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TRANS ISLAND 儚き島 回顧録

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2002年2月19日から5年間260週間をかけてオンライン配信された連載ネット小説『TRANS ISLAND 儚き島/真名哲也』。スマートフォン黎明期に掌上の端末で読む未来形の小…
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2023年9月の記事一覧

085.外敵に対する免疫力

2003.9.30 【連載小説85/260】 1778年、キャプテンクックが初めてハワイ諸島に到達した時、ネイティブのハワイアン人口は30万人程度だったと推定される。 それから半世紀も経たない間に人口は半減し、最も減少した1872年の記録では僅か5.7万人にまで落ち込んだ。 原因は西洋人が持ち込んだ結核やコレラ、ハンセン病といった伝染病の数々。 外見は逞しいポリネシアンが病原菌の前に脆かったことを意外に思うヒトは多いだろうが、これは免疫を持たなかったことに因る。 外

084.天空を夢見た100年

2003.9.23 【連載小説84/260】 世界中の天文ファンが火星接近に夢中になった今夏、島でも夜の浜辺に天体望遠鏡を持ち出して天空と向き合う島民が少なからずいたと聞く。 文明社会からこの島に来たヒトが、まずもって驚き感動するのが満点の星空だろう。 ここでは夜空がそのままプラネタリウムだ。 都会の汚れた空では星座そのものを見つけることが困難なのに対して、ここでは溢れんばかりの星屑の中に、大小の熊や白鳥に鷲、勇者までがカモフラージュされる。 そんな天空に近いこの場

083.小さな島国の現実

2003.9.16 【連載小説83/260】 月日が流れるのは速い。 先週、あの9.11同時多発テロから2周年を迎えた。 新たな世紀の幕開けにしては、あまりにも痛ましい事件の後、闘争はアフガニスタンに止まらずイラク戦争へとつながり、一応の終結をもってしても中東情勢は未だ混沌の中にある。 米国から日本に目を転じれば、北朝鮮との緊張の中に拉致問題や核問題が継続し、平和は程遠い。 そして、ここトランスアイランドとて、完全な平和の中にある訳ではないことを我々は経験した。7月に

082.コンパスポイントを求めて

2003.9.9 【連載小説82/260】 先週、島に戻った際に何よりも驚いたのが出迎えてくれたひとりの男の存在だった。 NWヴィレッジとNEヴィレッジの中間の沖合に着水する飛行艇。 そこから浜に向かう送迎ボートに乗った僕の目に、浜から手を振る真っ黒に日焼けした男の姿が止まった。 最初は同じボートに乗るツーリストを迎える島の誰かだろうと推測したが、近づくにつれその強い視線が僕に向けられているのを感じ、やがてその正体が戸田隆二君であることを確認した。 浜に降り立った僕に

081.再び島から見る文明

2003.9.2 【連載小説81/260】 夜明けの気配に目を覚まし、小さな小屋の前にイージーチェアを持ち出す。 濃厚な香りのコナコーヒーを入れたマグカップを片手に、朝焼けに光る波を見つめ、寄せる波の音に聞き入る。 旅の日々が異質な時間と空間の中に自らを置き続ける緊張の営みであったなら、島の日々は周囲の自然に自らを同化させる弛緩の時。 旅が長かった分、戻った島で開放する心身の快適さは格別だ。 しばらくすると、眠りから覚めて活性する僕のリズムが自然のリズムに追いついて