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エナジードリンク「ZONe」が誘う世界

その大きさから、コンビニでも一際目立つエナジードリンク「ZONe」。ゲーミングエナドリとも称されるほどにデジタルを意識した商品設定に対して、ゾーンとは何かを掘り下げてみると、どうしてもセキュリティとのつながりを無視するわけにはいかないと思うのです。

 サントリーから「ZONe(ゾーン) 」というエナジードリンクが新しく発売された。このカテゴリーにあって、500mlという大容量が新しい。デジタル時代のパフォーマンス強化を謳い、主に10代や20代をターゲットとしているようだ。大学生協でのテストマーケティングを経て、今回の本格販売に至っている。

 その名前の由来は、心理学でいうところの「ゾーン」である。心理学者ミハイ・チクセントミハイ氏が提唱した「フロー」と概ね同義で使われている。日本語にすれば、何かに没頭している状態であり、仏教が示す「無我」にも通ずる概念と言われている。スマートフォンの通知が気になるアテンションエコノミーの時代に、デジタルネイティブな10代、20代は集中を欲しているのだ。そこに誘おうとするエナジードリンクの登場は、平成の始まりに、24時間戦う力を補おうとした「Regain(リゲイン)」との対比を意識させる。

 味は2種類。スタンダードなものと、フレーバーの追加された「FIREWALL(ファイアウォール)」だ。ファイアウォールとは、防火壁から転じて、ここでは通信を制限するためのネットワーク機器を指していると見なすのが自然だろう。外部からの雑音を遮断し、没入を助けるという意図が見えてくる。ネットワークセキュリティの専門用語であるはずのファイアウォールという単語が、一般消費者向けの商品名に表れてくることに、これまた時代の変化を感じてしまう。

 ところで、ネットワークの世界ではファイアウォールで区切られたそれぞれの領域をゾーンと呼ぶことがある。例えば、企業ネットワークの出入口にファイアウォールを置いたとしたら、その外側をグローバルゾーン、内側をローカルゾーンと呼んだりもする。だからFIREWALLと並べられたZONeという言葉を「没入」と解すことには、些か違和感を覚えてしまう。

 またセキュリティの観点で見れば、ファイアウォールによってゾーンを分けるという概念自体も古いものになりつつある。「防火壁の内側は信頼できる」というこれまでの前提が覆されようとしているのだ。内部犯行も、中の人への成りすましも、残念ながら増え続けている。そしてここに来て、新型コロナウィルスが押し進めた在宅勤務というパラダイムシフトが、それこそ社内と社外の境界を曖昧にしてしまったのだ。

 必然的に導かれた解決策は「誰も信頼できない」ことを前提とした、ゼロトラストネットワークと呼ばれている。例えどこにいようとも、何かをする都度、本人や端末が認証される。技術的にはまだまだ課題も多いことから、本格的に導入できている企業は先行するGoogleぐらいのものかも知れない。それでも、これからのネットワークがそうなっていくのは時間の問題だろう。ゾーンが意識されなくなる。

 一方で、唯一信頼できる領域をゾーンとして残すのであれば、その大きさが自分の中に留まるほどに小さくなったと捉えても面白い。無条件に信頼できる自分という世界と向き合うことで、ゾーンに入ることができる。それは例えばヨガのアプローチからも見て取れるように、精神的な豊かさを醸成すると言われている。ただし、そこはセキュリティの対象となり得ない。無防備な自分との対話が問われるのだ。

 そんなわけで、『ZONe』はセキュリティのない世界へと誘ってくれる。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「8章 点と線 ー通信と暗号化」において、ゼロトラストへの流れについて触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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