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【のり弁ピース・マニマニ編】 第2話(全4話)

 こうしてある日突然、私たちはハッピーべベンというバンドを組んだ。しかしBen以外の誰も、言い出しっぺのイチでさえも音楽の経験がなかった。そして当然楽器もない。そんな私たち3人にBenは大ウケ、大爆笑。「イイジャン、イイジャンw!そういうノリ、ボク大好きダヨ!」大学では見たことがないBenの顔だった。
 「だよな、Ben!サンキューポジティブ!じゃあまず目標を立てよう!クリスマスイブに初ライブな!」大口を叩くのはいつもイチだ。「アンタ何言ってるの、まだ何にも弾けないのに。それにあと3ヶ月ちょいしかないじゃない。」「まあまあマニマニ、俺も賛成だよ。おもしろそうだ。俺はベースやってみたかったんだ。」コーは相変わらずニコニコとまとめる。「よし、じゃあマニマニ歌え。俺はドラムだ。そんで明日からしこたまバイト行くぞ。まずは楽器を買う!!」
 私たち3人は日払いのバイトをこなして、すぐにコンパクトに収納できる中古のドラムとベースを手に入れた。留学生のBenはアルバイトが制限されているので、その間練習する場所の情報を集めてくれた。若さと奔放さだけが私たちの取り柄だった。

 昼の学生食堂は多くの人で混乱しているようで実にまったりしている。おなかを空かせた学生の顔ぶれも、食堂スタッフのおばちゃんの手際も安定しているので、一定のリズムで列は進むし、テーブルも回っていく。「で、楽器が手に入ったわけだけど、何から始めたらいいのかな?」大盛りわかめうどんをフーフーしながらコーが言った。
 「そりゃ練習だろ?なあBen?」「まあそうダケド、ライブまで時間ナイから、演奏する曲をまずは1曲決めるべきジャナイかな?」「私はあの日、Benが弾いた曲をみんなで演奏したい。」全員、満面の笑顔でうなづいた。「Happy be ben。ハッピーべベン、俺たちの原点の曲だもんな。」イチが何故かドヤ顔している。「原点て、まだ始まってもいないのに(笑)。」コーがグサっと刺す。「Hahahaha…ウケル!」Benはこのやりとりにひとしきり大笑いしたあと、その曲について教えてくれた。どこまでもハッピーで軽快で、心が踊り出すその曲は、Benの母国のjazzバンドの曲だという。
 「ボクのお気に入りの曲、家族とドライブで歌った思い出の曲ダヨ。それをこうして、日本で、トモダチとバンド演奏できるナンテ最高だよ。みんなありがとうね!」そう言ってBenは手を挙げた。「演奏できるかは、これからの練習次第だけどね。」コーが冷静に言いながらBenとハイタッチをした。私とイチもあとに続いた。「何言ってるの、できるに決まってるでしょ。ね、イチ?」イチのドヤ顔がウザキモい。学生食堂は相変わらずガヤガヤと、しかしまったりとしていた。
 
 私たちはBenから借りたCDをMDにダビングし、毎日聴いた。そして練習した。Benが見つけてくれた市の文化センターの音楽室で練習する日もあれば、あの河川敷で練習する日もあった。私たちはめちゃめちゃ初心者で、下手くそで、全然うまくいかなかったけど、いつも楽しかった。「マニマニ、キミの声はボクを元気にするよ。それにイチとコー、キミたちジョータツ早すぎw。」Benはどんな時も笑って私たちを褒めてくれた。

 講義では『後ろの席同盟』は解消されて、Benと並んで『前の席同盟』に名を連ねるようになっていた。講義、練習、バイト、勉強、バカ騒ぎ。毎日が楽しかった。秋がきて山が赤や黄色に鮮やかに色づいたと思ったら、あっという間に色褪せていった。初心者集団の私たちは、1曲だけ、大好きなあの曲をひたすら練習していた。私たちの演奏は少しづつバンドっぽくなっていった。

 「はー。」吐く息が白い。「寒いなあ。」「寒いネー。でもボクの国はモット寒いヨ。」そう言ってBenは懐かしそうに微笑んだ。12月に入ったばかりなのにスーパーの店内はシャンメリーやらクリスマス飾りやらがもう並んでいる。4人で割引の肉や野菜、それと大容量の安物焼酎を買った。寒い日の鍋パーティは最高だ。コーのアパートは狭くて、こたつを囲むとまるで『おしくらまんじゅう』だった。でもその距離感がそのまま私たちの心の距離だった。「オマエラサイコー、hahaha!」お酒を呑むとBenは普段以上に陽気になり、笑い上戸になった。そして最後は必ずみんなであの曲を歌った。
 毎日が、すべての瞬間が、楽しかった。

