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note11 : ダナンバレー(2011.4.14)

【連載小説 11/100】

カタッ、カタ、カタ、カタッ・・・
とMacBookAirのキーボードを打っていると

窓の外、おそらく5mほど先から
ザワッ、ザワ、ザワ・・・
と木の葉が擦れ合う音が聞こえる。

様子を伺おうとキーを打つ作業を止めて耳をすませると、相手も動きを止めるのか音は止まる。

再びカタッ、カタ、カタ・・とキーを打ち出すと、ザワッ、ザワ・・と木の葉の音。

先ほどからロッジのライティングデスクに座ってこのテキストを入力している僕は、外の闇にいる“彼”と互いの存在を確かめ合う駆け引きを繰り返している。

“彼”と記したのは、その存在がオランウータンなのかテングザルなのか、それともテナガザルなのか不明だからだ。

意外とネコ科やリス科の小動物なのかもしれないが、このロッジを取り巻く熱帯雨林を構成する複雑な樹々の迷路で夜の散策をしていた“彼”は自然界とは異なる雰囲気を持つこのロッジへたどり着いた。
そして、閉じた窓の隙間からもれる僅かな灯りを前に緊張感と共にこちらの様子をうかがっている。

僕の方はといえば、今日の午後到着したダナンバレーでジャングルを流れるダヌン川のほとりに建つレインフォレスト・ロッジで最初の夜。静かな環境の中、集中して仕事をしようとパソコンを立ち上げてはみたものの“彼”の気配で仕事に集中できす、こちらもまた緊張感と共に外の様子を伺っている。

試しに咳払いをひとつしてみると、向こうから大きく息を吐き出すような音が返ってきた。

間違いない。外にいるのは「森の人」、そうオランウータンだ。

前々回、エコツーリズムに絡んで「都市(まち)の人」と「森の人」の関係性に触れたが、ボルネオ島のジャングルの奥地において、僕と“彼”は今、その縮図となって対峙している。

“文明”と“野生”がいかに巨大なマクロの対局であっても、その境界となる場所は海や山や森といった限られた領域である。
そして、その中でもさらにミクロな“点”であるジャングルのロッジの一室で僕は真剣に“彼”と不思議なつながりを感じて息をひそめている。

「エコツーリズムの未来を考える」。
ボルネオ滞在中のミッションであるこの問いかけに対する答えは、今この瞬間に確かな実感としてある“野生に近き文明”なのかもしれない。

と、キーを打ち続ける間も外で木の葉の擦れ合う音が断続的に続いている。
夜も更けた。
今日の仕事はこれで終わりにしよう。
互いに緊張感を解いて休息の時間に移るべきだろう。

デスクの上に置いたキャンドルに息を吹きかけて灯りを消すと、外の音がやや小さくなった。
このあとパソコンを終了させると、人工の灯りは全てなくなりこの部屋もジャングルの闇にまぎれる。

微かに聞こえるダヌン川のせせらぎを聞きながら眠ることにしよう。
僕の就寝を確かめた“彼”は、森の奥へと帰るのだろうか?
それとも5m離れた樹の上でそのまま眠るのだろうか?

できるなら“彼”が見る夢を共有したいものだ。


>> to be continued

※この作品はネット小説として2011年4月14日にアップされたものです。

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