#16 根室~中標津 不安な夜

 土地はもて余すほどに広いはずで、44という若い番号の国道ならそれなりに交通量もあるはずだが、国道44号は片道1車線で、しばしば続く追い越し禁止区間では、1台のトラックの後ろにずらりと車が溜まって連なる。電車ごっこのような風景だ。追い越し禁止区間が終わっても、道がカーブしていて対向車の有無が見えなかったり、または向こうに対向車が見えるなどして、追い越すに追い越せないという状況が続く。

 やがて、その長い列を飛び出していった勇気あるものは1台の白いスポーツカーだけで、他のみなは結局、連なったままの現状維持である。ぼくは、そんな車たちを横目に少しずつ順位を上げ、お先に失礼しますと、最後は5位から一気に1位に躍り出て、先を急ぐ。途中で北北西へR243に曲がると、景色は森から牧草地帯に変わり、快走する。

 大牧草地帯である別海町は、町の中心に向かうにつれ、車屋やメーカーの工場、事務所や銀行などの建物が徐々に現れる。牧草地帯から町へと景色が変わっていく様は、アメリカの郊外を走って目にする変化と似ている。地図では、この辺りに一軒の寿司屋があるはずだったが、どうやら見過ごしたようだ。じっくり探さなければならないほど店や建物がたくさんあるわけではない。国道沿いにあって気付かぬような店なら、きっと小さくて、地元客向けの飲みの寿司屋だろうか。そういうところにも行きたいのだが、それで食べるだけで飲めないのは、逆に酷である。それなら行かない方がいい。そう解釈して、ここでも寿司を諦める。
 もう、100円寿司でもどこでもいい。とにかく、今夜は自炊せず外食にする、と決め込む。やがて目的は寿司でなく単に外食に変わり、中標津の街を流して気が向いたところに入ろう、ということになった。

 中標津に戻ったのは18時過ぎだったが、曇り空のせいもあって、辺りは暗くなりかけていた。外食できれば、もはや店はどこでもいいとは思っていたが、やはり気が変わり、全国チェーンではないところにしたい。しかし、当てもなくウロウロし続けるのも嫌だと、悔しいながらにGoogleマップを視る。すると、すぐ近くに寿司の根室花まるがあるではないか。それなら、テイクアウトしてテントへ戻り、焚火をしながら食べよう。これは妙案だと、晴れた気持ちで店に向かった。

 予想どおり、店は順番待ちの客でいっぱいだった。そこを、得意げにテイクアウトを頼むと、それでも40分待ちだという。え、テイクアウトで?と、念を押して確認するが、返事は変わらない。浅はかに膨らんだ期待は、たやすく弾けた。諦めと疲れか、観念したように、なら、店内飲食で待ちます、と順番待ちの用紙に名前を記入しようとした。すると店員が「お客様、お一人ですか?」と訊き、一人なら用紙は記入しなくていいです、こちらへどうぞ、と一席だけ空いていたカウンターへ案内してくれた。ラッキーだった。順番待ちしている客はみな、家族や夫婦、友人同士など2名以上だった。

 勢いのある人気の北海道寿司チェーンはどんなものかと、わくわくしてメニューを眺める。花咲ガニの鉄砲汁は北海道らしいね。あれ、鯵に秋刀魚がない。秋刀魚はまだ季節じゃないからわかるけど、北海道で鯵は馴染みがないのかね、などと関東との違いを探すが、さほど大きな違いがあるわけではなさそうだ。ここでは『二階建て』といって、ネタが2枚乗った寿司が売りのようで、ホタテ、ブリ、ズワイガニなどがあった。一応は食べてみたが、舎利とのバランスからすると、普通サイズの寿司のほうが好みであった。
 混雑している店内に、店員の声が威勢よく飛び交う。そのなかの注文内容の声をよくよく聞いていると、人気はどうやらハンバーグ、サーモン、和牛サーロイン。次いでザンギ、しめ鯖といったところか。子供客が多いせいもあるだろうが、嗜好は関東と変わらなそうだ。北海道だからといって、皆がみなウニやイクラ、カニばかり食べているわけでないのはわかるが、どこかに文化の違いはないかと探したが、目新しい違いは見つからなかった。お酒は飲まず、最後は花咲蟹の鉄炮汁で〆て、会計は4千円とちょっとだった。
 
 キャンプサイトに戻ったのは、とうに19時を過ぎていた。車両出入り口の門限は過ぎていたが、バイクが出入りできる程度に隙間が空いていた。
 今朝は6張あったテントが、今夜は2張になっていた。ぼくと、もう一つは、今夜も連泊すると言っていたヤマハのおじさんのテントだが、バイクはなく、テントに灯りや音、人が動く様子もない。おじさんは、まだ戻っていないようだ。

 おじさんの帰りを待つわけではないが、コンビニで買った小瓶の日本酒を飲みながら、焚火をして過ごす。昨日買った薪は、製材された杉か檜の余りのようでまだ新しく、今日の雨でさらに湿気てしまったせいか、よく世話をしないとすぐに火が消えてしまう。
 すでに22時半を過ぎた。おじさんは無事だろうか。夜の雨の森にひとり。心細さは、トイレに行くときに不穏な気味悪さに変わる。気を紛らすために、なぜかチェッカーズの涙のリクエストを歌いながらトイレへ向かった。

5日目 中標津~厚岸~霧多布~根室~中標津

5日目


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?