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Magic Keyboardを起点とするユーザ体験の変化

長引く在宅勤務に、セカンドマシンであるはずのiPadでもキーボードを打つ機会が増えてきました。そんなタイミングで発売された「Magic Keyboard」は、持ち歩くには重すぎると話題ですが、タブレットの将来を考える上では大きな意味を持つツールだと思うのです。

 AppleはiPad Pro用の新しいキーボード「Magic Keyboard」を発売した。前身の「Smart Keyboard Folio」から大きく変わって、Mac Bookと同等のキータッチが特徴だ。おまけに、3月にリリースされたiOS 13.4がサポートするトラックパッドも、充電用のUSBコネクタも付いている。まさにフルスペック。クレードルとも言える重厚なケースを纏わせたiPadは、モバイルパソコンと見間違うほどの出で立ちになるのだ。

 スマートフォンから派生したタブレットは、その機能の充実に伴って、度々、PCとの棲み分けが議論されてきた。初代iPadの登場は2010年。その対抗馬として、MicrosoftがSurfaceを発売したのが2012年。当時はタブレットとして、Windows RTという専用のOS(Operating System)を搭載していたSurfaceだったけれど、2015年にSurface3がリリースされると、PCと同じ様にWindows 8.1やWindows 10が動くように進化した。これが今でも継承されている。Surface Goは高性能なモバイルPCとして、タブレットとの見事な融合を果たしているのだ。

 この間、AppleはiPadと自社のPCであるMac Bookとを頑なに分けてきた。その背景には、iPhoneの圧倒的な人気があったのだろう。両者のユーザ体験は大きく違う。アプリが主体のスマートフォンと、ファイルが主体のPCだ。私たちがスマートフォンで何かをしようとすると、まずは目的に合わせてアプリを選択する。対して、PCの場合は編集したいファイルをクリックするだろう。だからタブレットをPCと同じように使うためには、ファイル管理の機能が重要なのだけれど、iOSは2017年リリースのiOS 11までこれを拒んできた。iPadはiPhoneと同様のユーザ体験を提供しようとしてきたのだ。

 よって、このままMicrosoftとは戦略を別にしていくと思われてきたAppleだったけれど、今回のキーボードの発売とともに新しいプロセッサを開発していることが明らかになると、方針の展開も噂されるようになった。プロセッサとはコンピュータの心臓部である。

 iPadとMacは大きさや形だけではなく、ユーザ体験を定義するOSが違う。iPadはiOSを動作させるし、MacはmacOSに対応している。OSはハードウェアとアプリケーションの間にあって、その動作はプロセッサに依存する。たとえ同じ操作性や画面構成だったとしても、プロセッサが違えば全く違うもの、というのがコンピュータの世界だ。だからiPadとMacを統合することは、一般に思われているほど簡単ではない。

 新たはプロセッサを開発するAppleは、同時に新たなOSを作ることが予想される。それがiOSとmacOSのいいとこ取りになる可能性は高いのだ。実際、ブルームバーグが報じたところによれば、新しいプロセッサはPC用のものを原型に、今のiPhoneやiPadに搭載されているものと同じ大きさになるとのこと。小型の端末にも載せることができる高性能なプロセッサなのだ。

 小さくても性能の良いプロセッサはPCとタブレットの統合を後押しする。プロセッサは一般的に性能を上げればあげるほど、大きくなって、発熱量が増えて、消費電力も増えて、持ち歩くことには向かなくなってしまう。国内最速のコンピュータ・富岳はCOVID-19の研究にも活用すべく、この5月に計画を前倒して理化学研究所に設置されたけれど、400本以上のコンピュータラック(棚)に納められていると言う。

 タブレットに搭載できる小ささでPC用のOSをも動かせる性能を持ったプロセッサは、消費電力も少なくなることで、利用の都度、電源をオン、オフする必要がなくなる。紙のノートと同じような感覚で使いたいタブレットに、いちいち起動までの時間を待つことはできないだろう。せめてスリープという形で消費電力を抑えて持ち歩き、瞬時に復帰できる機能が欲しいのだ。

 そんなわけで、iPhoneから離れて、Macに近づくことが予想されるiPad。では、残されたiPhoneはどこへ向かうのだろうか。特に日本においては、最近のiPhoneの大きさに対する不満が多い。つい先日も、新しいiPhone SEが従来の形ではなく、iPhone 8の形を継承したことが分かると落胆の声が広がった。先代のiPhone SEは手のひらサイズだったのだ。今後、iPadがPCと兼用になって持ち歩くことができるのであれば、なおさらiPhoneの画面は小さくても良い。一方で、本体が小さくなればキー入力が難しくなるのもまた事実だ。

 そうなると、いよいよSiriの出番が期待される。音声によるインプット、アウトプットはスマートスピーカーの普及によって、多くの人に新たなユーザ体験をもたらした。モバイル環境でそれを助けるのがAirPodsだったりもする。チンアナゴとも揶揄されたそのユニークなデザインのBluetoothヘッドセットは、音の良さが定評を得て、驚くほど多くの人に使われている。これをそのまま通話に使う人も増えてきた。課題は他人に声を聞かれてしまうことだけれど、これからはソーシャルディスタンスが当たり前になるのだから、屋外での利用も意外と当たり前になるのかも知れない。

 Magic Keyboardを起点とするユーザ体験の変化は、新型コロナウィルスの影響も受けて、私たちの身の回り全体に波及するに違いない。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「7章 内と外 ー境界」において、コンピュータの小型化の歴史について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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