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恥のフラッシュバック用ジャーナリングのやり方

ジャーナリングは誰でもどこでもできる非常に効果的な複雑性PTSDの治療法です。ペンと紙、又はスマホやタブレットがあればできるという非常にリーズナブルな素晴らしさです。

そんなジャーナリングは基本的にやり方などはないというか、好きに書けばいいのですが、そうは言われてもどこから始めれば…という方も多いと思うので、今回は私が恥のフラッシュバックに対応するためにやっているジャーナリングのやり方を紹介したいと思います。

恥のフラッシュバックについてはこちらからどうぞ



恥のフラッシュバック用ジャーナリング

私は恥のフラッシュバックが非常に多く、多いときは日に10回以上が毎日続くこともありました。そんな恥のフラッシュバック、起こるのは一瞬で、内容も特にその時に考えていることなどとは無関係なことも多く、本当に嫌だったのですがどうしていいのか分からず長年放置されていました。

そんな時にジャーナリングを始めたところ、これが恐ろしいくらいに効きまして、このポストを書くために以前書いていた恥のフラッシュバック用のジャーナルを読み返してみたのですが、以前は何十回もフラッシュバックしていた内容なのに数ヶ月後の今は『そういえばこんなことあったっけ…』となっていて、ジャーナリングの強力さを再確認しました。治療法は合う合わないがありますので全員に効くとはいえませんが、個人的に非常に効果的です。

そんな恥のフラッシュバック用ジャーナリングですが、ポイントは

  • なるべく第三者が読んで理解できるように、客観的に『起こったこと』を書き出す

  • 自然に思いやりの感情が湧いてこない場合、幼い子供や友人の話だと思って読んでみる

  • ドロドロした気持ちになる部分を気持ち悪くても頑張って書き出す(とは言いましても無理はせず、今日は無理だ、と思ったらまた後日に頑張りましょう)

  • できるだけ本当に誰かに対して開示しているような気分になれる環境だと尚更良し

  • 恥のフラッシュバックが来たら忘れる前にできるだけ早く書き出す


なるべく第三者が読んで理解できるように、客観的に『起こったこと』を書き出す


こちら、私の実例になります。(ちょっと怖気づいて軽いものを選びました…本当はもっと恥ずかしくて消えたくなるものが沢山ありますので「自分のもっと酷いんだけど…」という方もご心配なく!)

フリーランスしてた時に受けた依頼、制作始まってたのにクライアントと数週間連絡取れなくなって、しばらくしたら別の人見つけたから本来10万円くらいの案件だったのに一万円だけ払うって言われた。

こちらですが、これは私の中で『私の仕事がどれだけダメダメだったかの証明』みたいな恥の象徴になってました。制作依頼した後でこんな形でキャンセルするなんて、私の制作していた物を見てどれだけがっかりしたんだろう、みたいな感じです。打ち合わせの際はとても感じの良い方だっただけに、何週間も放置した後(つまりタダ働きさせた後)に一万円払うと言われた時は本当にショックでした。

しかしこうやって書き出してみると、私自身は精一杯その当時にできる仕事をやっていたわけで、確かに傷ついたけれど私が何か自分を恥じるようなことをしたわけではない、と気づくことができるんですね。力が及ばないこと=完璧でないこと、は別に恥じるべきことじゃない。というわけで、ここからはセルフコンパッションモードに入り気づいたことを書き出します。

私の仕事がダメだったからだ…なんて恥ずかしいんだ…ってずっと思ってたけど、今思うと相手も何週間も待たせずに早い時点でやっぱり他の人探すから制作ストップしてくれって言ってくれれば良かったのに。大体当時の私のポートフォリオ見て依頼してきたのに…。駆け出しだったからとても安くサービス提供していたわけだし…。
安く済ませようとして私に依頼したけど、やっぱりもっと経験ある人にお願いしようと思ってそっちに行ったのだとしても、私がそれを恥じる必要はない。私が駆け出しだったのは事実だし、それを隠していたわけじゃないから。

