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#13 羅臼~標津~中標津 行くか・行かないか

 羅臼を発ってからの運転は、寒く苦しく辛かった。なるべく雨と風に当たらないよう身を小さく屈めながら走り、後半はいよいよ無心状態だった。ずいぶん長く、もう何時間も耐え続けたような気がするが、実際には30、40分程度だった。

 寒さと尿意にいよいよ耐えられず、標津(しべつ)町のコンビニに立ち寄り、ホットの缶コーヒーを手に取る。ひとまずの安堵からか、何も考えずにレジへ持っていったところ、店員が「まだぬるいですが、熱いのと替えますか?」と、気を利かせてくれる。熱いのに取り替えてもらい、それを飲むために、また寒い外に出る。

 今日は、これからどうしよう。当初の予定では、このまま海沿いに根室まで行き、そこから太平洋側へ出て、厚岸(あっけし)の手前隣である霧多布(きりたっぷ)岬を目指すつもりであった。霧多布岬キャンプ場は、地図では夕日がキレイとあったのと、すぐ近くに町と温泉があり、ロケーションとしては良さそうだと期待していた。しかし、この天気では景色どころではないし、到着時間も読めない。じゃぁ、どうする? 自問して、計画を練り直すためにコンビニのわずかな屋根の下で雨をしのぎつつ、地図を眺める。
 やがて、多摩ナンバーのバイクがやってきた。いやー、寒いっすね!という彼も、計画変更のためにしばし休憩のようで、ぼくは地図を、彼はスマホを頼りに各々、考え込む。
 がんばれば霧多布までなんとか行けるんじゃないか? いやしかし、行ったところで辛いだけで、得るものはない。それならもう少し近場で早めに落ち着いて、旅の修正をしよう。曲がってしまったテント用のペグの補修なり買い足しや、洗濯物も溜まり、そろそろコインランドリーへも行かなければならなかった。そうだ、そうしよう。そう決めて、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲む。するとまた、やはり霧多布まで行けるんじゃないかと、葛藤がぶり返す。
 今日これから、根室を周って霧多布まで、行くだけならとりあえず行けるだろう。しかし行くにあたって、Mustな理由もWantな理由もない。それよりも、一度ここで旅の整頓をした方が合理的なはずだ。なのに、なぜ計画変更に納得できないのか。

 昔、学生の頃はワンダーフォーゲル部たったという友人に、どうして山に登るのか、訊いたことがあった。すると彼は、そこに山があるからじゃないですかね、と答えた。
 どうしてわざわざ苦しい思いをして山登りなんてするのか。その苦しみは、山頂へ達したときの感動や満足感とは全く等しくなく、もっと大きい。雨や霧で景色なんて全く観えないこともあるし、膝痛のあるぼくにとっては、登るより下る方が大変である。ぼくも少しだけ登山をかじったことがあり、屋久島、立山、塔ノ岳、富士山、他にいくつかあるが、毎度、本当に涙が流れる痛みを伴った。それでも山に登った。動機はよく覚えていないが、少なくとも登頂の感動や達成感のためではなかった。だから、『そこに山があるから登る』ということがある種の真理だと、体感としても分かる。それと同じで、そこに道があるから走ろうとするのか。

 しかし雨は、ペースが落ちる。交通のスピードもそうだし、寒くて休憩が増える。とりあえず霧多布に着いたとして、テントを張って温泉へ行って、スーパーか商店を探して戻って、薪に火をつける頃には何時になっているのか? 加えて、いずれにしても近日中には溜まった服の洗濯をしなければならない。
 そうして、諦めた方がいい理由をしっかり揃え、自分を説得した。ここから隣町である中標津のキャンプ場に営業の確認の電話をし、そこに決めた。多摩ナンバーの彼は、キャンプを止めてホテルを手配していた。
 
 空港もある中標津は、根釧台地と呼ばれる、いわゆる道東の要所な町なのであろう。町の中心の通りにはビジネスホテルに温泉、コインランドリー、スーパー、居酒屋が、町外れの国道沿いにはホームセンターや全国チェーンの飲食店が揃い、物質的な便利さでは、関東の郊外にいるのと変わらない暮らしができそうだ。ホームセンターでテント用のペグを買い足すことができ、これでひとまずは多少の強風でも安心できる。店外に陳列されていた薪は、吹き込んでくる雨で箱がいくらか濡れている。湿気ているかもしれないと、念のためバーナー用のガスも買った。

 激しい雨で視界が悪く、入口の看板が見えずに迷った緑ヶ丘森林公園キャンプ場は、サイトにバイク乗り入れができて1張220円。向こう側には、車の乗り入れは禁止だがきれいな芝生が広がっている。こちらのバイク専用サイトは、乗り入れできるかわりに芝生でなく土の森で、あちこちで木の根っこが盛り上がってデコボコしている。
 ぬかるみもあって、転ばぬように両足を着きながら慎重にバイクを操作する。小さい子供が補助輪を取ったばかりの自転車を蹴り進めるような格好で、誰にも見られたくないなと、緊張と焦りが入り交じる。

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 設営を済ませ、昨日までの3日分の洗濯物をまとめて街中のコインランドリーに行くと、本州ナンバーのバイクが2台あった。みな、考えることは同じようだ。洗濯を待つ彼らは漫画本を読んでいたが、ぼくはその間、ビジネスホテルにある温泉へ行った。

 他の車と同じようにバイクを駐車場に停めると、フロントからスタッフが出てきて、濡れてしまうからこちらへどうぞと、屋根の在るところを教えてくれた。ホテルの入口からは靴を脱いで上がるのだが、ぼくは合羽も脱がずビショビショの靴下のまま、館内を歩いてしまった。先ほどのスタッフの心配りとは逆に、自分はずいぶんと無神経なもので、温泉の脱衣所まで来てからそのことに気付いた。もし振り返れば、カーペットには濡れた自分の足跡が残っていたかもしれない。
 温泉は、いわゆるスーパー銭湯をコンパクトにした感じで、浴場には数種類の湯船がある。雨と寒さで頭がいっぱいだったが、一昨日までの手首と足首の日焼けが痛いことに気付く。特に手首はお湯に浸けると耐え難い痛みで、湯船から顔と、不自然に両手を出しながら浸かった。

 ホテルを出て、コインランドリーで洗濯物を回収し、途中のスーパーで夕飯の調達をする。何か北海道らしいものをと、殻付きホタテにジンギスカン、厚揚げにインスタントラーメンなどを買って帰る。

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 バイク用のキャンプサイトには、他に3台のバイクと3張のテントがあった。火をおこし、ホタテを焼き始めたころには、森は薄暗くなっていた。すっかり暗くなった頃、一台の新型のハーレーがやって来たと思ったら、人が降りてこちらに来て、「すいませーん!受付ってどこですかぁ?」という声が響いた。その垢ぬけた威勢のいい声が、俳優の岩城滉一のように思えたのは、ここが北の国だからか。
 いやー寒いっすね。焚火いいですね!と、他のライダーも声を掛けてくる。暗くて寂しかった森が、ちょっと温かくなった気がした。キャンプをするライダーはたくさんいるが、焚火をするのは車で来た人ばかりで、ライダーではあまり見かけない。多くはガス火かコンビニ飯だ。それはそうだ。焚火台なんて荷物だし、薪の調達や火を起こす手間もいる。しかし、だから一人の長い夜が楽しい。

4日目 サロマ湖~網走~斜里~ウトロ~羅臼~標津~中標津

4日目


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