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125.ジャブロ号の航海

2004.7.6
【連載小説125/260】

マーシャル諸島共和国の首都マジュロに来ている。

僕にとっては2002年9月以来の訪問ということになる。

明日7月7日、いよいよTWCの航海がスタートする。

TWC「talk with coral-珊瑚と語ろう-」の取り組みについては、この手記で何度か紹介してきたが、太平洋上の島々を転々としながら、珊瑚礁に囲まれて生きる民の知恵をネットワークし、広くエコロジーメッセージを発信する船旅が始まるのだ。
(TWCに関しては第61話

訪れる国は、キリバス共和国、ナウル共和国、ツバル、フィジー諸島共和国、バヌアツ共和国、ソロモン諸島、パプアニューギニア、ミクロネシア連邦、パラオ共和国、フィリピン共和国、台湾、日本。
ミクロネシアとメラネシアを経て東南アジアから東アジアまでおよぶ大航海である。
(航海の詳細は第116話

今日は、その壮行会を兼ねたセレモニーとパーティーが島の中心部にあるアウトリガーホテルで催されたので報告しておこう。

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トランスアイランド側から参加したのは、ボブとこのプロジェクトの推進スタッフであるドクター海野、ナタリー、ケン、僕の5エージェント。

加えて、この航海のオフィシャルスポンサーとなったコペル社を代表して、トランスアイランドのラボ代表である青山君も一緒だ。
(コペル社のビジネス展開については第97115話

忘れてはいけないのが、ドクター海野のひとり息子のトモル君。

本プロジェクトの航海士のひとりである彼は、既に3月からマーシャル入りして他6人の少年たちと航海訓練を重ねている。

もちろん、その代表はトランスアイランドではあまりにも有名なカヌー少年ジョンである。
第21~40話の『未来への航海編』)

パーティーでは、久しぶりの友人2名とも再会することができた。

まずは、TWCプロジェクトの代表であり、今回の航海における総責任者のカブア氏。

マーシャル諸島共和国の若手議員で大統領の信頼も厚く、トランスアイランドとの国家間連携のキーマンでもある。

僕との出会いは2001年の6月。

まだトランスアイランドが誕生する前に、ミクロネシアの取材が縁で友人となった人物だ。
その頭脳明晰さと行動力から、21世紀太平洋島嶼国家の未来を担う人物と評されている。

それにしても、縁とは不思議なものである。

あれから3年後の今、僕らがこのようなプロジェクトを当事者として共有するなどと当時の誰が予測できただろう…

もうひとり、1年2ヶ月ぶりの再会を果たせたのがブルース・ロペス氏。

南東アラスカはハイダ族インディアン末裔のカヌーイストで、トランス島民とツーリストが一堂に会して行うクロスミーティングにゲスト参加してくれたから、その名前を記憶している人も多いだろう。
第63話

ジャブロ号の船体に使われている樹齢400年近い大木のアラスカからの寄贈は、彼の尽力によるもので、同じカヌー文化を共有する民の友好提携だ。

そう、遠いアラスカの民とも繋がっていることで、この計画は既に環太平洋レベルなのだ。

その他、今日の会の出席者は、ふたりの少年航海士を派遣するハワイの先住民組織の代表と、米国から着たジャーナリスト1名。
これにマーシャルの議会関係者や在マーシャル日本大使館からの参加もあり、総勢30名で全員が出発地側の関係者だった。

実は、航海で訪れる先々の国からも政府関係者やメディア関係の列席希望があったが、カブア氏はそれを丁寧に辞退した。

理由はふたつ。

まずは外交における新しい価値観のアピール。

今回の航海は太平洋上で古くから伝統的に重ねられてきた海上の旅であるのと同時に、21世紀の島嶼国家の未来を占うヴァーチャルなネットワーク上の旅でもある。

航海のリアルタイム映像や蓄積される各種ニュースとデータベースのWEB公開を通じて、志を同じくする全ての人が分散の中にも場を共有可能なネットワークスタイルを模索しようとしている。

そこでカブア氏はセレモニーのネット中継を行うことを決め、各国にはネット上での参加を改めて依頼した。

結果として、会場では各国首脳からのライヴ映像によるメッセージを聞くことができたし、メールで寄せられていた様々な応援コメントや貴重な環境情報が整理されて紹介されたから、このスタイルは大成功だった。