こんな感じで、事実を書き出すだけで少し違った視点が生まれました。

この時気をつけていることは、あくまでも起こったことにフォーカスし、自分の視点を入れないことです。駄目な例はこんな感じです。

駄目な例

まだ学生の頃、フリーランスしてた時にすごく感じが良かったクライアントから受けた依頼、制作始まってたのに多分私が制作してたのがダメダメすぎてクライアントと数週間連絡取れなくなって、しばらくしたら別の人見つけたから本来10万円くらいの案件だったのに一万円だけ払うって言われて自分はなんてダメダメなんだろう、自惚れてたんだろうと思ってつらすぎた

太字の部分が追加された部分、私の主観になります。最初はこんな感じで書いてしまうことも多いかもしれませんが、できるだけ主観は慎重に取り除いていきましょう。なぜかというと、これらの部分は本当かどうか分からないからです。

改善した例

フリーランスしてた時に受けた依頼、制作始まってたのにクライアントと数週間連絡取れなくなって、しばらくしたら別の人見つけたから本来10万円くらいの案件だったのに一万円だけ払うって言われた。

この二つを読んだときに受ける印象、結構違うのではないでしょうか。

自然に思いやりの感情が湧いてこない場合、幼い子供や友人の話だと思って読んでみる

上記の例の場合は、事実を書き出したものを読んでみるとかなり昔の話ということもあり自然と思いやりの気持ちが出てきたのですが、読んでも自分への怒りや軽蔑しか湧いてこない場合もあると思います。

なのでそんな場合は、自分の話だと思うのではなく子供や大切な友人の話だと思って読んでみると、思いやりの言葉が出てくることもあります。上記の例を、学生の駆け出しの子の話だと思って読んでみます。するとなんということでしょう、このクライアントに対してふつふつと怒りの気持ちが湧いてくるではありませんか。ここで自分の理想の親や、理想の姉や兄、とにかくなんでもいいのでイメージしてなりきってみます。

そんなことがあったんだね。大変だったね。何週間も待たされた上にそんなこと言われてつらかったよね。

あなたの時間と仕事に対してリスペクトが無さすぎるよ。あなたの仕事に文句があったのならもっとその時にちゃんと言うべきだった。

こんなことがあったのはあなたのせいじゃないよ、こういう輩は社会に出るとどうしても一定数いるけど、自分のせいだと思わないで。これからも目標に向かって頑張ってくれると嬉しい。あなたの制作するもの私は大好きだし、応援してるよ。私に何かできることがあったら言ってね。

うーん、小さい頃にこんなふうに言ってくれる大人が周りにいてくれたら良かったなあ…。

ドロドロした気持ちになる部分を気持ち悪くても頑張って書き出す

このジャーナリングですが、やはり書いても恥のフラッシュバックが消えないこともあります。そういう時は、自分が本当に恐れている部分を書き出せていない、誤魔化してしまっていることがほとんどです。なので再度フラッシュバックがあった時に再挑戦し、より鮮明に起こったことを書き出してみると成功することも。

こちらで使った例は私の恥のフラッシュバックの中でも軽いものですが、それでも書いている時は本当に気持ちが悪かったですし、向き合いたくない…という気持ちが強かった。ですがそういう時こそ、『気持ちが悪い!ということは効いているということだ!』と自分を鼓舞してました。

それでも駄目な時は、私はEMDRに頼っています。それでも駄目なら…何かしら自分が認識できていないレベルにあるということでは?ということで、フォーカシングをやってみたりするのですが、ここまで来ると長期戦の覚悟ですね。何度も何度もフォーカシングを重ねていく上で、それまで気付けていなかった自分の痛みや、怒りや悲しみが少しずつ出てくる…という感じです。