 クリスマスイブの夜、私たち4人は駅前に立っていた。バス停、タクシー、5階建ての駅前ビルの輝く窓、積もった雪。駅前といっても車が主流の地方の片田舎で、その駅前広場は広すぎて人はまばらだった。カップルより家路を急ぐサラリーマンの方が多い。明かりは多いとは言えないけど雪あかりでとても明るい。
 吐く息はまっしろ。空気を吸い込む鼻が痛い。「寒い…。」寒さのせいか緊張なのか、いや、その両方で、私は震えが止まらなかった。これから歌うなんてとても思えなかった。私だけが不安なのだろうか?私は恐る恐るBenの顔を見た。
 Benはニコっと笑った。そして右手をゆっくり突き上げた。次の瞬間、コーが叫ぶ。「ウィーアー!ハッピーベベン!」イチのドラムが堰を切ったように鳴りだし私たちの初ライブが始まった。始まってしまえば緊張は嘘のようになくなった。だって、Benもイチもコーも私を見て微笑んでいる。私は歌った。みんなも歌った。私たちの大好きな曲を、河川敷のあの時より楽しく歌った。道を行き交う人は誰も止まってくれないけど、私たちはやりきった。まだ1曲しかない私たちの初路上ライブはたった5分、無観客で終わった。でもみんな笑顔だった。コンセプトは「とにかくハッピー」。みんなで笑った。

 パチパチパチ。遠くから拍手が聞こえた。バス停の方を見ると、サラリーマンのおじさんが小走りしてこちらへ向かってくる。親ぐらいの歳の、どこにでもいそうなtheおじさんは、私たちの前まで来ると「君たち、上手とは言えないけど、すごい楽しかった!なんかこう、心の奥がしあわせな気持ちになるというか…。わぁー!うまく言えないけど!ありがとう、がんばってな!」そう言って千円札を1枚くれた。おじさんは顔を少し赤くしてまた小走りでバス停に向かっていった。「ありがとうございます!」おじさんの背中に向かってお礼を言った。おじさんは向こうを見たまま手を振ってくれた。

 「ぐー。」帰り道、Benのおなかが鳴った。それを聞いてみんな笑った。全員おなかがすいていた。牛丼の吉田屋があった。豚丼1杯280円。千円で4杯は買えない。私たちはどうしても、おじさんの千円を分かち合いたかった。声には出さないが、みんな同じことを考えていた。
 吉田屋を素通りして、そのまま国道を歩いた。なぜだろう、冬の寒い日、車の赤いテールランプに美しさを感じるのは私だけだろうか。次々に流れるその赤いイルミネーションはまるで夜空を駆けるサンタクロースのソリみたいだな。そんなことを考えているとイチが突然叫ぶ。「のり弁だ!!!」 

 ほか弁ののり弁は250円だった。ごはんの上におかか。その上に海苔。その上に白身魚のフライとちくわの磯辺揚げ。そして申し訳程度のきんぴらごぼう。そのシンプルなのり弁を4つ買って、コーのアパートに行った。イチが「初ライブ大成功を祝いまして!いただきます!」と言った。みんな嬉しそうに「いただきます!」と笑った。

 そうだった。思い出した。あののり弁は本当においしかった。クリスマスイブなのに、観客はたった一人だったのに、本当においしいのり弁だった。涙があふれた。Ben、生きていて欲しい。またBenとハッピーな歌を奏でたい。涙を手でぬぐいながら、もう一度メールを見る。
 20年ほど前、母国に帰った彼に初めてメールを送った時のタイトルは「Ben」だ。それに彼が返事をくれ、タイトルは「Re; Ben」になった。以来ずっとタイトルは「Re; Ben」のまま、お互い他愛もないことをやりとりしてきた。Ben、Re; Ben、のり弁、、、No Re; Ben…。
 そうだ、飛び抜けてハッピーでピースフルな曲をつくろう。タイトルは『No Re; Ben』。そしていつか、Benと再会できたら、彼とイチとコーで、みんなで歌おう。

【のり弁ピース】 第3話(全4話)こちら

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