂ける機会に恵まれた。
その時の私はかなり大きめなビジョンを描いて、かなり恥ずかしい気持ちで、だけれど言い残して後悔しないように、みんなの前で発表した。
そのビジョンに対して先生は、私の身体から何が盲点になっているのか見つけ出してくれた。

盲点はなんと…「自分」だった。

大きいことを描くあまりに自分自身の人生を蔑ろにしていないか、ということを私の身体から暴いてもらった。
彼女をつくるとか…あいたたた…図星です~参りました。
色々と過去の思い込みを蒸し返してもらって、経絡などで整えてもらった。
すると視界が明るく見えた、それと同時に周りからも私が違って見えたようで、私の身体からものすごい熱を放っていた。
熱い時間だった。

しかもそのとき先生の身にも盲点に気づくことが起こっていた。
ご家族にSIMカードを買っといてと頼まれていたそうだが、忘れてしまっていたらしく、先生に着信が来ていたのだ。
世界中で言葉を通い合わせるツールだって、小っちゃなSIMカードひとつがないばかりに機能を果たせなくなる。
そのときのテーマそのものだった。

私はこの極大と極小の統合を(先生の苦笑いも含めて)忘れないだろう。

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