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大草原の小さな温泉(モンタナ州・ホットスプリングス)

 ホットスプリングス、というのはアメリカの地名である。
 アメリカの最北部にあるモンタナ州のど真ん中にある、田舎の大変小さな町だ。そもそもモンタナ州自体が大自然がウリの田舎の州(失礼)で、当然、車以外にアクセスの方法はない。延々と続いている緑の小丘をつっきる道を走っていると、ふいに町が現れるのである。

 ホットスプリングスはその名のとおり、温泉が湧いている。
 私がここに立ち寄った目的も温泉だ。歩いても多分15分で端から端までしかないような小さな町に、何軒か宿がある。各宿、部屋に浴槽が据え付けられていて、蛇口から温泉が出てくるというのがウリだ。

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 私が泊まったAlameda's Hot Springsも、こうした宿のひとつである。一泊60ドルほどとリーズナブルなのだが、到着してみるとなかなか部屋である。宿といってもホテルのようなものではなく、のどかな庭の敷地に建っているキャビンの一室だ。木目調の部屋には大きなベッドが置いてあり、かわいいパッチワークのキルトがベッドカバーとしてかけられている。

 バスルームに行くと、ホームページにあったようにほどよいサイズの浴槽がある。蛇口をひねると硫黄の香りがするお湯がドバドバと出てくる。使うのが楽しみだ。ただ、この部屋のお風呂につかる前に、私には行きたいところがあった。
 露天の公共温泉だ。

「パブリックな温泉もトライしてみたいんですけど、この町には無いでしょうか。」

 フロントのおじさんに聞いてみると、町にはいま公共温泉は無いが、ここから15分ほど車で走ったところに最高の温泉があるという。
その名も「Wild Horse温泉」だという。ワイルドそうで楽しみだ。
 ちなみにこのおじさんは、ロン毛で、ごつい腕には全面入れ墨、耳には派手なピアスで田舎に似合わぬファンキーな恰好をしていたが、見た目に反して(失礼)、親切に道順を教えてくれた。

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 道順といっても、町を出て一度左折し、右折すれば到着でいたってシンプルな道である。周囲に何もないから大変わかりやすい。
 町を出て少し車を走らせると、何もないところにポツンと看板があった。

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 周りを見回しても、近辺に温泉がある気配が無い。が、とりあえず曲がって大草原の中の砂利道を道なりに進んでいくと、確かにWild Horse温泉は現れた。が、とりあえず曲がって大草原の中の砂利道を道なりに進んでいくと、確かにWild Horse温泉は現れた。Wild Horse温泉は、キャンプ場に併設された野外温泉であった。

 日本の情緒ある岩造りの温泉とも、アメリカの高級リゾートの巨大な温泉プールともまた異なる。
受付で10ドルを払うと、画用紙で出来たようなチケットをもらえる。それをもって敷地内に入り。着替えスペースで水着に着替える。ちなみに、建物(といっても大層なものではなく、木造の小さな小屋みたいなものだが)は受付と着替えスペースだけで、あと網で囲われただけの、ちいさな敷地内は屋外である。ここに、極小プールみたいなものが8つくらい配置されている。

 Hotspringsの町でも全然人を見かけなかったのだが、家族連れや友人連れでそれなりに賑わっており、8つの浴槽はすべて埋まっている。たいてい、ひとつのグループでひとつの浴槽を使っているので、若干よそ者が入りづらい。

 一人で若干肩身が狭かった私は、遠慮がちに浴槽の周りをうろうろして、一番やさしそうな老夫婦が浸かっているスペースを見つけた。おじいさんは既にあがっている。

「私も入ってもよろしいでしょうか…?」
すると、おばあさんもこう言いながら浴槽から出てきた。

「あなたはラッキーね。ちょうど出るところなので、どうぞどうぞ。一人占めできますよ。」

 よかった。
 お礼を言って、私はおばあさんと交代するように浴槽に入った。

 見た目は古い公共プールみたいに錆びついているのだが、ゴミはひとつも浮いておらずとてもきれいなお湯である。浴槽には階段がついていて、底までつかると、身長156cmの私が立ってちょうど肩までの深さがある。

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 これは気持ちが良い。

 だいたい40度くらいだろうか、丁度良い熱さのお湯で、何より泉質がよい。
 アメリカのリゾート温泉は、法規制に基づいて塩素で殺菌がされているそうなのだが、こちらはそういうカテゴリーではないのか、まったく塩素臭が無い。硫黄の匂いがとても心地よく、日本を思い出すお湯である。

 ちょうど肩まで浸かると、敷地外に広がる大草原と、だんだん落ちる午後の太陽が眩しく、大変きもちよい。
 おまけに、浸かっていると肌がつるつるになってくる。

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 これは良いところを見つけたなぁと、お湯の中で一人ほわほわしていると、上からお姉さんが声をかけてくれた。

「湯加減はよいかしら?調節もできるわよ。」

 浴槽には定期的にお湯が入る仕組みになっているのだが(もしかして掛け流しなのだろうか)、この蛇口をひねればもっと熱いお湯が出てくるから、好きなように出してみて、という。
 熱めのお湯が好きな私にとっては、さらに喜ばしい仕組みだ。

 15時も過ぎてちょうどお客も空き始めていたので、浴槽はずっと一人で貸切状態で使えたので、私は小さな浴槽で体をゆらゆらさせたり、好きなだけ熱いお湯を足したり、出たり入ったりして休憩しながら、結局1時間くらいつかっていた。

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 ほかほかしながら車に乗って、また来た道を引き返していると、道端に馬が3頭ほどかたまって草を食んでいた。
 ちょっと通り過ぎてしまったので、後ろを確認して(当然車は一台も来ない)5メートルほどバックして、馬たちのすぐ横に車をつけた。

 草をはむはむしながら、そのうち一頭の白馬がサイドミラーに鼻先を近づけてきた。馬は近くで見ると、とても大きいし可愛い。

 そのときにふと、腑に落ちた。
 なるほど、「Wild Horse」温泉である。

 その晩は、宿の部屋でも浴槽に温泉をたっぷり貯めてじっくり浸かり、翌朝も部屋に残っている硫黄の匂いで目をさまして朝風呂に入った。
 つるつるほかほかになってHotSpringsの町を後にしたのであった。大変気に入った町でした。周りに何もないが、機会があればぜひまた行きたいところである。

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