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Kassa Overallが越えるジャンルの垣根

ニューヨークのドラマー、カッサ・オーバーオールが自身のグループとしては初めての来日公演を果たしました。昨年発表されたアルバムがニューヨーク・タイムズで「ヒップホップとジャズの貴重な本物の合成物」と評された彼の音楽は、過去数十年に亘って試みられてきた音楽のジャンルの融合に、いよいよ一つの解をもたらした様に感じるのです。

 南青山のブルーノート東京は月曜のセカンドステージ。週の初めの遅い時間に、人がまばらなのは仕方がない。カッサ・オーバーオール(Kassa Overall)というミュージシャンを知っている人は、それほど多くはないのだから。シアトルに生まれ、ブルックリンを拠点に活動する38歳の彼は、一般にジャズドラマーとして定義されている。

 だから日本でブルーノートのステージに立つことも、このステージの中央に比較的規模の大きいドラムセットを構えることも、特に違和感は覚えない。それでもドラムセットの傍らに、何やら和太鼓の様なものが置かれているとなると、弥が上にも期待は高まる。ステージ上には他にも、ピアノやフェンダー・ローズ、エレキベース、テナーサックス、EWI、シンセサイザーと、さらには様々なエフェクターの類が並ぶ。新旧混じり合う機材の中から、一体どんな音を聴かせてくれようというのか。

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2019年のアルバム『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』はそのタイトルの通りに(?)ジャズを軸に、ラップなどを絡めることでヒップホップを香らせつつも、全体的にポップな仕上がりとなっていた。アート・リンゼイ(Arto Lindsay)とロイ・ハーグローヴ(Roy Hargrove)という2人の大御所をゲストに迎え、彼らに見劣りしないほど見事に、アナログとデジタルを融合してみせてくれたのだ。

 今回のメンバーはモーガン・ゲリン(Morgan Guerin)、ポール・ウィルソン(Paul Wilson)、ジュリアス・ロドリゲス(Julius Rodriguez)。モーガンのメロディアスなベースラインでステージは幕を開けた。

 深いリバーブの中でシンセサイザーの音が絡み合い、カッサのパーカッションやボイスが加わると、会場は徐々にアンビエントな空気に包まれていく。ゆったりと、でもしっかりと刻まれるリズムが生命の鼓動を意識させ、命と音とのつながりを再認識する。対して、ジュリアスのピアノが、人の作り上げたジャズのフォーマットでソロをとると、それは一層と際立って感じられるのだ。

 3曲目あたりで、いよいよモーガンがテナー・サックスを手に取る。そう、彼は本来サックス奏者として活躍するが、ベースもきっちり弾きこなすのだ。それがこのバンドの面白さでもある。彼はこの後、ボーカルもとるし、例の和太鼓も、ドラムも叩く。ジュリアスも鍵盤から離れてドラムを叩いたり、ベースを弾いたりと、各メンバーがその役割を柔軟に変化させてしまう。

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 カッサは2020年の新譜に合わせて作ったZINEで、自らをバックパック・プロデューサー(The Backpack Producer)と表現している。それはどこでも音楽を作れるということ。自宅での多重録音、いわゆる宅録から音楽のキャリアをスタートさせた彼らは、表現の幅を広げるために、自ら多くの楽器を操ろうとする。その延長として、カッサは他のアーティストのところに録音機材を持って出向き、その場でレコーディングをするというスタイルを確立したという。言うならば、バックパック・プロデューサー。それは高いコストを掛けて、時間に限りのあるスタジオに篭って録音せざるを得ない、昨今の音楽事情を皮肉るものでもある。

 さて、モーガンのテナーはモードの趣を醸し出す。マイルス・デイヴィス(Miles Davis)がビバップから発展させたアプローチを受けて、ロイ・ハーグローヴが成し遂げられなかったジャズとヒップホップの再構築を下敷に、ロバート・グラスパー(Robert Glasper)がアフリカン・アメリカンを象徴するのとは違った方法で、カッサは新たなジャズを作ろうとしているのだ。そのための実験は、今日のステージでも続けられる。ルーパー・エフェクターでドラムを録ると、その場で再生しながらトラックを作り上げていく。それは彼にとって、ジャズのアドリブに近い感覚なのかも知れない。その時々で名演が生まれてきたのがジャズの歴史なのだから。

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 でもそんなことは深く考えずに、彼はあくまでも自然体でステージに立っているようで頼もしい。ムック『Jazz the New Chapter 6』のインタビューでも、「ジャンルの区別について考えるのを止めた」と答えている。だからこそ、自然に還るようなアンビエントなアプローチが生まれてきたのだろう。ジャンルの隔たりを取り払えば、その先に、人の作った五線譜のフォーマットが邪魔になる時代が訪れるのかもしれない。

 ここ数年の音楽ジャンルの融合は、録音物の販売形態の変化からも影響を受けているように感じる。CDなどの物理媒体を実店舗で購入する際には、ジャンル毎に分かれた棚の中から目当てのアーティストを探すことが一般的だったけれど、カッサ・オーバーオールは、果たしてどの棚に置かれているのだろうか。ジャズの棚に通う音楽ファンが、ヒップ・ホップの棚をのぞく機会は極めて少なかったのだ。それがECサイトの台頭、ストリーミング配信の一般化に伴って、自由になっている。Amazonはジャンルの隔たりなく、AIによるレコメンドを繰り返すことだろう。

 作り方と売り方と思想の多様化が相まって、今のエキサイティングな状況が生まれてきたのだ。その先頭に立つカッサ。80分の熱演を終え、ロビーに出てきてくれた彼に声を掛けると、とても穏やかに言葉を返してくれた。気負わずにこれだけの革新的なステージを見せてくれたカッサ・オーバーオールからは、今後も目が離せない。

【2020.2.17 2nd stage】
1. VISIBLE WALLS
2. I GOT YA MONEY
3. SHOW ME A PRISON
4. MY FRIEND (MORGAN)
5. DARKNESS IN MIND
6. PRISON AND PHARMACEUTICALS
EC. GOT ME A PLAN
つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「2章 暗黙知と形式知 ー他人との情報の共有」において、音楽ジャンルではありませんが、学問領域の垣根がなくなっていく様に触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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