069.しらほで見た夢
2003.6.10
【連載小説69/260】
ネットサーフィン。
最近では、あまり使われなくなったが、90年代半ばのインターネット興隆期に、次々とネットコンテンツ群を渡り歩くアクセス行為がそう呼ばれていた。
個々の興味軸からスタートして、放浪旅のように転々と各所を巡るクリックワークを波乗りにたとえた命名者の感性はなかなかのものだ。
残念ながら、それから10年も経ていない今、膨大なコンテンツが留まることなく増殖することになったデジタルワールドへの旅は、どこか牧歌的だったネットサーフィンとは違って、検索術や選択眼が優先される叙情性なきものとなってしまった。
速さや安さ、利便性ばかりを競うリアルな旅市場に似てきたということだろうか…
僕は今回の旅をかつてのネットサーフィンのように楽しんでいる。
トランスアイランドから東京を経て、予定外のクリック?で沖縄へ寄り道し、本来の目的地石垣島へと到達したという旅程。
そして、この島での数日も非常に充実したものだった。
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石垣島を訪れた経緯を振り返っておこう。
4月にマーシャル諸島共和国のジョンから参加要請のあったエコプログラム「talk with coral」は、トランスアイランドの楽園創造コンセプトである「BLUEISM」に合致するものであり、島をあげて協力することが決定した。
(ジョンのプログラムは第61話、BLUEISMに関しては第44話に詳しい)
そこで僕が、第1回のクロスミーティングに参加してくれたダイバーの戸田隆二君に協力を求めたところ、彼は快諾に加えて石垣にあるWWF(世界自然保護基金)の施設を訪問してみようとの提案をくれたのである。
そして、結果からいうと、この計画は大正解。
WWFのスタッフと過ごした時間もまた、とても刺激的かつ有益なものだったので、簡単にまとめて報告しておきたい。
2000年にオープンした、しらほサンゴ村に対しては、「珊瑚礁保全に関する学術的研究の最前線」というイメージを持って訪問したが、実際は全く違った。
もちろん、珊瑚礁に関する様々な研究資料や展示は優れたものだし、海中だけではなく地上における各種交渉事や啓蒙活動など、スタッフの方々がこなしている活動が意義深いものばかりであることは取材を通じて実感したところだ。
僕の予想と大きく違ったところが何かといえば、しらほサンゴ村という組織や建物の存在と、そこで活動するスタッフを包む空気とか、そこに吹く風といった抽象的な部分。
そこには、近寄りがたい学術施設といった閉鎖性や、「開発か保全か?」という二項対立に位置する緊張感はかけらもなく、まるでずっとそこにあるべくしてあったような一種の融和性を感じたのである。
ここを訪ねる人がきっと僕同様の感覚を得るであろうことは、4年目を迎えたこの施設が原点に立ち戻って立てた活動の柱を紹介すれば充分納得してもらえるはずだ。
それは海と共に生きてきた地元の民の歴史の中に「豊かさ」を求める試みである。
海をいかに利用することで島の先達は豊かな時間を得てきたのか?
そんな素朴にして根源的なテーマへのアプローチを「今昔展」開催や伝統的食文化復活活動の中に具体化していっているのだ。
「珊瑚を護ることは当然として、その前に護るべき何かがあることを忘れない心が育まれるといい
ですね」
と感想を述べた僕に対して、スタッフのひとりは
「それを目指すのが、しらほモデルであり、我々の夢なんです」
と笑顔でこたえてくれた。
しらほは、人がそこに暮らしてこその自然であり、そこで豊かな海と共生可能なライフスタイルや知恵が生まれるなら、きっと世界に向けて発信しうる汎用性の高いソフトプログラムになるということだろう。
実は、トランスプロジェクトの目指すところも同じであり、コミッティや各ヴィレッジで行われている活動の全てに、世界に通用しうる「Trans Islandモデル」を求めているのだ。
この島に来て、僕は海を愛するWWFスタッフの夢に大きく勇気付けられた。
いや、いい夢を見たという感じだ。
そしてこの夢は、いつかトランスアイランドで叶うはずの僕の正夢と、既にどこかでネットワークされていると信じている。
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沖縄本島に戻る戸田君を空港に見送って、島南部に位置する離島桟橋へと戻ってきた。
ここを起点に、幾つかの離島便が行き来している。
オープンエアーの待ち合いベンチに吹く夕方の風は心地良く、そこに座ってこのテキストを入力している。
実は、僕も石垣空港から本土へ戻るつもりだったのだが、もう少し島の旅を続けたくなったので急遽予定を変更した。
今夜はこの桟橋に近いホテルに泊まり、明日竹富島へ渡ってみようと思っている。
竹富島は石垣島から6kmと近い離島だが、島全域が国立公園に指定され、その集落が重要伝統的建造物群保存地区に選定された美しく静かな島で石垣島とは違った風情が楽しめそうだ。
気に入ればしばらく滞在してもいいし、またこの桟橋に戻ってきて他の島を巡ってもいい。
まずは明日の滞在地だけを決めて、そのまた次の日のことは明日決める…
そんなネットサーフィン感覚の旅を続けよう。
次回はどこからの『儚き島』になるのだろう?
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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