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083.小さな島国の現実

2003.9.16
【連載小説83/260】


月日が流れるのは速い。
先週、あの9.11同時多発テロから2周年を迎えた。

新たな世紀の幕開けにしては、あまりにも痛ましい事件の後、闘争はアフガニスタンに止まらずイラク戦争へとつながり、一応の終結をもってしても中東情勢は未だ混沌の中にある。

米国から日本に目を転じれば、北朝鮮との緊張の中に拉致問題や核問題が継続し、平和は程遠い。

そして、ここトランスアイランドとて、完全な平和の中にある訳ではないことを我々は経験した。7月に外交上大きな問題となったPIFによるソロモン諸島への平和維持軍協力問題である。
(PIF問題は第73話に詳しい)

旅からのどかな島の時間に戻って、個人的には豊かな気分の日々を過ごしていたが、ここ数日はひとりの男と、少しシリアスな議論を重ねている。

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ケン・イノウエ。

2月に産業エージェントとなった彼は、7月末にソロモン諸島に入った。
同国の治安安定後における産業育成協力の可能性を探るためである。

年頭のサイクロン災害時に、飛行艇による支援活動に参加した彼は、大自然の猛威の前に小さな島の空間的脆さを痛感した。

そして、それから半年、今度は治安悪化と経済停滞という内的脆さを耳にし、島嶼国家が独立して成り立つための産業はいかにあるべきかを改めて模索すべく島を後にひとり旅立ったのだ。

その後8月上旬に国連がPIFの活動を支持したこともあり、治安は次第に回復し、9月2日には国際ココナッツ・デーの式典が催され、この国を支えてきた椰子産業の未来が国家のアイデンティティレベルで語られているという。

紛争がもたらす不幸の中で、伝統を見直す確かなベクトルを感じたと彼は言う。

さて、ソロモンから帰島する予定でいた彼は、ナウル共和国にも立ち寄ってきた。
同国の主要産業であるリン鉱山の労働者による大規模ストライキの情報を入手してのことである。

ナウルは南太平洋諸国の中でも高い生活水準を維持していることで有名な国家である。
高純度のリン鉱石輸出収入がここ一世紀の国家経済を支えてきたのだが、その鉱石が枯渇寸前に至り財政が窮乏状態に陥っているというのだ。

ここでも新たな産業の柱づくりが緊急課題とされている。

政府が早期から取り組んできた海運や航空サービス、観光産業への投資策がキーになると思われ、通商島嶼国家モデルの可能性が注目されている。

それらを見て島に戻った彼と、「小さな島国の現実」について意見交換を続けているが、彼の洞察には学ぶところが多いのでまとめておこう。

まずは小さな島国の産業は、文明社会における数的力学関係の中にあるということ。
つまりはマジョリティとマイノリティの関係だ。

量の価値が先行する文明側が乏しい資産を求めて豊かにそれを持つ島へ流入する。

そこで生まれるのが、提供する側の油断。

豊富にある資源を提供するのだから、当初はそこに「安定」を感じるが、いかなる資産も中長期的に見れば無尽蔵などありえない。
提供する先の相対的数の多さは加速度的に島の資源を奪い尽くす。
そして、その期間に奪われるのはモノだけではない。

ひとたび文明に触れた地から、伝統や言語、さらには民族的誇りが失われていく事例は歴史に数知れず存在する。

で、ケンの産業育成ポリシーを聞く。

すると、「成長ではなく継続」と「継続のための調和」という答が返ってきた。

ソロモンの一次産業もナウルの三次産業も、「継続を困難にするものは何か?」「調和を乱すものは何か?」を問うところから始めるべきだという。
そこを見誤ると同じことの繰り返しになるからだ。

小さな島を包む現実は厳しい。

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月日が流れるのは速い、と冒頭に記したが、確かにそうだ。

9.11当時、僕はハワイに暮らして、この島のことを何も知らずにいた。

が、どうだろう?
たった2年の間に僕の人生は大きく変わった。

物理的に多くを持たない中に豊かさを求めながらも、ネットワークやテクノロジーの力を借りて、以前と変わらず国境を越えた創作活動をなんとかこなしている。

そして、他所では得がたい貴重な体験の数々と、そこで出会う友人たち。
重ねた時間の確かな実感と、夢が広がるこれからの日々…

多分、この島に暮らす全ての民が、僕と同じ充実感の中に、今日もこの風と陽射しを受けているだろう。

そう、文明サイドで「悲観」の歴史が重ねられる中、一方では小さな名も無き南海の島で「楽観」の時がその輪を着実に大きくしているのだ。

トランスプロジェクトが数年早くスタートしていて、あの日より前に
「この豊かさもまた、小さな島国の現実なのだよ…」
と、ここに暮らす者たちのメッセージとして広く世に提示できていたなら、21世紀は少し違うスタートをきっていたのだろうか?

そして、今からでも僕らの日々がソロモンやナウルの未来に貢献すること可能だろうか?

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

今では随分前のことになった「9.11」。
だが、20年前の僕にとって、その2年前の「衝撃」は余震のように頭と心を襲う忌まわしい存在でした。

世界はネットワークされている。
その実感を検証することが『儚き島』執筆の目的でしたが、世界を旅する中で知るのは「負の連鎖」という現実ばかりだった感があります。
自然災害は当時と変わらず繰り返され、ラハイナの街は灰となり、日本の国土は毎週のように線状降水帯に飲み込まれています。

紛争も同様でウクライナ戦争は長引き、日本の裏手に飛んでくるミサイルの数は増えました。

そんな中、SDGsの10年以上前でありながら「成長ではなく継続」と「継続のための調和」というワードを記していたことに少し救いのようなものを感じます。
/江藤誠晃



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