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株高時代の未来主義|見えない未来を変える「いま」

方々で資本主義の限界が叫ばれる中、米国や日本の株式市場は活況です。この時代をどう捉えるのか。哲学者ウィリアム・マッカスキル氏が近著『見えない未来を変える「いま」』で説く長期主義に照らしてみれば、あるべき投資先が見えてくると思うのです。

 昨年2023年、記録的な上昇(28%、7,369円)により3万3,464円で終えた日経平均株価は、年が明けても好調を維持し、一時は3万7,000円(1月23日)を伺わせるほどの賑わいを見せている。10年前に導入されたNISA(少額投資非課税制度)の制限枠が大幅に緩和されたことも相まって、いよいよ貯蓄から投資への流れが加速するのかも知れない。背景には少子高齢化に端を発する年金制度の限界がある。2019年に金融庁の市場ワーキング・グループがまとめた報告書には、「(65歳以降)30年で約2,000万円の取崩しが必要になる」と淡々と示されていた。国はもう私たちの老後の面倒を見ることを諦めてしまったのだ。だから、せめてもの務めとして、新NISAやiDeCo(個人型確定拠出年金)などの制度充実を図っている。しかし世界各国で資本主義の歪みが指摘される中、今さらこれを頼った「公から私への転換」は果たしてうまく機能するのだろうか。

 株式に限らず、投資のリターンは投入額に依存する。得られた利益を再び投資に回せば、更なるリターンを望むことができる。新NISAが無期限の積み立てを推奨する理由はここにあるのだろう。手元に余裕資金があればあるほど資産を増やしやすい。富裕層の富裕化を加速させるのだ。これこそが資本主義の罠であって、個人間の格差がかつてないほどに広がっていることを誰もが感じている。特に日本では、所得税こそ収入に応じた累進課税だけれど、株式による譲渡所得や配当所得はその限りではなく、資産家に有利な状況があると言わざるを得ない。やはり私たち庶民は、僅かばかりの手元資金を将来のためにコツコツと積み立てていくしかないのだろうか。

 物価の高騰、労働力不足にも関わらず、上がらない給与水準。若者を中心に豊かさを「もの」ではなく、「こと」に求めるようになってから、もう20年近くが経っている。所有するのではなく、利用することで得られる楽しみや喜びがあるならば、その方が理にかなっている。例えば音楽はCDやLPを買う必要もなく、サブスクリプションサービスを使って聴けばよい。あるいは、ライブで聴きたい。車だって、移動手段として使うのであれば、乗りたい時にすぐに借りることができれば事足りるだろう。カーシェアサービスの利用者数は着実に伸びている。この潮流は地球環境のサスティナビリティの観点からも追い風が吹いている。欲しいものを買って、短いサイクルで使い捨てる生活が無駄にゴミを増やすことは言うまでもない。一方で持たずに使う生活は、すなわち資産を残さない。

 もしも車を買うのであれば、選び方と使い方によって、手元には一定の資産が築かれる。その価値が時間とともに上がることは稀だけれど、いざとなれば中古車市場で売ることも、下取りに出すこともできる。金利を上げずに、資産形成を促す国の方針に則るならば、ローンを組んででも資産価値の下がりにくいものを買った方が良いだろう。国は昭和の頃から変わらず、限られた資源を奪い合えとけしかけるのだ。何とか分け合って暮らそうとする私たちは、水をさされる形になっている。そんな折、アメリカのレンタカー会社・ハーツ(Hertz)が所有する電気自動車の1/3をガソリン車に買い替えることを発表した。修理費が想定よりも高いことに加え、使用後の売却価格が安いのだという。未だ黎明期にある電気自動車は技術革新が続き、新車の販売価格が低下傾向にある。であるならば、わざわざ古い電気自動車を高く買おうとする人はおらず、資産価値が保たれにくいのだ。地球環境を守るための新技術も資本市場に翻弄されて、普及が遅れる可能性がある。

 哲学者ウィリアム・マッカスキル(William MacAskill)氏は近著『見えない未来を変える「いま」』(みすず書房、2023)にて、長期主義を訴える。生命としてのヒトを客観的に見れば、これまでを生きた人よりも、これからを生きる人の方が圧倒的に多い。子や孫の世代にとどまらず、遠い子孫の幸せにまなざしを向けてみれば、今、資本主義にとらわれていることの不毛さに気付かされるだろう。当面の世界経済の成長率は低く見積もっても2%。株価のトレンドを牽引するこの期待値は人類の長い歴史の中では異常値に過ぎない。あと数千年も続けば、地球は物理的な限界を迎えるという。その頃には日本も国民からの借金を完済できているだろうか。経済成長の止まった国では株価は上がらない。金融資産も富を産まない。それでも私たち自身は成長することができる。マッカスキル氏は見えない未来をより良くするために、個々人がキャリア資本を築くことを提唱している。

 時間と資金を注ぎ込む先を商品市場ではなく、自分自身に変えてみれば、「学習」が「選択肢」を生み出し、「よいことを実行する」ことにつながる。その集合こそが未来を作ると言うのがマッカスキル氏の考えだ。「私たちが生きているあいだには、長期主義の最大の影響は表れないかもしれない。しかし、長期主義を広めていけば、次世代にバトンを継ぐことができる」。そして「奴隷制度廃止運動、フェミニズム、環境保護活動はみな、個人の行動の単なる集合体にすぎない」として、私たちに行動を促す。もちろん思想や行動は生活の上に成り立っている。だとしたら、やはり国は私たちが安心して暮らしていける社会を維持する必要があるだろう。公の充実と私の充実。鶏と卵の関係にある両者のサイクルを回すために、まずは投資先を自分に振り向ける必要があると言うのは、まさにその通りだと思うのだ。

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