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新約聖書のギリシャ語を学ぶための教科書

はじめに

私はギリシャ語や西洋古典が専門ではなく、神学を修めているわけでもないし、牧師や神学者でもありません。一趣味人です。それでも聖書を読みたくて勉強をしています。そのような者のコメントではありますが、聖書を読みたい人のためにお役に立てば幸いです。

最初の教科書

まずは初級文法の本を買いましょう。どの本でも基本的には構いません。

初級のうちは、正確な記述や豊富な情報がかえって自分のやる気を削ぐこともあります。自分に合ったもの、簡単に言えば、数ページ読んで「これなら次のページも読みたい」と思えるものを使ったらいいと思います。

わざわざ自分の持っているものに加えて買う必要もありません。いくつかの教科書を揃えるよりも、自分の教科書を自分用にカスタマイズ(まとめノートを付したり、書き込みや訂正をしていく)するほうが自分の勉強になるし、使いやすいものになります。初級の文法書を二周三周することも人によっては糧となるようです。

以上のことを前提として、いくつかの本を紹介します。

水谷智洋『古典ギリシア語初歩』

私が最初に勉強した本です。新約聖書より古い時代(古典期)のギリシャ語を扱っています。(余談ですが、ギリシ「ア」と書かれることのほうが多いのですが、私は自分の発音の通りに書くのが楽でこう書いてます)

練習問題でプラトンやらディオゲネスやら、ギリシャ哲学の原文に出会えます。この本に限らず、せっかく古代のギリシャ語を学ぶのですから、そういった文献をも読みたいと考える人はぜひ「古典ギリシア語」とタイトルに入っている本をお買い求めになると良いと思います。

堀川宏『しっかり学ぶ初級古典ギリシャ語』

水谷さんの説明がぶっきらぼうに感じるなら(昔の教科書は大概そうだと思いますが)堀川さんの本が最近出て話題になっています。私は持っていませんが、ちらっとみた感じ、独習するにはこのくらいの語り口のほうがあっているという人もいるだろうと感じました。

ところで英語はお好きですか? 英語やドイツ語、フランス語、中国語、あるいはラテン語をギリシャ語の前に学ぶ人も多いでしょう。基本的にそういった外国語学習は言語の数だけ経験になりますが、「自分は英語も第二外国語も苦手意識があった」という人は丁寧な解説のある本を読むほうがいいかも知れません。

大貫隆『新約聖書ギリシア語入門』

神学校で学ぶ本としてはこれが有名どころのようです。

新約聖書を読みたいと思う人は、入門書として一冊「新約ギリシア語」あるいは「コイネー・ギリシア語」の名前が入っている本を持っておくといいでしょう。

古典期からコイネーへのギリシャ語の変化は結構あります。例えば名詞や動詞の変化が少し違ったり、接続詞や希求法の用法が異なっていたりします。とはいえ、古典期の基本的でより整っていた文法を知ってからコイネーのより崩れた文法を学ぶという流れ自体はおすすめです。

ところでこの本、名詞と形容詞の変化表が巻末にまとまっていない(最初の方に散在している)のが難点だと思います。

次に買う本

初級で物足りなくなる日は意外と早くやってきます。どうしてこの形に変化するのか。そもそもアオリストや未完了過去とはなんなのか。

きっちりと原典の解釈をするのに初級文法はその入り口しか提供してくれません。せいぜい注解書に買いてある文法の解説を読むことができるくらいでしょうか。その解説の出どころを参照できないと仕方ないと思われるでしょう。

ただし、この辺りからは英語が必須になります。

古典ギリシャ語の仕組みを初級を超えて理解していきたいと思うときにこの本は非常におすすめです。不規則な変化もいくつかの規則によって説明できることは多く、丁寧に拾い上げてくれます。

わからない時に興味のあるところを引くだけでも意味があるでしょう。

新約聖書を読むにしても、詳しい網羅的な文法をやるには古典と書かれた本を読むことになります。

 Maximilian Zerwick, Mary Grosvenor "A Grammatical Analysis of the Greek New Testament"

Maximilian Zerwick, Joseph Smith SJ "Biblical Greek: Illustrated with Examples"

この二冊は新約聖書のための文法解析と文法書のセットです。文法解析の方では、1節ずつ新約聖書の箇所が解説されており、詳しい説明を文法書のほうに譲ってセクションの番号が記載されています。

新約聖書はたまに「アラム語の影響じゃね?」などと解説される箇所もあるので、古典ギリシャ語で説明できないところはこういった本の解説で補って理解しましょう。

それでも物足りない人は

でもこう言った本たちも出どころにしてる「古典」となっている文法書というのがありまして、どうせこれらの本には参考文献として載っていますが、ここにも書いておきます。(ところで、なんでもそうですが初級、入門書を買ったらその参考文献を見て次の本を探すことはとても有益です。そもそも参考文献が書いていないような入門書は買わなくていいかもしれません。)

Harbert Weir Smyth "Greek Grammar"

ネットでも見れますが、紙の本が欲しければ買うといいでしょう。

大体のことは書いてあると思います。私は通読してはいないのですが、ダラダラと最初から読んでも面白いと思います。

Friedrich Wilhelm Blass, Albert Debrunner "Grammatik des neutestamentlichen Griechisch"

