いつもそばにあるもの

ズズズズズ

 芳醇な香りとわさびの辛味。これはうまい。
気になっていた駅前の高級そうなお蕎麦屋さん。初めての給料日のランチにこのお店を選んで正解だった。
わさびをそばにチョンとのせて、下半分をつゆにつけて食べる。これがざる蕎麦のツウな食べ方だ。いつか嵐の松潤がテレビで言っていたのだが、これが本当に美味しい。もう私はわさび抜きにざる蕎麦を食べることができないくらいだ。

 子供の頃、父に近所のお蕎麦屋さんに連れて行ってもらった。当時、休日の育児は父が担当で、母は休む日だったらしい。まあ、蕎麦屋と云ってもチェーン店で、子連れで行くにはちょうどよかったんだと思う。
 食べる前、いつも父は「わさび、パパ欲しいからちょうだい」って言ってくる。私はわさびが食べられなかったし、パパは辛いのが好きだからちょうどいい。父の薬味皿で山盛りになったわさびが、食べ終わる頃にはすっかり無くなっていることが可笑しかったのをよく覚えている。

 私が成長するにつれて父とのお出かけはなくなり、私はわさびが食べられるようになった。

 大晦日。仕事納めをして実家に帰ると、父が「年越しそばを食べに行こう」といつものお蕎麦屋さんに連れて行ってくれた。久しぶりのこの店、この空気。チェーン店のそばでも、あのツウな食べ方をしたら結構イイんだろうか。ワクワクしながら箸を持ったその時。

「わさび、パパ欲しいからちょうだい」

…困ったな、私はもう。

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