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【のり弁ピース・マニマニ編】 第1話(全4話)

 ある日、世界が燃えていた。どこからどこまでが炎なのか黒煙なのかわからない業火。一瞬の閃光と、遅れて聞こえるドォーンという爆音。土埃なのか粉塵なのかもわからない中、建物だったであろう瓦礫を必死に掘り起こす人。黒い血を頭から流す怪我人を走って担架で運ぶ人。涙を流しながら大声で何か叫ぶ人。スマホ越しに見る映像に、私は声が出なかった。そこは大切な旧友、Benの住む国だった。「なぜ突然戦争に?Benは無事なの?」
 戦争を伝えるニュースは今までも何度か見たことがある。見るたびに心を痛める。そこには自分と同じような普通の庶民の暮らしがあったはずなのに、テレビ画面に映し出されるのは、土埃にまみれて泣く老人、女性、子ども…。そんなニュースを見るたびに、「なんで戦争なんてするの。」そう思い、切なくなる。しかし同時に、どこか違う世界で起きていることのように感じてしまう自分もいた。

 でも今回は違う。大切な友人が住む国だ。私とベンが住むこの世界で起きている現実だ。でもなんで突然に?先月メールした時だって戦争の「せ」の字も書いていなかった。大嵐の日に、家の前で停まっていた車の下で弱々しく鳴いていた子猫が彼の家にやってきて今月で3歳の誕生日を迎えたこと。可愛いその子の求めに応じるままにゴハンをあげていたら少し太ってしまって、最近は心を鬼にしてダイエットさせていること。そういう自分も運動不足で太り始めてしまったので朝のウォーキングを始めたこと。でもそんな運動は辛いことではなくて、40歳をすぎたタイミングで運動を始めたことは今後の人生に大きなプラスをもたらすラッキーだと思っていること。
 冗談を交えて綴られたそのメールは、20年前とまったくかわらないベンの優しさとユーモアとポジティブさを伝えてくれた。そこには平穏しかないはずだった。

 慌ててパソコンを開き、メールを確認する。しかし、返信はない。それはそうだろう、突然始まった戦争で私にメールを送る余裕などあるはずがない。情報を集めようとネットニュースを開く。記事によれば、ベンの住む国の隣国が一方的に開戦したらしい。日本から遠く離れた国だからなのか、日本ではあまり馴染みのない国だからなのか、いや、その両方の理由なのだろう、情報はそれだけだった。どの記事を読んでも内容はどれも同じでそれ以上の情報はなかった。
 無事でいて、Ben。私はパソコンデスクの前に座ったまま部屋の天井を見上げ、祈った。涙が頬をつたった。

 Benと出会ってもう20年ちょっとだろうか。彼は大学時代の友人で留学生だった。ただ、最初から気が合う仲間というわけではなく、お互い顔は知っているだけの同級生だった。
 大学の2回生が始まった頃、彼は真面目でよく勉強をしていて講義はいつも前の方に座っていた。あまり勉学を好まない私は当然のように1番後ろに座るので、物理的なその距離がそのまま心の距離だった。彼は他の留学生同様に日本語に堪能で、コミュニケーションをとるのに問題がないことは知っていた。しかし、自由を謳歌するために(今思えば単なる暇つぶしかもしれない)大学に来ている私と、勤勉に知識を吸収するために大学に来ているであろうBenに友人になる接点などどこにもなかった。
 
 2000年代初頭のあの頃、何があってそうなったかは忘れてしまったが、アメリカ産牛肉禁輸措置とやらで世間はワイワイ言っていた。2回生が半分すぎた頃、私は同じく『後ろの席同盟』の腐れ仲間イチとコーに、おなかもへってないのに牛丼チェーンの吉田家によく付き合わされていた。
 「なんでアンタたち毎回私を誘うの?私、かわいい女子なのに、こんなに牛丼、じゃなくて豚丼ばっかり食べてたら太っちゃうじゃん。」それを聞いたイチが私をからかう。「マニマニ、君は女性かもしれないが女子ではないんだ。」「どういう意味?」「俺は女子とは緊張してしゃべれないからな。」「なおさらどういう意味よ!!」そこへコーが割って入る。「まあまあ、マニマニはいいやつだってことだよ(笑)」イチが吹き出し、そしてうなづいた。
 私はそんなイチをにらみつけながら、内心は少しも怒っていなかった。本当にただの腐れ仲間だけど、彼らといるとラクで楽しかった。自分が何者でどうするべきなのか、そんなことを考える必要もなく、ただ『素』のままの私でいられた。心地よかった。
 ただ、そう思った直後に「食いっぷりもいいしブー」とアニメのブタキャラのマネをしたイチには本気でキレた。
 
 そんないつもの吉田家からの帰り道、私たちは珍しく河川敷を歩いていた。「しっかし豚丼1杯280円って最高だよな。」「早い、美味い、安い、最高!」何回聞いただろうかそのセリフ、イチとコーはまだ吉田屋の話をしていたのをよく覚えている。大学の近くのその河川敷、あれはなんという川だったのだろう、今はもう覚えていない。しかし、耳にこびりついた豚丼280円の会話の直後、私たちは見た。 

 その情景は今でも鮮明に覚えている。日が暮れかかり、ピンクとパープルの混じった空、揺れるすすき、1台のママチャリと川のほとりに座りギターを弾くBenの後ろ姿。そこだけ時の流れが遅くなったような透明のある幻想的な景色。それなのに、耳に届くギターの音色は私の中のワクワクを呼び起こす。トクン、トクン、トクン。脈が早くなる。どこまでもハッピーで軽快なその音色に、私の心は踊りだし、気づいたら彼に話しかけていた。 

 Benがギターを奏で、私が適当でよくわからない歌をわめき、イチはドラムのリズムなのか、ダッダダ ダッダダ叫び、コーはひたすら笑いながら踊ってた。30分、いや1時間?とにかく長くて短い時間、私たちは歌って踊って笑った。
 太陽が山に吸い込まれかけた時、イチが「バンド組もうぜ!」と言った。

 「Benのように最高にハッピーになる演奏をしたい!be happy… be Ben…。バンド名はHappy bebenだ!」

 こうしてある日突然、私たちは4人はハッピーべベンという仲間になった。

あの日のBen

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