何とかならなかった人生について。

「人間生きてりゃなんとかなるさ。」
落ち込んだ人を元気づけるために、よくこんなセリフが言われる。
その度僕は、なんとかならなかった人の事を考えてしまう。
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その人は、飲食店のオーナーだった。
そして当時バイトしていた居酒屋によく一人で飲みに来ていた。
茶色く染め上げた長髪、タイトなパンツに派手な上着を羽織っていた。

おそらく付き合っているのであろう、ミステリアスな雰囲気な女性と一緒に、いつも楽しそうにお酒を飲んでいた。

私の知る「真面目な大人」のイメージとは遠くかけ離れた人物で、その退廃的な雰囲気を、僕はカッコいいなと思っていた。

一度だけ、声をかけてもらった事がある。
私がお客さんから何かクレームを受け、
何の気なしに「すみません。」と言った時だった。

隣に座っていた彼が、僕にこう言った。
「えらいね、素直に謝れてさ。」
とっさに「ありがとうございます。」、と答えた。
「俺、人に頭下げられなくてさ。」
照れくさそうにかけてくれた言葉を、今もこうして覚えている。

話をしたのは、後にも先にもこの時だけだ。

それからしばらくして、彼は一人で飲みに来るようになった。
少しだけ寂しそうに見えた。

さらに数カ月か経った頃、彼はこの世界からいなくなってしまった。
人づてに聞いた話では、借りてはいけない所からお金を借りていたらしい。
彼がいなくなったのは、そのお金を返すデッドラインの日だったという。

「死ぬこと以外かすり傷」なんて言葉をよく目にするが、実際は人間は手首のかすり傷一つで、この世界から逃げ出すことができてしまうのだ。

自分のお店をほっぽり出して毎晩飲み歩いていたのだから、きっと困った人だったのだろう。
僕の目に映った「カッコいい」もきっと幻想だったのだろう。
それでも僕は、彼を思い出す時「カッコいい人」として思い出す事にしている。
彼が誉めてくれたくれた事が、今でもたしかに時々僕を勇気づけてくれていて、僕にできるのはそれくらいしかないからだ。

「人間生きてりゃなんとかなるさ。」
たしかにその通りだと、僕もそう思う。

僕は今日も頭を下げながら、なんとかこの世界にしがみついている。


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