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076.掌中の地球

2003.7.29
【連載小説76/260】


大阪で滞在中のホテルに、僕宛のFEDEX便がトランスアイランドから届いた。
中身はヴァージョンアップした島民用PDA「nesiaⅡ」だ。

重量120gの名刺サイズは、旧型と比してかなりのサイズダウンを達成している。
胸ポケットに入れても、ストラップで首に吊しても違和感がなく、携帯性がさらに高まった。

加えて、モバイル端末に要求される動力部の洗練化も着目に値する。
前回は取り外し可能なカバー部にあったミニソーラーパネルがデヴァイスの裏面に直接組み込まれたことで、この部分を外側に露出させておけばいつでも太陽光充電が可能だし、今回のヴァージョンには、既に腕時計で活用されている微振動発電システムが同時採用され、持ち主が動けば動くほどバッテリーの消耗度が軽減されるという仕掛けになっているのだ。

実は、この「nesiaⅡ」は、島民への配布に先駆けて我々エージェントが短期モニター活動を行うことになっている。
細部テクノロジーと各種アプリケーション最終的検証作業のためである。

島を離れて2ヶ月強。
外遊の僕に、島民諸氏に対する情報的先行性はなかったが、遠い日本からでも「nesiaⅡ」のレポートはスクープとして可能なようだ。

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「nesiaⅡ」のマーケティングコンセプトは「掌中の地球」。
デヴァイスの中に、ミクロとしてのユーザーとマクロとしての地球の融合実現をテクノロジーはもちろん、思想レベルで求めている。

まずは初期設定。

端末表面下部に配された中央のスクロールキーに親指を置くことで機器がユーザー本人を確認する指紋認証機能が加わった。
コミッティのサーバーで管理されている島民IDとパスワードに個々の指紋がリンクされることで、今まで以上のプライバシー保護が可能となり、ユーザーはパスを入力することなく、いつでも「nesia」をワンタッチで立ち上げることができる。

次にトップ画面。

新しいOS「WindowsMobile2003」上で動くイントロプログラムが「掌中の地球」だ。
ディスプレイに現れる3Dの地球イラストは、指紋認証したユーザーの居場所を位置情報システムで瞬時に中央に位置させ、中央キーをプッシュすることで段階的にズームインさせることが可能。

通常、島民はトランスアイランド内にいる訳だから、最初に環太平洋を俯瞰する地球が登場し、ワンプッシュで島全体、次のプッシュでその時にいるヴィレッジまでが表示される。

僕が試してみると、日本を中心とする地球が現れた後、日本全図、近畿圏、大阪府、大阪市と表示された後、滞在するホテルのあるベイエリアの地図が登場し、さらにプッシュすると具体的なホテルの敷地図までが表示された。
そう、今この作業を行っているホテル1階のティーラウンジの場所だ。

では、この「掌中の地球」活用事例として、「Trans Group」プログラムを紹介しよう。
これはユーザー同志が任意にグループを形成し、位置情報をオープンにすることで相互の居場所を確認しあえる機能で、グループ名を選ぶと全メンバーの滞在地がリアルタイムで地図上にドットされる仕組みだ。

現在は7人のエージェントがグループ化されているので、「agent」を選ぶと、日本を左端、イギリスを右端とする世界地図の断片が現れる。

日本に「mana」。
ポンペイに「dr.umino」と「stan」。
トランスアイランドに「bob」。
ソロモン諸島に「ken」。
フレンチポリネシアに「haruko」。
英国に「natalie」

と、瞬時に全員の所在が表示された。
もちろん、メンバー個々の具体的滞在場所も探知可能だ。

次に、彼らの近況を知るために、個々の名前の上をタップして、プライベート情報画面を表示する。
ここでは、各人がリアルタイムで更新するメッセージが音声かテキストで確認できる他、メーラーを立ち上げてのメール送受信や、エリア次第では直接相手を呼び出しての音声通話も可能となる。
メンバー情報を順番に確認していくと、全員が近況メッセージを今日付けでアップしていた。

ドクター海野とスタンは、未来研究所が推進するVRツアーのロケで「ナン・マドール遺跡」のフィールドワーク中。
(第56話参照)

ケンはPKO活動の始まったソロモン諸島への取材。
(第73話参照)

ハルコはヨーロッパ向けのプロモーションの一環としてフレンチポリネシアを訪ねている。

6月にドイツで開催されたIWC(国際捕鯨委員会)の会合に出席していたナタリーは、その後、同組織事務局があるケンブリッジでクジラに関する調査や研究を続けているらしい。

珍しく島で休暇を過ごしているボブからは、作業中に、リアルタイムでメッセージが届いた。

“やあ、TETSUYA。日本にもnesiaⅡが届いたようだね。ちょうど端末を覗いていたら、君の名前が点滅し出したよ。今回のヴァージョンは使い心地がいいだろう?エージェント間の連絡も素早く、手軽にできるようになった。モニターレポートを待ってるよ。”

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「nesiaⅡ」を置いて、フロントで入手したニュースペーパーに目を通してみた。
世界中のニュースを幾つかのキーワードでクリッピングした上、興味あるタイトルのみ内容を ダウンロードして読む「nesiaライフ」の長い僕に、新聞全体を読むなど久しくなかったことだ。

そして、改めて感じる。
「文明」とは、なんと抱えきれないほどの情報を抱えて、いやそれに流されて日々を重ねているのだろうか…、と。

多分、都市文明は無駄多き情報の山や、せき止めること叶わぬ濁流のごとき知識を借景にしてしか、その姿を保てない段階へと至っているのだ。

「最小」から「最大」を生み出さんとする文明が、アウトプット部の肥大化により閉塞へと追い込まれているなら、トランスアイランドはそこを追うことはない。
「最小」から「全体」に繋がって生きていること、つまりは個々が有限の地球と共に在ることを日々実感すればいいと、「掌中の地球」が無言のうちに語っているような気がする。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

『儚き島』というネット小説を手掛けるきっかけになったのは、電子出版会社を立ち上げた僕にマイクロソフト社から舞い込んだオファーでした。

具体的には「Windows CE」という同社のモバイル機器向けOSのプロモーション策として「紙で読めない電子デバイス向け文学作品を」というものでした。

当時、既にauのオフィシャルコンテンツに作品を提供していた僕は、その業界でそこそこ知られていたこともあり不思議な作品を手掛けることになったというわけです。

この「Windows CE」という製品は1996年から2007年までの展開で終了したので、連載が終わる頃には業界の図式が大きく変わったことになります。

マイクロソフト社と前後してアップル社との仕事も並行して動いていたので、2008年にはiPhone向けアプリ制作に「ホッピング」することになりました。

スマートフォンの覇権を競った2社のその後は、みなさんご存知のとおり。
未来は予測し辛い…

マイクロソフト東京本社の会議室で小説の企画会議を重ねた2001年秋を思い出すと、不思議な気分になります。
/江藤誠晃


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