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note73: キーウエスト(2011.10.9)

【連載小説 73/100】

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(1899年- 1961年)。

つい先日ノーベル文学賞が発表され、残念ながら今年も村上春樹は受賞を逃したが、歴代のノーベル賞作家で日本人に最も知名度が高いのは間違いなくヘミングウェイだろう。

没後50周年ということもあって、雑誌で特集が組まれたり研究書が発刊されたりして、新たなブームが起きていると聞く。
多分、その作品を読んだことがない人でも、その髭面と強い眼光、カジュアルなファションを着こなすダンディな男を何かのメディアで見て知っているはずだ。

僕とヘミングウェイの出会いは10代前半の『老人と海』だったと思う。
彼の作品はかなり読んだ記憶があるが、どちらかというと短編が好きで簡潔な文体のハードボイルド作品にはまったから、代表作の『誰がために鐘は鳴る』『武器よさらば』などの長作は映画に頼った。

ヘミングウェイの魅力は何かと問われれば、作品の素晴らしさはもちろんのことながら、それらを生み出す土壌とでもいうべき彼の生き様だと僕は答える。

高校卒業後に地方紙の見習い記者として文筆業のキャリアをスタートさせ、10代後半で赤十字の一員として戦場に赴き重傷を負う。

カナダでフリー記者となり、特派員としてパリに渡り小説を書きはじめる。
行動派の創作スタイルを貫き、スペイン内戦や第一次世界大戦に従軍し2度の航空機事故に遭い奇跡的に生還する。

海釣りや狩猟を好み、趣味を超えたライフワークとしたことでも有名だが、第二次世界大戦時には自身のトローリング船を海軍に提供したという逸話が残る。

その体験をベースとした作品ゆえに数々のハリウッド映画の素材となり1954年にはノーベル文学賞も受賞するが、晩年は躁鬱に悩まされ1961年にライフルで自殺。

と、その経歴をかいつまんで記すだけでも彼の人生そのものが「事実は小説よりも奇なり」というべき物語的なものだったことがわかる。

そんなヘミングウェイゆかりの地として有名なのがここキーウエストで、ホワイトヘッド通り907番地にある「ヘミングウェイの家」は観光スポットとして世界中からファンが訪れる。

実は彼がこの家で過ごしたのはパリから戻った後の10数年で、その後キューバで20年以上を暮らすことになるから期間は意外に短い。

ただし、キーウエスト時代に『武器よさらば』や『キリマンジャロの雪』、『誰がために鐘は鳴る』など、ヘミングウェイ文学の中核をなす作品群が発表されており、作家としての円熟期をこの地で過ごしたことになる。

明日マイアミを離れるが、僕もできることならいつかキーウエストに長期滞在して小説を書いてみたいものだ。
この開放的かつ自由な空間であれば創作活動にも力が入るだろう。

ところでヘミングウェイの人生を“物語”的だと上記したが、その人物史を追えばワールドワイドな“旅行記”になる。

今回の僕の旅でいえば、8月にスペインのマドリッドに立ち寄ったが「闘牛の首都」と呼ばれる街は、まさにマタドール(闘牛士)を描いた『日はまた昇る』の舞台だった。

また、その後訪れたスイスのレマン湖もヘミングウェイの作品にたびたび登場する土地だが、彼が長く滞在して創作と釣りを楽しんだことを知った。

その活動がワールドワイドであったが故に、世界を旅すれば各地でヘミングウェイに出会えるのである。

そういえば5月にカンボジアでフランス人作家アンドレ・マルローの著作『王道』を追体験するツアーを楽しんだが、“物語的”人物であるヘミングウェイや
その作品の舞台と歴史を追う“旅行記”的な旅は、前々回[note71]に記したUncle-Tomから受けたミッションである“ニューツーリズム”のヒントになりそうだ。

偉大な人物の生涯を視座に世界や歴史を再見する旅。

そんなテーマ観光を意識してカナダへ旅立つことにする。


>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年10月9日にアップされたものです。

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