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084.天空を夢見た100年

2003.9.23
【連載小説84/260】


世界中の天文ファンが火星接近に夢中になった今夏、島でも夜の浜辺に天体望遠鏡を持ち出して天空と向き合う島民が少なからずいたと聞く。

文明社会からこの島に来たヒトが、まずもって驚き感動するのが満点の星空だろう。

ここでは夜空がそのままプラネタリウムだ。

都会の汚れた空では星座そのものを見つけることが困難なのに対して、ここでは溢れんばかりの星屑の中に、大小の熊や白鳥に鷲、勇者までがカモフラージュされる。

そんな天空に近いこの場所で面白いことを考えている人物がいる。
未来研究所のチーフにしてマーケティングエージェントのスタンだ。

なんと彼は、島の中に小さなプラネタリウムを作ろうとしているのだ。

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スタンの発想は常に斬新でありながら、その企ては細部にわたって入念に検討されている。
そして、彼の幅広いネットワークと大胆な行動力が企画を一気に実現へと誘導する。

もはや島の住宅のスタンダードとなったドームハウスが最たる事例だ。
当初、違和感を持って迎えられた未来形の家屋が、その経済性と環境性から今では島のオフィシャル建造物になっている。
(エージェントとしてのスタンの紹介は第37話、ドームハウスに関しては第38話を)

そんなスタンが、8月下旬にハワイ島マウナケア山頂にある日本の国立天文台を訪れ、すばる望遠鏡で火星観察を行った。

そこで彼は、そのリアルな映像に感動すると同時に、全く違ったコンセプトによる天文施設をトランスアイランドに作る計画を思い付いた。

活用するのは住宅に使用されているものよりひとまわり大きい30フィート直径約9mのドームハウス。

内部中央にフルリクライニング型のシートがひとつセットされる個室タイプのプラネタリウムだ。

一般のプラネタリウムが投影によって上映されるのに対して、ここではドームを構成する三角形のパネル個々に貼り付けられたが液晶スクリーンが複雑な宇宙を再現する。

見学者はこのシートに深く座り、シート肘掛け部に設置されたマウスユニットを操作して星界を旅することになる。

東西南北自由に視点を変えたり、世界中の様々なポイントから天体観測をしたり、季節ごとに巡る夜空の動きをハイスピードで体感したり…、といったことが可能なのだ。

コンテンツとしての天文情報は、世界中の天文関連施設とのネットワークを構築して収集し、学術的映像に加えて、各国のプラネタリウム番組を見ることも可能。

つまりは、そのデータベース力で一種の天文ポータルにもなれる。

そして、スタンのアイデアは地球にとどまらない。

彼は地球視点だけでなく、月や火星から見上げる天空の模様をコンピュータグラフィックで再現しようと考えているのだ。

ここがスタンらしいところなのだが、すばる望遠鏡でリアルな火星を見た瞬間、被写体と観測者関係の反転を着想したという。

異星に旅した人類が、その地で夜空を見上げ、満天の星空の中に青く輝く故郷の地球を探す…
そんなSF的体験をプラネタリウムの中に実現させようと考えている。

そして、この異空体験を経た後にリアルな夜空を見上げれば、ヒトの想像力は遥かに膨らむであろうと確信している。

完成すれば、既に稼動している空想紀行シミュレーションの「VRツアー」ドームと併せて、島を代表する知的観光アトラクションになるだろう。
(オプショナルツアーの「VRツアー」は第56話で紹介)

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スタンが面白いことを言っている。

曰く、今年2003年が人類にとって新しい世紀の始まりなのだと。

実は、ちょうど100年前の1903年は、ライト兄弟による人類初飛行の年であるのと同時に、人類の宇宙飛行元年ともいうべき年だった。

後に宇宙旅行の父と呼ばれるロシアの科学者ツォルコフスキーが宇宙飛行手段としてのロケット理論を完成させたのである。

『八十日間世界一周』や『海底二万里』で有名なフランスのジュール・ヴェルヌが、当時は夢でしかなかった宇宙への旅を『地球から月へ』でフィクションの中に描いたのが1865年。

当時8歳の少年だったツォルコフスキーは幼くして聴覚を失うというハンディキャップを乗り越えて、歴史に残る論文を発表し続け、1903年にその後のロケット工学の礎となる「反動推進装置による宇宙探査」を発表した。

着目すべきは、ライト兄弟がやっとの思いの動力飛行で空を手にいれていた段階で、人類はその遥か先の宇宙への旅をテクノロジーの裏づけを持って見据えていたということだ。

そして、月も火星も手の届かない場所にあったどころか、やっと鳥の仲間入りができた段階から僅か100年の間に、人類は月を踏み、火星に無人探査機を送り込むまでになった。

常に“その先”を夢想し、そこを目指す情熱と努力で未来を拓いてきた人類は、次なる100年にどこを目指すのだろう?

スタンと話していると、その答が地上ではなく天空にあるような気がしてくる。

僕らがひとまずなすべきは、小さなドームの中に21世紀のジュール・ヴェルヌとしてのシナリオを用意することなのかもしれない。

そうすることで2103年に生きる人々が少し進化したもうひとつの「天空を夢見た100年」を振り返ることができるのだから。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

20年前がライト兄弟によるリアルな人類初飛行であり、ツォルコフスキー
によるヴァーチャルな宇宙旅行元年であった…

その後の20世紀における人類の空域開拓史から考えると、2023年までの20年間に停滞感があります。

ところが、ここへきて「空飛ぶクルマ」産業が一気に動いています。
僕が空飛ぶクルマのラボを作ってその代表を務めていることを当時の僕が知れば驚くに違いありません。

この回で紹介したハワイ島マウナケアの国立天文台は1997年に当時携わっていたハワイのドキュメンタリー作品で強烈なインスピレーションを得た「天空感」がベースになっています。

あれから僕が頭と心の中で開拓し続けた「空」が今は新たなビジネスとして僕の前に広がっています。
毎月のように「空飛ぶクルマ」の講演会を重ねていますが、ジュール・ヴェルヌ
が19世紀に描いた未来のことをよく語っています。

僕の営みを俯瞰的に見ると「天空を夢見る」作業の連続だったような気がします。
/江藤誠晃




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