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116.21世紀的海の冒険

2004.5.4
【連載小説116/260】

「旅」と「冒険」の関係性について考えてみよう。

原始、人類にとっての「旅」は「冒険」だった。

生まれ落ちた場所から離れることは、糧を求めての狩猟や移住、部族間闘争後の敗北による逃走、天災による生活圏の喪失など、危険を伴うもの、やむを得ず行われるもの。

何れの場合も明確な目的地や行く先々に関する情報はなかったし、なによりも「帰る保障」がなかったのだから、本人の自覚は別としてそれらは全て「冒険」だったといっていい。

その後、人類にとって「冒険」の意味が変わってくる。

世界中に分散し、それぞれの文明を重ねていた「点」の社会を、歴史に名を残す冒険家たちが「線」で繋いでいく。
大航海時代を思い浮かべてもらえばいいだろう。

「冒険」は変遷の中で地球大となり、原始の生活史的なるものから文明史的なるものへと大きく変化する。
そこにおいて、冒険者とは選ばれし勇敢な男たち。
権力や財力との密接な関係を持てる者のみが、ロマン溢れる「冒険」に旅立つこと可能だった。

では、一般大衆の「旅」はどうであったか?

冒険者たちの偉業と報告の数々は、大衆の行動圏を次第に拡大し、そこに余暇や娯楽としての「旅」が生まれる。

つまり、「旅」とは「冒険」の軌跡を追いかけることで育まれた文化なのだ。

その意味において、20世紀とは「旅」が「冒険」に追いついた世紀だったといっていい。
地球上に未知なる大陸はなくなり、時間や経済的条件さえ整えば、誰もが「帰る保障」のある「旅」に出かけることが叶うようになった。

では、21世紀に「冒険」の領域は減っていくのか?

そうではない。
物理的もしくは面的な「冒険」が減少しても、質的な「冒険」には無限の荒野が存在する。

文明を育て、あらゆるテクノロジーを入手したことで、人類の前には無尽蔵なる「知の冒険」フィールドが広がったのである。

そして今、この太平洋の真中でも、21世紀的海の冒険が始まろうとしている…

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2004年7月。

TWC
「talk with coral-珊瑚と語ろう-」
の航海がいよいよスタートする。

TWCとは、マーシャル諸島共和国を中心とする太平洋島嶼国家連携による環境プロジェクト。
伝統的なカヌー文化を利用して、人為的開発や海水温上昇などによる珊瑚礁の危機を調査する中に自然との共生を考える取り組みだ。
(詳細は第61話

太平洋上の島々を転々と旅しながら、珊瑚礁に囲まれて生きる民の知恵や深刻な環境破壊の現状を映像と言葉によってインターネット上に発信する…

そんな国際的PRイベントとしての航海がマーシャル側で計画されていることは以前(94話)にも紹介したが、その最終調整作業のために、同国の責任者であるカブア氏と航海士ジョンがやってきた。
(ふたりの人物像とマーシャル諸島共和国との交流に関しては「未来への航海編」を)

ちなみにトランスアイランドはこの計画に全面協力することを昨年の4月に決定し、4エージェント(ナタリー・ドクター海野・ケン・真名哲也)によるプロジェクトチームが、学術的サポートや寄港地との交渉などの協力を行ってきた。

では、今回決定した航海の組織体制と具体的航路案を発表しておこう。

まずは、船と航海方式について。

航海の主役たる船が「ジャブロ号」。
「ワラップ」と呼ばれるマーシャル式大型外洋カヌーの伝統を継承しながら、ハイテク武装した頑強な船だ。

太陽光と風力発電によるエコエネルギーエンジンの搭載で、帆走だけに頼らない自立的航海が可能となっている。

全長50フィートの艇は、その本体が木製で、同じく古くからのカヌー文化を持つ南東アラスカから寄贈された樹齢400年近い大木が使用されている。

この友好提携は、かつてトランスアイランドを訪れてくれたアラスカのカヌーイスト、ブルース・ロペス氏によって実現した。
そう、今回の航海は遠い北半球のアラスカとも繋がっているのだ。
第63話に詳しい)