できるだけ本当に誰かに対して開示しているような気分になれる環境を作る

これは必須ではないのですが、個人的にはとても効果的なポイントでした。

これらの恥のフラッシュバック、理想としては多分自分を受け止めてくれる誰かに話せることが一番なんですよね。この例なんかはおそらく、私が友人の立場だったら『えー、何週間も連絡取れなかったの?待ってる時不安になるよね、大変だったね』と軽ーく受容、共感できるような軽さだと思いますし、安定している健康的な人は恐らく特に隠さなければならない内容だとは考えない。

ただ、私は結果として誰にも話せなかったからこそ恥のフラッシュバックになってしまっている。なぜ人に話せなかったかというと、話したら『本当の自分』を露呈してしまい、軽蔑されてしまうかもしれないのが怖いから。

そしてそう思うようになったのは、恐らく私の育った環境が、もしこういった話をしたら『あなたが何かしたんじゃないの?』『あなたが制作したもの、よっぽど酷かったんだろうね』『相手にだって事情があるんだから』『へえ…』『だいたいなんで前金ちゃんと取らなかったの?』『甘えてる』と責められることが日常的で、到底思いやりが得られる環境ではなかったから。

なのでこれらの痛みを自分の外に出すことができず、結果自分自身に向けてしまっていて、それが恥のフラッシュバックになってしまっている。

そういうわけで、本来なら他者に話すことが理想だけど、それができないからジャーナリングで代用している一面があるのではないかと。つまり、本来なら他者を信用して自己開示する、という行為自体が治療になっているんじゃないかと個人的に思っています。

すごく長い前置きになってしまったのですが、私の場合はXなど、ソーシャルディアのアカウントを取得し、鍵をかけて自分しか見れない状態にしてこれらを書き込んでいました。こうすることで(鍵をかけていても)誰かの目に触れるかもしれない、という適度な緊張感が得られる上、知らない人が読んでもわかる文章にしよう…と思いやすかったです。Xの場合は文字制限があるので短く簡潔にまとめようとするのも効果的でした。文字制限が嫌な方は、noteで非公開のまま記事にしてみるというのも良いかもしれません。

ただアプリを使う場合は、非公開設定でもそのアプリを制作している会社の人からはアクセスできますので、個人情報は載せないようにしましょう。(実名ではなく「Aさん」を使ったりなどですね)

恥のフラッシュバックが来たら忘れる前にできるだけ早く書き出す

最後のポイントは、恥のフラッシュバックが起こったらできればその瞬間に書き出す、ということです。もちろんその瞬間にスマホを取り出して書き出すということができないことも多いと思います。その場合は心の中で後で書く!と何度も繰り返して書ける状態になったらすぐに書き出します。

これはなぜかと言うと…もしかしたらこれは私だけなのかもしれないですが、もう何十年も恥のフラッシュバックをできるだけ早く忘れる練習をしていたので、その瞬間に書き出さないと5分後にはすっかり忘れている、ということが当たり前になっていたからです。

恥のフラッシュバックの内容はそのほとんどが誰にも話したことがないもので、かつ強い恥の感情から自分の意識から追い出して無かったことにしていた記憶なので、フラッシュバックが終わった瞬間に意識的にアクセスできなくなることも多かった。なのでとにかくできるだけ早く書き出す、と言うことがとても重要でした。

最後に

色々と書きましたが、結局は書けたらなんでもいいと思います。細かいことを気にするよりもとにかく書いたほうがいい。書く習慣をつける、と言うことが一番大切ですし、書いているうちに自分に合った書き方が見えてくると思います。

このジャーナリングの一番良かったところは、恥のフラッシュバックを恐れずに、喜んで迎え入れることができるようになったことです。以前は『もういい加減にしてくれ…』と言う感じだったのが、『キタ!これでジャーナリングかEMDRで抹殺できる!!』と言う気持ちになれたのが一番救いになりました。主体性って本当に大事です。

他にもこういうジャーナリングやってるよ!とかこれは効いたよ!と言うものがあれば是非コメントでシェアしてくださると飛んで喜びます。

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