「父と息子 ★ロマンティックじじいの背中(前半)」~子供が産まれたと同時に難病になった喜劇作家の入院日記8
某月某日
「雨は嫌い。でも、雨の音は好き」
学生時代の初恋の人が言ってたことと同じ言葉を聞いたのは、向かいのカーテンの向こう。ロマンティック爺(じじい)のベッドからだ。
ロマンティック爺(CV:緒方賢一さん)は憎めない愛されキャラの患者。オープンな性格で、寝るとき以外、仕切りのカーテンは全開。「閉めきられちゃうと息が出来ない」らしい。看護師でも患者でも面会人でも、目の前を通る人には分け隔てなく声をかける社交性抜群の御仁。
私は断固プライベート空間を大事にする人間なので、いつもきっちりカーテンを閉めているが、たまに大雑把な看護師が少し隙間を残した状態で去っていってしまうと、数十秒後にはその隙間から目を覗かせる。
「花を折ったからあげるよ」
ピンク色の折り紙で几帳面に折られたチューリップをくれた。今年は桜さえ見れなかったから、そこに「春」を感じ、嬉しかった。
私が中学生で、この子が隣の席の女子なら、ほぼ間違いなく恋に落ちてたと思う。もしショートカットならその日のうちに告白してる。でも、この人は髪の毛は短くて少ないけど、普通に歯がないお爺ちゃんだ。
「人生、いろんなものを噛みしめてたら、歯もなくなっちゃった」
何をやってきた人なのか……。全く不明だが、言葉は巧み。昔はもてたと嘯く。家族はおらず天涯孤独。よく散歩する公園に住み着く野良猫の「茶々」が愛人。
「あいつは寂しがり屋だから、それだけが心配」
ロマ爺は、ある時、倒れてベッドの下敷きになっているところを、食事の宅配業者に見つけてもらって、病院に運ばれた。気がついてもらえなければ、そのまま孤独死していたという。
ロマ爺は生活保護受給者。この6人部屋のうち3人がそうで入院中の医療費、食事代は全て無料になっている。それが今の社会の縮図なのかどうかは分からない。地域包括支援センターという所の人がひっきりなしに出入りしているのが日常の光景。
「前におっしゃってた、息子さんと連絡取れましたよ」
ある時、ソーシャルワーカーの女性がロマ爺に告げた。
「え?」
「近々、こちらにいらっしゃるということで、そこで今後のことをお話しましょう」
「嘘ぉ。あいつ来んのか?」
「良かったですね」
「いやあ。中学ん時から会ってねえし、顔も覚えてねえよ」
すごい展開だった。身寄りがいる? その事実にびっくりする。当人も最初は当惑していた。しかしそれ以上に、どこか嬉しそうな空気も感じる。以降、通りすがりの人への話しかけに昔話が増えた。
「これ見てよ、○○さん(有名芸能人!)と一緒に撮った写真。ここの社長に昔よくかわいがってもらってねえ」
芸能関係者か?
「住み込みで、飯とかも俺が作ってたんよ」
マネージャー? 料理人?
「俺がギャンブルで迷惑かけなけりゃなあ」
……波乱万丈。なんだか、吉田拓郎の名曲『落陽』に出てくる「じいさん」ような過去。
「それで、こっちに写ってるのがうちの坊主」
天涯孤独じゃないじゃん。子供の写真、ずっと持ってたんじゃん。
ロマ爺はかつて結婚していて、息子さんが中学生の時に離婚したらしい。息子さんは奥さんの方が親権を取り育てたので、それから30年間全く会っていない状態。
病気が重くなり仕事も出来なくなって生活が苦しくなる中、今さら父親づらして迷惑をかけたくない、との気持ちから、息子がいることは誰にも言わずに黙っていた。
その息子さん(CV:山口勝平さん)が、今、この病室にいる。
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