昨今の先進国首脳サミットを見ていると、ポリティカルな事前の駆け引きやテロへの警戒に比べて実質的な議論時間が少ないことに空虚さを覚えてしまう。

カブア氏の行動と施策を見ていると、文明国家の外交活動がいかに形式部分に無駄な労力とコストが投下されているのかがよくわかる。

政治活動においては、人が物理的に動くことで生まれる喪失部分のことを、国家がもっと真剣に考えるべき時代が到来しているのではないだろうか。

「集中」ではなく「分散」こそが、ネットワーク時代に実現すべき国際連携の鍵であることを「南」から訴えていく上でも、こういった試みには大きな意義があると思う。

もうひとつの理由は、航海における物語性の重視である。

航海とは、始発地から終着地までを転々と繋ぐ積み重ねの中に確かな実感を得ていくべきものである、というのがカブア氏の持論。

ジャブロ号に乗る少年たちにとってみれば、訪れる全ての島が未知なる国であり、たとえそれが要人であっても旅の先々での出会いがセレモニー会場で先取りされてしまうことは航海の価値と魅力を減らしてしまうことになると彼は考えた。

その身体で船を操り、その足で島へ上陸し、その地の人々と出会い、語り、何事かを共有していく…

そんなプロセスの中に個々の物語が育まれる旅こそが、南の島に生きる若者には求められているのだ。

つまりは、情報と情操の双方をバランスよく航海に求めるのがカブア氏の狙いであり、これは島国ならずとも、次代を担う人材育成において万国共通の大いに学ぶべき考え方である。

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ジャブロ号の全航程を、併走船で共にするカブア氏を手伝って、トランスアイランドのスタッフも交替で乗船することになっている。

まずはケンがナウル共和国までの担当だ。

これも不思議な縁で、彼は昨年9月に同国を訪れている。
南太平洋屈指の富裕国家だったナウルの危機を単独取材してきたことは、この手記でも少し紹介した。
TWCの航海はもちろんのこと、彼ならではレポートを興味深く待つことにしよう。
(ケンのナウル行きは第83話

さて、僕、真名哲也の役割についてだが、この航海の外部からの観察と報告作業になる。
『儚き島』でも航海の進捗を随時報告していくつもりだ。

できれば、全ての航程を現場でライヴに体験したいというのが本音なのだが、日本への定期的取材行や諸々の仕事が増えていることもあり、それは断念することにした。

が、旅を「外から」観察することで見えてくる新しい世界というものもあるだろう。

信頼できる友から届く報告をベースに想像力で綴る紀行記。
それはそれで、僕にとって今までにない楽しい創作の旅となりそうだ。

それに、僕にはもうひとつの役割がある。
航海の到達地である石垣島との調整活動だ。

スタートのマーシャルでジャブロ号を見送り、石垣島で旅の終わりを見届ける。

この重要な2地点に立ち会えることで、僕は偉大な航海の記録者としての条件を充分に満たす「選ばれし者」なのかもしれない。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

この回も含めて『儚き島』にたびたび登場するマーシャル諸島共和国。
この国を知っている日本人はほとんどいないと思います。
ましてや訪問したことがあるという人は少ないはずで、出会ったこともありません。

僕がこの国を訪問したのは2001年の6月で、1996年にスタートした「ヴァーチャル作家・真名哲也プロジェクト」の5年目。
当時運用していたオフィシャルサイトへの書き込みからこの国の存在を知り、独自取材しようと決めました。

当時、僕が追いかけていた地球温暖化による海面上昇というテーマに絡んで、国土が沈んでしまうかもしれないという予測があり、「今、見ておかないと2〜30年後には存在しないかも?」という危機感を感じて現地へ飛びました。

実際にこの国で見たのは国土沈没という環境問題だけではなく、20世紀の負の遺産が凝縮されたような社会でした。

特に1954年にこの国のビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験と、そこで被爆した日本の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の存在でした。

我々は長崎と広島が太平洋戦争の被爆地と教えられて育ってきましたが、歴史的には日本に第3の被曝地があったことになります。
実際、第五福竜丸の乗組員 23 人は全員被曝しました。

そして、米国が与えてきた被曝への補償金が国家歳入の大部分を占めることで活力をなくした社会とそこに暮らすどこか虚ろな人々を取材したことで、僕が追いかけてきた「南国の楽園イメージ」が脆くも崩れてしまうことになりました。

空間としては豊かで美しい「南の島」が、歴史という時間軸で再見すると醜い姿が見え隠れする…
実はこの体験が『儚き島』というコンテンツを創作する原点になったのです。

ちなみに『ゴジラ』という日本映画のスタートはビキニ環礁で米国が水爆実験をで生まれた巨大生物が出発点です。
放射性廃棄物を食べるという設定には、歴史的な裏付けがあるわけです。

もっとも、最近のシリーズではビキニ環礁における核実験には触れられていないようです。
日本映画からハリウッド映画にまで拡張したシリーズゆえに、アメリカとしては「不都合な真実」なのかもしれません。

『儚き島』と『ゴジラ』共通の出発点となったのがマーシャル諸島共和国だったわけです。
/江藤誠晃

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