見出し画像

発刊順:51 さぁ、あなたの暮らしぶりを話して

発刊順:51(1946年) さぁ、あなたの暮らしぶりを話して/深町眞理子訳

ミステリの女王アガサ・クリスティーには、もう一つ、考古学者の妻としての顔があった。14歳年下の考古学者マックス・マローワンと結婚して以来、ほぼ毎年のように彼に従って発掘旅行に出かけていたのである。本書は、そうした発掘現場での暮らしぶりについて語ったもので、愛すべき旅行記であると同時に、実りの多かった夫婦の結婚生活をも垣間見せてくれる。

本書帯より


イギリスでは、アガサ・クリスティー・マローワン名義で出版され、クリスティーの初エッセイでありオリエント発掘旅行記である。
 
読んだ感想は、アガサの飾らない人柄丸出しの、自虐たっぷりのユーモアエッセイの部分と現地の人々の文化の違いによる数々のトラブルや発掘旅行の記録に、異世界へと旅する楽しい時間を味わえた。
 
1930年に考古学者のマックス・マローワン氏と再婚をしたクリスティーは、戦時中を除き30年間もの間、夫の発掘隊に同行し、並行して作家活動も続けており、まさにスーパーウーマンです!
 
本書は、1934年からのシリアの発掘調査の3年間の記録ですが、1939年に第二次世界大戦が始まり、発掘調査が一時中断され、マックスも空軍省海外連絡局に所属する行政官として戦地へ赴き、離れ離れの生活を余儀なくされます。その間、アガサは彼と別れて暮らす寂しさを紛らわすため、一時中断していた本書の執筆を再開し、戦争前のシリアでの生活を、「暮らしぶり」を思い出しながら1944年春(クリスティー53歳)に完成させたのです。
 
事前の準備の様子や旅立ち前の親しい人達との駅でのお別れなどのシーンもユーモアを交えて書いてあり、ちょっとしんみりした直後からもう前をみて新しい経験へと飛び込んでいくクリスティー。
 
調査隊のメンバーや現地の作業員たちのこと、発掘現場での日々の暮らしのことが綴られており、決して快適とはいえない旅の暮らしの中で見つける喜びや愛しいものがアガサの目を通して伝わってきます。
あまり風景がどうのとか、発掘のことについて詳しいことは語っていませんよ、と前書きしてはいますが、語られなくても、どれほどにその景色を目に焼き付けて美しさに感動してこられたのかは伝わるものですね。
 
最終章で、今シーズンの発掘調査を終えてアガサ達は船でベイルートを離れる。デッキの手すりにもたれながら、美しい海岸線を見つめ、しだいに遠のく景色に感傷的になっている・・・と、

と、おなじみのがやがや騒ぐ声。わたしたちのすれちがおうとしている貨物船から、興奮した叫びが聞こえてくる。クレーンが積み荷のひとつを海中に落とし、荷物の木箱がはじけたのだ・・・
海面にただよう白い斑点。それは、トイレの便座・・・
マックスがあがってきて、いったいなんの騒ぎだと訊く。わたしはそのほうをゆびさして、せっかくのシリアとのロマンティックな別れのムードが台なしだ、とぼやく。

私はついつい、ユーモアの部分に惹きつけられるのだが、この後には、アガサは旅のことを思い出し・・・

わたしは思いだしているのだ―アミューダーのある老大工が、尼さんとフランス軍中尉とがお茶に招かれてきた日、わが家の玄関先に誇らしげにトイレの便座を据えていたことを。わたしは、あの“美しい足”のついたタオルかけのことも思いだしている。さらにマックが夕暮れに屋上にのぼり、超然とした、うっとりした表情で行ったりきたりしていたことも・・・

わたしは・・・・と続く、最後にマックスに言う。

「これはほんとにすばらしい、しあわせな生き方だったって・・・」

アガサの記憶とともに、シリアの旅を読み続けたラストに、涙する。
私はアガサ・クリスティーが好きになって、本当に良かった。アガサ・クリスティー自身がたまらなく好きなのだ。


早川書房 1992年12月 初版
2022年12月3日読了

この本は、メルカリで見つけました。
 初版でとても状態が良い本が手に入ったのはとてもラッキー💖

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?