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語る権利

僕の周りにいる人達は最高にかっこいい。

ご飯に行く
カフェに行く
飲みに行く

どの場面においても話題としてあがるもの

それは

「今と将来についての話」

である。


学生時代を終え歳を重ねた今、
圧倒的に話題になることが増えた。

学生当時じゃ絶対に話さなかった内容を
自分の考えを踏まえ語り合う。


内容は人それぞれだが、
将来に対して自分なりの理想や目標を話し、
それを共有し合う。



その内容に大小はない。

しかし、
人によってはこのような行為を
嫌う人も中にはいるだろう。

嫌うだけなら全然いいが、


その様子を時に否定したり
時に笑ったりする人も中にはいる。


これにより語ることを恥ずかしいと感じ、
自分が萎縮してしまう人も現にいるはずだ。


特に20代なんて
まだ知らないことも多い年齢。


自分の考えを語るだけで時に笑う人もいる。

最終的には意識高い系とくくられ、
なぜかそれが間違いかのように感じてしまう。


それでも

そんなことを感じる必要はない
否定に対抗する必要すらない


「語れるだけマシ」


自分の考えや想いを誰しも持つが
それをなかなか言葉にできない人もいる中で

「言葉にできることは素晴らしい」

なにも気にすることはない。

「将来を語ることが意識高いのか?」


「勉強を頑張ることが意識高いのか?」


「トレーニングをする事が意識高いのか?」


「仕事を頑張ってたら意識高いのか?」


「子育てを頑張ってたら意識高いのか?」

みんなが大変な中頑張っている。

仮にそれらが意識高いとしよう。


それを笑う意味が全くわからない。

むしろ称えるべきである。


語ることは誰もが持つ自由な権利だ。

「勇気を持って自分を出せる」
「自分の野望を語れる」

そんなカッコイイ人が周りに沢山増えるように

その人が自分らしくいれるように


自分自身も引き出す能力をつけたい。


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