#12 知床半島 晴れのち雨・雨

 まだ雨の心配があった斜里から知床まで走ってきたが、どうやらこちらは天気がいい。合羽を脱ぐためにウトロの道の駅へ寄ったが、その隣にある知床世界遺産センターに気が向いてしまった。
 駐車場の半分ほどは車で埋まっていた。施設に入ってみると、幾人もが展示された写真や解説に見入っていた。展示されている動物たちや自然の写真はダイナミックで美しい。博物館のように詳細で丁寧な情報がたくさんあり、つぶさに読み込んでしまう。知床の気候や風土、動物たちと人間の関わり方などを学ぶことができる。
 自然界で出たゴミは、食物連鎖や菌たちの分解を経てまた自然に戻るが、人間が造ったゴミは、そのままでは自然には還らない。まず自分にできることは、自然にゴミを残さないこと、ゴミをきちんと分別すること。自然界に安易に足を踏み込まない事。改めて誓う。しかし一方で、旅の途中で買ったのに捨てることができず、バイクに積んだままの空き缶やペットボトルを、どうにかしたいとも思う。

 かるく流し観て終えるつもりであった道の駅の施設だったが、想定外に時間を費やしてしまった。昨夜はホッケやタラバガニのレトルトカレーを食べたとはいえ、写真にして人に見せられるような、いかにも北海道らしい海鮮は、まだ食べていなかった。そろそろ昼時なこともあってなにか食べようと、町の海鮮丼屋へ入る。観光地に近く、値段は高いであろうことは予想していたがしかし、ウニ丼が5,000円とある。地元の人が普段これを食べるはずはなかろうが、まぁいいや、と頼んだ。しかし今日はまだウニが入荷しておらず、ウニはできない、イクラ丼か鮭とイクラの親子丼ならどうですか、という。無いならいいですと、何も食べずに店を出た。
 せっかく北海道へ行くのなら豪華なウニ丼でも食べろ、と人に勧められたこともあって、一応はそれらしいことでもしようかな、くらいのつもりであったが、それほどウニが好きなわけでもない。それにいかにも観光ですという食事より、地元の人が普段スーパーで買って家で食べるような食事こそ、本当は欲しい。
 前回の北海道の旅では、北海道に来るまでの途中、福島県内でスピード違反をしてしまい、その反則金をウトロの郵便局で払ったことがあった。そして今度は、こちらから望んだウニが無い。自分のせいではあるが、ウトロとはまだ良い縁がない。

 しかし天気はすっかり良く、いよいよ知床峠へ向かう。いつかは、ここで1泊してトレッキングするとか、しっかり時間と足を使って土地を感じたいと思うが、今回も、ただ走って通り過ぎるだけの予定である。あれもこれもと色々なことを求めて、じっくりとそこに居られないのは、まだ若いからか。
 R334はなだらかにカーブしながら、ゆっくりと標高を上げていく。鹿の飛び出しに注意しながらも、青空の向こうに栄える羅臼岳に、ついスピードが上がる。しかし、やがて羅臼岳の裾野あたりには雲が見えるようになり、標高が上がるにつれ霧がたち、濃霧となり、知床峠の駐車場に着く頃にはついに雨となった。景色などは全く見えず、もはやここに留まる理由はない。

 再び合羽を着、早々に下る。晴れて緩やかだったウトロ側とは違い、羅臼側は雨と急なブラインドコーナーが連続する。視界は10m先も満足に見えないほどで、前を行く車のブレーキランプを頼りに慎重に走らせる。3シーズン用のグローブはビショビショで、すでに手が冷たい。羅臼の町の近くまで下ったところにある温泉、熊の湯で温まろうかとも考えたが、迷っているうちに温泉を通り過ぎてしまった。
 熊の湯は、熱すぎるのだ。湯船にはホースがあって、水を足してお湯を冷ますこともできなくないが、その行為は、羅臼の地元の客がいれば、怒られる。この熱いのが熊の湯なんだ、よそ者が余計なことをするな、という形相で、実際にホースを蹴とばされたことがあった。郷に入れば郷に従うまでだし、そういう荒っぽい態度は漁師町らしくていい、なんてその時は思ったし、今も改めてそう思う。そういうわけで、迷って躊躇しているうちに通り過ぎてしまったのだ。
 寒い。そして腹が減った。道の駅 知床・らうすで今度こそ何か食べよう。そうして立ち寄ったが、悪天候にも関わらず2階のレストランは行列をなしている。こりゃだめだ。

 ぼくの知る限りでは、北海道の道の駅でもっとも魚介が豊富なのがここで、今日もかなり賑わっている。もし羅臼付近に泊まるなら、夕食は絶対にここで調達するな、などと仮の妄想をするが、あいにく、今は昼時だし、今夜は羅臼に泊まるつもりはない。無念な妄想だった。ご飯が食べられないことの無念さが勝り、今夜の晩ご飯を具体的に考えることもなかった。

 羅臼から海沿いを半島の先端方面へ向かうと、まさに海岸に瀬石(せせき)温泉がある。ドラマ北の国からに登場たこともあって有名だが、満潮時は海に沈むため、入るにはタイミングが要る秘湯である、しかしここは、逆に湯がぬるい。脱衣所もないから温泉に浸かる間に衣服も濡れてしまう。それで、羅臼のどこに行こうとも思えなかった。予定とおり、南へ向かうことにする。

 昨日から一緒に持ち運んでいたゴミのうち、空き缶だけは捨てることができ、かじかんだ手指がある程度動くようになったら、再び出発する。バイクに跨るために足を上げるのが、ひと苦労に感じるようになってきた。

 R335の道幅は広く、カーブも交通量もないが、雨で視界が狭く、寒さで指の動きが鈍くなり、風を少しでも避けようと、体は小さく縮こまる。急いでいたつもりだが、いつのまにか後続の車に迫られる。争いごとは苦手で、競争などは絶対にしないし、追い越されたってどうということはない。別に煽られているわけでもない。しかし、こちらもそれなりに急いでいたつもりなのに一般車に追いつかれると、何だか悔しい。落ちていたスピードを再び上げた。

 手が寒いとき、足元のエンジンを湯たんぽかカイロ代わりにして手をあてて暖を取る。信号待ちのときはもちろん、ギアチェンジをする必要のないような道であれば、走りながら左手をエンジンにあてる。昨日までは憎らしいほどに暑かったのが、今日はTシャツ2枚に長袖シャツ2枚、それに合羽を着ているが、寒くてしかたがない。時刻は13時過ぎ、気温は14℃。道東は涼しいとはいえ、真夏でこれかぁ。

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