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note21 : プノンペン(2011.5.10)

【連載小説 21/100】

現在、カンボジアには年間15万人強の日本人ツーリストが訪れているそうだが、僕が海外へ頻繁に出かけ出した1990年代初頭のことを考えると隔世の感がある。

国民を大虐殺したポル・ポト政権で有名な長き戦乱後のカンボジアで、国連監視のもと停戦・武装解除の監視及び民主化選挙が行われたのが1992年。
その際に日本の自衛隊を平和維持活動(PKO)に派遣するか否かを巡っておおいにもめたのを覚えているが、当時カンボジアはそれほどに危険な地で、民間人が観光に訪れる国ではなかった。

そのカンボジアを東南アジア有数の観光デスティネーションに変貌させたのはユネスコによるアンコールワット遺跡群の世界遺産登録である。
アンコールワットを中心に、アンコールトムやタプロム、バンテアイ・スレイなどの周辺遺跡群が持つ集客力の高さからカンボジアを訪れる日本人のほとんどはシェムリアップを目指す。
ゆえに今、僕が滞在しているカンボジアの首都・プノンペンを訪問する邦人は少なく、ビジネス客を除けばせいぜい年間2万人程度ではないかという話を聞いた。

が、僕はこれからカンボジアを目指す人にもリピーターの人にも、あえてプノンペン観光を薦めたい。

メコン川沿いに整備された美しい街並み。
王宮や仏塔、フランス植民地時代の名残をとどめる洋館等が建ち並ぶ整然とした街並み。
豊富な歴史資産を有する博物館。絵画や彫刻にクメールの美を再現するアーティストたち。東南アジアの都市はあれこれ旅してきたが、これらの要素がコンパクトに収まるプノンペンは、シェムリアップと並んで世界にアピール可能な観光地だと思う。

そんなプノンペンの街にひときわ美しく建つホテルが「ラッフルズホテル・ル・ロイヤル」。
1929年創業の格式あるオールドホテルで、1997年のリニューアルと同時にラッフルズグループに入ったこの美しいホテルに僕は7日から滞在している。

そして、今日の夕方ホテルに戻った僕に
「Mr. MANA。日本からお荷物が届いていますよ」
とフロントスタッフがルームキーといっしょに小さな包みを渡してくれた。
そう、いよいよ“謎”のミッションが日本から届いたのである。

部屋に戻って包みを開くと、出て来たのは1冊の文庫本と便箋が1枚。
便箋の内容を以下そのまま転記しておこう。


真名哲也さま

「SUGO6」の旅、お楽しみいただいておりますでしょうか。facebookにアップされる連載手記を私どもスタッフも楽しく拝読しております。さて、先日アプリでご案内しておりましたカンボジアの旅におけるミッションとして一冊の書籍をお届けします。『王道』(アンドレ・マルロー著)

この物語は、かつてアンコールワットやアンコールトムを造営し繁栄を誇ったクメール王国に存在した“王道”をたどり、巨万の富を得ようとした冒険者達の姿が、実際に同地への冒険を行った著者マルロー自身の体験を基に書かれた作品です。

真名さまには、この本をお読みいただいた後、物語の舞台となった1920年代の冒険旅行を再現するようなオプショナルツアーに出かけいただきます。具体的にはプノンペンから小さなボートに乗って、メコン川、トンレサップ川を転々と遡上し5日間かけてシェムリアップを目指す小旅行を準備しております。クメール王国の軌跡を追う冒険の旅をお楽しみください。
出発は14日の朝でシェムリアップ到着は19日の夕方になります。
当日は専属ガイドがホテルまでお迎えにあがります。
また、今回のツアーはボートと徒歩による体力的にはかなりハードな旅となりますので、トレッキングシューズやリュックをはじめとする各種装備品を準備させていただきました。
明日、お部屋にお届けしますので必要なものをお使いください。
荷物は出来るだけ軽装備でお出かけになることをお薦めします。
残りの荷物はラッフルズ・グランドホテル・アンコールまでお運びしておきます。ご質問やご要望がございましたら、サポートデスクまでメールにてご連絡ください。
2011.5.7
SUGO6 Support Desk


「旅」と「読書」。
これらふたつの営みは共に日常から離れ“世界”へ自らを誘う活動である。
一方はリアルな空間が対象となり、もう一方は小説であればバーチャルな物語が対象となるが、実際に旅する地を舞台とする物語(小説)をその“現場”で読むという企画はきわめて巧妙かつ魅力的な仕掛けである。

“ハイブリッドな旅”とでも言えばいいだろうか?「世界一周」の旅自体が物語のようなものだが、その中に1世紀近く前のフランス人の冒険ストーリーが組み込まれるのだから、こんな楽しい体験はない。
アンドレ・マルローの『王道』は知っていたが未読の書である。
文庫本は250ページ程度だから1日あればホテルのプールサイドで読破できそうだ。

読後、その後のオプショナルツアーも含めてレポートしよう。

>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年5月10日にアップされたものです。

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