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#21 帯広 また飲みたくなる店

 ジーパンの乾燥を待つ間、1階のカフェ&バーの店員に、付近でおススメの店をいくつか訊く。ぼくの仕事柄、日本酒のメニューが豊富な店が気になるが、どうもそこはバー使いのような店だった。腹が減っており、しっかり食べて飲める店となると限られる。その中で、いくらか日本酒がありそうな店をネットでも調べたが、いまいち様子がわからなかった。3軒に電話を掛け、一人でも食べられそうなメニューとカウンター席の有無を確認し、そのうちの1軒に予約を入れた。
 乾いたジーパンに履き替え、ホテルを出るときには雨は、傘はなくても我慢できる程度には小降りになっていた。予約した店は大通りから少し入ったところにあり、和モダンのしつらえの入口に期待が高ぶった。入ってみると洒落た内装だが、カウンター席の椅子は、会社の役員が座るような黒のソファ椅子で、少し仰々しい感じがした。ゆったりと座れるカウンター席の向こう端には、新聞が雑然と置いてあり、上にあるテレビではニュースが映っていた。高級感か家庭感か、ちぐはぐな雰囲気だった。客は、他に個室の一組だけらしく、ずいぶんと空いているようだった。

 刺身の他、なにか北海道らしいものをと思い、氷下魚(こまい)にカスベの一夜干しなどを注文した。日本酒は、受け皿にビードロを置き、ビードロからこぼすように酒を注ぐ。いわゆる大衆酒場で、コップから溢すほど注いでくれる昔のサービス風情ならともかく、小さなビードロからちょっと溢して数百円。料理はどれも美味しかったが、ちぐはぐなお洒落さと値段の高さに少しがっかりした。別に悪いわけではないが、新宿駅から少し歩いたところに在り来りそうなセンスを安易にコピーした店のように思えた。銀座や神楽坂でもなければ荒木町でもなく、新橋、五反田、大塚でもない。新宿か池袋、そう思わせるなにか。それで、早々に一軒目を後にした。

 二軒目は、もともと気になっていた店だった。前回に帯広に来た際はあいにく満席で入れず、さっきホテルを出る前にも電話したが、はやり満席で断られた。だから、ダメ元で3度目の再訪だった。ドアを開けるとちょうど出る客がおり、タイミングよく入ることができた。
 炉端焼きの店で、カウンターの上には、干物に野菜串、きのこや練り物などがたくさん並んでいる。木造の、年季を感じるいかにも昔らしい情緒で、入ったときのBGMはイルカのなごり雪だ。

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 女将さんは、長年、旦那さんと一緒に店を切り盛りしてきたが、旦那さんを亡くされてからは主人として引き継ぎ、今でもこうして店を守っている、と勝手に妄想するような、そういう風格があった。ほかに50代以上と思しき女性スタッフが2人おり、3人ともキビキビと動く。炉端焼きといっても炭火ではなくガス火で、酒は本醸造や純米のいわゆる安い酒である。
 「はいよ、塩で食べてね」「そこに醤油があるから」。新たな客が来ると「ごめんねいっぱいなのよ。また今度来て」、「はいお釣り、三百万円」。という具合に、ユーモアを交えつつ女将さんたちの小気味のいいリズムが続く。
 しかし、和やかで温かい雰囲気かといえば、そういうわけでもない。スタッフの動きが女将さんの思ったとおりでないときは、厳しい指摘が入る。厨房内に無駄話しは一切なく、緊張感があるのがわかる。リズムの合わない客には目を合わることもしないし、間の悪い入り方をした客には、冷ややかな断り方もする。それでいて、合う客には笑顔で冗談も言うし、好みを訊いたりもする。
 昭和歌謡とともに、昔と変わっていないであろう、どこか懐かしい時間が流れる。この店は、それでいい。それが旨い。美味しい酒がある店と、美味しく酒が飲める店は、全く別物だと、つくづく思う。
 すでにお腹はいっぱいだが、まだここに居たいからと、つい注文する。飲み切れそうにないから値段はそのままで酒は半分でいいと頼むと、それは申し訳ないからと、徳利いっぱいまで注がれる。

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 すっかり飲みすぎてしまった。雨はポツポツといった程度で、散歩がてら街をぶらついた。天気のせいかコロナのせいか、出歩く人は少なく、街は閑散としている。夜の店のある通りでは、客を待つタクシーが数台、暇そうに停まっている。濡れた路面に映るビルのネオンが、街の生気をなんとか保っていた。
 気になる店があれば入ってみようと思ったが、満腹だったこともあって足が向かわず、とうとうホテルまで戻ってきてしまった。それでも、寝るにはまだ早いし、部屋に籠ってテレビというわけでもない。本来であればまだ焚火の時間である。ホテルの1階にあるカフェは、夜はビアバーになっており、そこのカウンターに座った。スタウトのビールにナッツをつまみながら、持ち歩いていたツーリングマップルをてきとうに眺める。

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 奥から、夕方には見かけなかった別の店員が出てきた。ぼくがツーリングマップルを開いているのをみて、バイクで来たんですか?と、声をかけてきた。ハンチング帽を被って両腕にタトゥーという様相からすると、なにか凝った嗜好でもありそうなお兄さんだった。訊けば、かなり古いハーレーに乗っており、ずいぶんと改造しているらしかった。
「帯広といえば? そうだなぁ、インディアンカレーと豚丼ですかねぇ。そんなに他と変わらないんじゃないっすか?」と、帯広についての反応は素っ気ない返答だったが、十勝はいいところで、移住してくればいいのにと勧めてくる。バイクや土地の話を肴に、二杯目はスコッチを頂いた。

 部屋に戻り、テレビでニュースを観た。昨日、今日と荒れた天気は台風並みだったらしく、函館の浸水被害の様子が映っていた。北海道はどこも荒れており、川の氾濫や倒木など、大雨の被害が他にもあちこちにあった。今日、行き先が違っていれば、ぼくも危なかったかもしれなかった。

6日目

 6日目。中標津~弟子屈~阿寒~足寄~帯広

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