また、今回は航海そのものが目的ではなく、行く先々での広報と啓蒙活動が大きな意味を持つため、着実に目的地をクリアしていく航程管理が重要となる。

そこで、リスクの高い単船航海のスタイルはとらず、その都度併走船を準備し、ジャブロ号のメンテナンスや食糧補給態勢を維持しながら安全第一の航海を続ける。

もちろん、天候その他の外部環境により、航程は流動的なものになる。

現在最終目的地として予定されている日本の石垣島まで海と島を交互に転々と巡る航海は1年の予定だが、全ての訪問は、大枠のスケジュールのみを決定し、ひとつの訪問国に到着した段階でその後の予定を再編することになっている。

次に乗船メンバー。

ジャブロ号に乗るのは10代の少年が7名。
全員が一定のカヌー航海術を習得している。

併走船の側には、マーシャル政府とトランスアイランドのスタッフが入れ替わりで乗船し、行く先々の国家からの人的支援を得ながらリレー形式でジャブロ号を見守ることになる。

また、カブア氏は責任者として全航程を併走する。

では、最後に予定航路を紹介しよう。

マジュロ(マーシャル諸島共和国)→タラワ(キリバス共和国)→ヤレン(ナウル共和国)→フナフチ(ツバル)→スバ(フィジー諸島共和国)→ポートビラ(バヌアツ共和国)→ホニアラ(ソロモン諸島)→ポートモレスビー(パプアニューギニア)→チューク(ミクロネシア連邦)→コロール(パラオ共和国)→マニラ(フィリピン共和国)→台北(台湾)→石垣島(日本)

さて、僕のエージェントとしての役割は、この航海を外部から観察し、この『儚き島』を通じて世界に報告する作業である。

また、最終目的地である日本の石垣島との交渉窓口も務めているから、旅の「始点」と「終点」に立ち会うことになる。

「冒険者」達からの報告をベースに、長い航海を僕なりの視点で解説していきたいと考えている。
楽しみにしていただきたい。

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もうひとつ、重要な発表がある。

今回の「冒険」におけるトランスアイランド側の主役の紹介だ。

海野灯(トモル)君。

社会エージェントであるドクター海野のひとり息子にして、島の子供たちのリーダー的存在だ。
(海野親子のことは第17話。トモル君の人物像は第91話で紹介した)

長期間にわたる今回の航海。
その全てを通じてジャブロ号に乗船する数少ないクルーのひとりとしてトモル君が選ばれた。
彼自身の強い希望によるものだ。

世界中を転々とする文化人類学者の父と過ごしてきた彼は、自立心が強く大の冒険好き。
2年前、単独航海でトランスアイランドへやってきたジョンがトランスアイランドに滞在した2ヶ月間はホームステイを受け入れることで兄弟のように仲良くなった。

ジョンもトモル君の参加を大いに喜んでいるという。

ジョン19歳、トモル君14歳。

今回の航海は生命の危険を冒して行うものではないし、「帰る保障」もある。

が、まだ若い彼らにとって、長期にわたる船上生活と異国の日々はかなり過酷なものとなるだろう。
そう、彼らにとってこの航海は「旅」ではなく、まさしく「知の冒険」なのだ。

いや、それだけではない。
ふたりを超えて、21世紀を生きる若者全ての未来を占う「冒険」になると僕は信じている。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

港町神戸に生まれ育ち、小学校1年生で訪れた万博会場で「世界」を見た僕が、今の生業を重ねていくことになったモチベーションには「海洋への憧れ」がありました。
20世紀末の1990年代から海外渡航を加速化し、ある程度のキャリアをもって迎えた21世紀、この『儚き島』をはじめとする執筆機会を得たのは幸運でした。

そして、この5年間に及ぶネット小説配信が各所で取り上げられたこともあり、2006年から豪華客船の世界に入っていくことになりました。
また、少しかじっていたカヤックの経験を活かして、ジャングル奥地や無人島探検に出かけることもできました。

それらの体験で得た感覚は、僕たちが住むこの星は「地球」であると同時に「水球」だなというもの。
大地に足を付けて重ねる「日常」から離れて海という「非日常」を旅する日々が僕の人生観をかなり変容させてくれたと思います。

地に足を付けて働け的な大人や時代から与えられるルールに抵抗しながら生きてきた僕にとって、海に浮かぶことで自らの陣地を得たのかもしれません。

20年を経た今、僕が精力的に取り組んでいる「空飛ぶクルマ」の領域もまた「地に足の付いていない」世界。

21世紀の冒険は僕の中で続いています。
/江藤誠晃

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