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15ヶ月家出した猫②

15か月家出した岩下。模様が岩下志麻が来てそうな着物に見えるというのが名づけの理由

2017年6月 失踪

その日は、朝から芸能界で悲しいニュースがあり、ふだんは見ないワイドショーをつけっぱなしにしていた。2階寝室のエアコンを新調するため、有休をとって家にいたのだ。
岩下は寝室前の丸い箱のようなものにおさまっていた。もう、私が姿を見せても警戒することはなくなって、風景の1つとしてみなしているようだった。

昼前に工事の人がやってきた。若い快活な男性だった。玄関で簡単な挨拶をすませたあと、「猫がいるのでドア閉めてください」とお願いし、場所を確認するため、2階に一緒に上がった。
「あそこです」「うわ、結構大変かもしれません、お隣との間が狭いので」というやり取りをしているとき、いきなり寝室に初老の男性が入ってきた。嫌な胸騒ぎがした。急いで階下に行くと、玄関のドアは大きく開いて固定されていた。

岩下を探した。リビングもキッチンも別の部屋も。「あの人たちが来るとき、あの子、どこにいたっけ???」パニックになった私は、いるはずのない場所を探し、外に駆け出た。白い猫の姿は見えない。出て行ったんだ。


失踪前の岩下のお気に入り。ここで昼寝するときも多かった

2017年6月 対照的な2人

若い方の工事の人は、何が起きたかすぐさま察し、「猫ですか?いなくなったですか?」と青くなった。
初老の男性は「まー、猫だから、帰ってくるでしょう」とのんきに準備を始めた。今何を言っても猫は帰らない。
「すみません、私、猫を探してきますので、作業していてください」と言い残し、私は近所中を走った。車の下、側溝、藪の中。どこにも白い姿はない。走り回って走り回って、いったん家に戻った。工事は進んでいた。

「見つからないんですか?ふだん外には出ない猫ですか?」若い男性が心配げに尋ねる。「はい、まだ、完全には慣れていなくて。外にも出したことがなくて」というと、申し訳なさそうに黙った。
再び、違う方向を探しに家を出た。「どっちに行くんだろう?」「どこを見たらいいのだろう?」思考は止まり、物陰をすべて確認して回った。白猫はどこにもいなかった。

夜中に人けがなくなると、いろいろ興味津々出歩きまわっていたころ

2017年6月 責めない夫

家に戻り、夫にLINEした。
「工事の人が来てドアをあけた隙に、岩下が外に出てしまった、探したけど見つからない」
しばらくして返信があった。

「本当に外に出たの?」「家の近くにいないの?」
「探したけどいない」「また探してくる」

その後、電話がかかってきた。私が事情をもう一度話すと、夫は静かに、「大丈夫だから、見つかるから」とだけ言い、仕事に戻った。
こういうとき、夫は絶対に私を責めない。明らかな過失であればあるほど、人を追い詰めることはしない。だからこそ、余計に辛く申し訳なかった。

夕方、家に戻っても工事は終わっていなかった。「予想以上に室外機の設置が難しく、今日には終わらないので、明日また作業させてください」と、若い男性が言い、片付けて帰っていった。「猫、戻ってくるといいんですが」とうつむきながら彼は話し、対照的に、初老の男性は元気に帰っていった。

夜、夫が仕事から戻ってきた。もう一回状況を話しながら、私は涙が止まらなかった。「ちょっと見てくる」と夫は外に出た。私も泣きながら別の方向を探した。暗闇で物陰にいるであろう猫をみつけることなんて無理で、2人とも疲れ果てて家に戻った。

これから、長い長い、私たちの猫探しが始まった。

寝室まえの手すり。ここも失踪前からよく座っていた



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猫のいるしあわせ

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