これもネットで見れます。私は最近紙で買いました。新約聖書のギリシャ語についてはこっちがかなり詳しいやつです。Zerwickが言ってることが怪しかった時や、注解書でBlass-Debrunnerがこう言ってるとか参照されたりする時に見ることになるでしょう。

辞書

辞書も結局古典期のものと新約ギリシャ語のものを買うことになると思いますが、新約聖書に出てくるギリシャ語を拾った辞書で、それぞれの節での訳語をそのまま語義に載せてしまうような辞書はむしろ学習の障害となるとお思いますので避けたほうがいいでしょう。

いわゆるLSJ(Liddell & Scott or Liddell–Scott–Jones)と呼ばれる定番の辞書です。わざわざ買わなくてもネットでいろんなツールで使えます。アプリで売ってるものもあります。アプリのものはいろんなバージョンがあると思いますがとにかくまずはLSJです。

紙の本を買うとき、Abridged(語義だけがちょろっと載ってるやつ)が存在するので気をつけてください。コンパクトで持ち運びにはいいですが、せっかく買うのなら重くてもCompleteの方です。

私はいつもここで単語を調べてからLSJと書いてあるところをクリックして見てます。iPhoneアプリも入れてます。

 William Arndt, Walter Bauer, Frederick W. Danker "A Greek-English Lexicon of the New Testament and Other Early Christian Literature"

そうは言っても新約聖書の時の単語の使い方は色々癖があるので、わからない時はこっちを参照します。初期キリスト教著作や聖書以外の用例も絡めての辞書です。

https://www.amazon.de/W%C3%B6rterbuch-Testament-Griechisch-Deutsches-Testaments-fr%C3%BChchristlichen/dp/3110106477

元はドイツ語版なのでそっちもどうぞ。

新約ギリシャ語bot(2021/7/5追記)

拙作の、新約聖書のギリシャ語語彙に親しむためのbotです。1日2単語ずつ、新約聖書の中で出現回数の多い順に紹介しています。よかったらフォローしてください。

私の勉強法

これらの書籍を全部読む必要があるのか、どういった順番で読んでいけばいいのか、という疑問をお持ちになるでしょうか。蛇足かもしれませんが、私がどういうふうに勉強してきたか簡単に紹介いたします。もしかしたら良くない勉強法かもしれませんが悪しからず。

私は水谷文法を初級文法の授業で習いました。ほんの数ヶ月しか授業に出席せず、単位も取りませんでしたが、教えてくださった先生が本当に真摯な態度で教えてくださったことをよく覚えています。今でもその先生が私の勉強する傍らで「うーん、それは違うかなぁ」と唸っているところを想像します。

一方、大貫文法を購入し、西洋古典の学生と一緒にマルコによる福音書を読み始めました。つまり文法を終えていない段階で、一単語ずつ出た順に文法と変化表を勉強しました。確か半年か一年くらいかけてマルコは全部訳読したと思います。辞書はLSJと、古川を使いました。

マルコを読むのに大貫文法では足りないところをZerwickにおせわになりました。そういうわけで私は初級文法の本を一冊も終えていません。

それから自分でローマ人への手紙を訳読しました。ゆっくりでしたがマルコを終えた後は単語をじっくり引けばどうにかなるようになったと思います。

マルコを読み始めてからは毎週の礼拝にギリシャ語聖書を持ち込んで新約から説教の時はそこを読んでいました。意外と説教で扱う箇所は短いので、ローマを読み終わる頃には聖書朗読を聞きながらギリシャ語聖書を眺めていてもそれなりにわかるようになったと思います。

マルコとローマを読んだおかげで、福音書とパウロ書簡はだいぶ読みやすくなりましたが、あまり通読というほど新約聖書を読めていないのが課題です。

それから、いつ買ったのかもう分からなくなってしまったのですが、Accordance Bible Softwareを購入して文法解析を参照できるようにしました。ただ、これは諸刃の剣で、これに頼っているといつまで経っても読解力がつかないと思ったので、いつでも聖書が読めることは素晴らしいにしても、できるだけサポートなしで読んで、わからない時にはそこに書いてある一単語の解説ではなくて辞書(LSJ)を引くようにしました。

できるだけ日本語の聖書を読まないようにしようとは思っているのですが、やはり聖書のどこに書いてあったか探すような場面では日本語を見ざるを得ません。もっとギリシャ語聖書に親しまないといけないなと思っています。

それから、結局新約聖書くらいしかギリシャ語でものを読んでいないので、プラトンやアリストテレスを参照するときに少しは原文を見るようにしているのですが、「ソクラテスの弁明」くらいちゃんと読み通したいなあと思っています。(本当に蛇足ですが、ソクラテスは好きです。)

終わりに

私はギリシャ語で聖書を読みたい人を応援しています。もっと気軽に原典を読む世界に多くの人が飛び込んで行けたらいいなと思います。質問やリクエストがあればコメント、またTwitter @tabitha_kumiやマシュマロなどにもどうぞ。羊たちの夕べチャンネルも遊びに来てくださいね。それでは。


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