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096.掌の中にある文明

2003.12.16
【連載小説96/260】


「nesia2」をポケットから取り出す。

メインスイッチをオンにすると画面に中空から見おろしたNEヴィレッジのアニメーション画像が登場する。

NWヴィレッジに住む友人のエドガーが開発した新しいガイドアプリケーションのプロトタイプを最近導入した。
フラッシュプレイヤーで動くこのプログラムがとても楽しいのである。

画面中央に建っているのが僕の暮らす小屋だ。
このアプリケーションは「nesia2」に登録されたパーソナルデータを読み込むから、誰が導入してもその人の住居がトップ画面で中央に位置された画像が可能となる。
(「nesia」に関しては、第545話を)

画面上方、つまり北の方角の波打ち際で太陽光をうけて光る小瓶のピクトグラムが点滅しているので、それをタップする。

ズームアップされると、それは折りたたまれたレターの入ったガラスのボトル。
そう、僕宛のメール着信がメッセージボトル化されて表示される仕組みなのである。

もう一度タップするとレターが開かれて、メールタイトルが新着順に並ぶ訳だ。
ちなみに、受信メールのホルダーでもあるこのボトルはコルク栓で密閉されていて、有害メール群は遮断されて中に入れない。

ウィルスやスパムメールがあると、その履歴がラベル化されてボトルの外部に貼られて届くことになる。
「2通のウィルスメールと10通のスパムメールを撃退」といった具合だ。

僕の仕事上重要なニュースのクリッピングにも愉快な仕掛けを導入している。
設定テーマ別にアニメーションプログラムを割り当てる「キャラクターメッセンジャー機能」だ。

「環境」がキーワードのニュースはビーチへの椰子の実漂着、「天文」キーワードのニュースは砂浜に落ちてうっすら煙を漂わせる隕石が知らせてくれる。

最近集中的に集めている「鯨」がキーワードのニュースは、沖に泳ぐ鯨がそのままメッセンジャーで、
潮吹きの大きさがニュースの量を示すというおまけつきだ。

その他にも「地球温暖化」に関するニュースが多いと、島を囲む海面が上昇して砂浜が狭くなり「Danger!」サインが点滅するという風刺の効いたメッセージもある。

エドガーにかかると、「nesia2」は単なる情報端末を越えて、もはやヴァーチャルな僕の日常縮図であり、掌の中にあるもうひとつの地球なのだ。

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「2周年会議」で進行中のエージェント提言紹介第2弾は、ドクター海野とスタンのコラボレーションによる「ハンディ・ミュージアム」だ。

このプロジェクトは「nesia2」の中に世界中の知的観光スポットを凝縮させて準備する、知恵と知識の玉手箱構想と言い換えることができる。

ふたりは、今年2月にコミッティが太平洋島嶼国家に連携を呼びかけた結果スタートしたミクロネシアのポンペイにおける「ナン・マドール遺跡」の考古学調査とそのVRツアー素材化の仕事で、多くの時間をトランスアイランドと同地の往復に費やした。
その間に着々と構想を練っていたらしい。
(詳細は第56話を)

プロジェクト概要は、いたってシンプル。

世界的に見れば認知度は低くとも、各地で意義ある活動を重ねている様々なミュージアム、研究所と連携し、その情報を編集紹介するインターネット上のポータルプログラムだ。

まずは彼ら自身の周辺から声をかけて、徐々にそのネットワークを広げていくという構想は、前回紹介したナタリーの「オーガニック・ゼミナール」と同様だ。
僕も6月に訪れた、石垣島の「しらほサンゴ村」を推薦しようと考えている。
第69話で紹介)

改めてその中身を聞くほどに、2エージェントの実力を思い知らされる。

各国から参加表明を得た有力施設は、ドクター海野の豊富なキャリアとネットワークを物語っているし、多岐にわたるプロジェクトを難なくこなすプロデューサーとしてのスタンの手腕は、彼が推進するプラネタリウム企画における天文施設との連携がこの企画にも効果的に活かされていることが証明している。
(詳細は第84話

さて、「ハンディ・ミュージアム」は、ネット上に実現する学際的なインターミュージアムという訳だが、その機能と効果はヴァーチャルに留まらない。

プロジェクト参加施設の音声解説が各種言語で準備されることで、PDA端末がその場所をリアルに訪れる人にとっての音声ガイド役になり、GPS機能が見知らぬ土地で目的施設を訪ねる際のナビゲーター役を担うというバリアフリーの実現だ。

トランスアイランドで生まれた小さなアイデアが、「nesia2」を媒介として世界の叡智をネットワークし、その成果が世界万民に開かれたものとなる…

南海の小さな島に暮らしていても、僕らはその掌中に文明を取り込むことさえ可能なのだ。

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コミッティによると、「nesia3」の開発が進んでいる。

「nesia2」のリリースが9月だったから、早くも次期ヴァージョンの登場ということになる。
(「nesia2」については、第76話でリリース前の情報を紹介した)

島民の手元に届くのは来年の夏になるそうだが、開島3年目に入る4月のプロトタイプ発表を目標にしているらしい。
おそらくその目玉企画として「ハンディ・ミュージアム」がバンドルされることになるだろう。

もちろん、「2周年会議」内の他プロジェクトでも、その具体展開において「nesia2」活用が視野に入れられている。
今は非公開の驚くべき機能が加わるかもしれないということだ。

どんな文明が我々の掌の中に飛び込んでくるのか、今から楽しみである。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

掌の中に文明を取り込んで知的に合理的に生きる…

スマホ登場前といっても良い当時、僕が想像した小型端末の機能と役割はかなり「牧歌的」なものだったような気がします。
この回に記した「nesia」という端末に実装された各種アプリ群は、テクノロジーが生み出す叡智のようでいて、どこか「秘密のガジェット的」雰囲気を漂わせています。

20年を経て、今や一部のマニアの「魔法の道具」ではなく「大衆の必需品」となったスマートフォンがもたらしたのは、掌に移り住んだ機械的文明に追い立てられながら生きる「非合理」のような気もします。

サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合されたSociety 5.0の社会において、そのハブとなっているのは人類個々の掌に結節した機械であることは間違いありません。

例えるなら、ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いた監視管理社会が、遅ればせながら実現してしまったというのが21世紀も1/4が過ぎた現在なのかもしれません。
/江藤誠晃

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