061.ジョンとの再会
2003.4.15
【連載小説61/260】
ひとりの少年が青年へと成長する。
そのきっかけは何?
と尋ねられたら、何と答えるのが正しいだろう。
年齢的には、個人差はあれど10代半ば。
精神的には、親から離れて「自立」を目指した時。
社会的には、「学び」の場から、職業を選んで「労働」の場へと出た時。
文学的には、恋や友情に関わる「挫折」を知った時…
より逞しくなった肉体と、強さを増した眼光。
そして、そこに宿る未来に対する明確なヴィジョン。
半年ぶりに、今度はマーシャルの使節団の一員としてやって来たジョンに、僕は青年への進化を見た。
彼の場合、きっかけは紛れもなく、昨年の航海だったはず。
そう、青き海と出会うことで、ミクロネシアの少年は青年になったのだ。
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2002年7月11日。
遥か1600キロ先のマーシャル諸島からカヌーによる単独航海でトランスアイランドを目指した少年ジョンは、トランスアイランドの西海岸に漂着。
「祖国を真の意味で”独立”させたい」というメッセージを持ってきた彼は、その後この島で島民やエージェント達とのワークショップをこなし、9月7日に帰国した。
(ジョンの登場に端を発する一連の事柄は第22~30話に記した)
今思えば、具体的なシナリオを持たずにスタートしたトランスアイランドに、その針路を示してくれたのがジョンだったのかもしれない。
たいした事件もなく穏やかな時間を重ねていた島にとって、外からもたらされた最初の刺激がジョンの漂着であり、我々は海によって外の社会と繋がっていることを否応なく体感したのだ。
これに対するコミッティの反応が素早かったことも大いに評価すべきだろう。
ジョンの滞在中にマーシャルとの国交プロジェクトをスタートさせ、帰国する彼を送る任務と共にボブと僕を現地へと派遣してくれた。
そして、その後の展開はご存知の通り。
マーシャルの窓口であるカブア議員とボブが推進する交流プロジェクトを機に、我々は太平洋島嶼国家全体に及ぶ連携プロジェクトをスタートさせるに至ったのである。
さて、実は今回の再訪で、ジョンは我々にひとつのプレゼンテーションを行った。
カヌーという海上を自由に旅する道具を得てはじめた「マーシャルの未来を考える会」の具体活動への協力と参加をもちかけてくれたのである。
(祖国へ帰った後の、彼の活動は第40話に彼から来た手紙で紹介した)
talk with coral ―珊瑚と語ろう-
そうタイトルされた彼のプロジェクトの概要はこうだ。
太平洋に広く分布する珊瑚礁には、人為的開発や海水温上昇などにより生存の危機に面しているところが多々ある。
多種の海洋生物が生息する珊瑚礁の危機は、海の生態系全体に及ぼす影響も大きく、その海に囲まれて暮らす島嶼国家の民は、その現状を把握し、当事者としてのアクションを起こさなければならない。
カヌーというエコロジカルな海上移動手段は、島と比較的近い海域にある珊瑚礁へのアクセスに有効であり、調査活動はもちろん、エコツアー等の開催により、広く世界中に珊瑚礁危機のメッセージを発信可能。
カヌー下部にハイテクカメラを設置することで、深刻な白化現象も探知可能だし、美しいままの珊瑚礁の映像はインターネットを通じて世界中に配信できる。
さらに、このプロジェクトは観光事業として周辺地域の活性化にも直結し、訪れる人の数だけ調査の精度は上がり、メッセージ効果も高くなるから、善循環システムを内包している。
環境保全という大きなテーマに対して、どこから取り掛かるべきか?
これは危機感を持った誰もが直面する大きな難関だ。
課題が地球大に及ぶがゆえに、個々の努力に一種の無力さを感じるのだ。
気付けば、スローガンや数値目標ばかりが目立つエコロジーブームに空虚さを感じる人は少なくない。
が、それでも我々は個人レベルで事を起こさなければならない。
全体がネットワークされた課題は、極小の解決連鎖の先に効果が生まれるはずだからだ。
大切なのは具体的なアクションプラン。
その意味においてジョンはまた、我々にひとつの針路を与えてくれたといえる。
早速開催されたコミッティ会議で、彼の運動に島を挙げて参加、協力することが決定したことをこの場を借りて報告しておこう。
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頭で考え、言葉に表現することは、ある意味で容易い。
これに対して、具体的な一歩を踏み出すこと、小さな行動を起こすこと、すなわち青年的行動こそが最も困難にして、かつ今、求められていることだ。
ある意味で、文明化が僕たちから奪ったのは、そんな「青年の心」という内的環境なのかもしれない。
BLUEISM。
僕らが地球を愛する限りにおいて知性と感性に老いはなく、何時でも海に出ることで心に青さは取り戻せる。
まずは、ジョンに続いて、大いに珊瑚と語ろうではないか。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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