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「入院食のすゝめ」~子供が産まれたと同時に難病になった喜劇作家の入院日記10

某月某日

昼食の焼きそばが喉にひっかかり、むせてしまう。嚥下障害と言うらしい。飲み込む筋力まで落ちている。

朗報は、プレドニンが65mgに減ったこと。40mgぐらいになったときが退院のタイミングだと言われたが、果たしていつなのか……。

   *

本日も美男子の理学療法士(斎藤工と命名)さんとリハビリ。
日常生活でも立ったりしゃがんだりが大変ということで、練習用の浴槽を使っての練習。

「普段通りに入ってみてください」と言われ、着ている病衣を脱ごうとして止められる。
「そういうことじゃなく。動作だけ」

いつも距離感の近い斎藤工がよりグッと瞳を近づけてくる。

「あ……いや……」
「大丈夫です? 手伝いましょうか?」
「くぁwせdrftgyふじこlp……」

素で間違えると、こんなにも恥ずかしいなんて。乙女のように顔を真っ赤にしながら、体を支えてもらい出入りを繰り返す。「昼顔」になってしまいそう。おっさんだけど。

コミュニケーション能力も高い彼と話していると、時間があっという間にすぎる。ふと「退院したら、真っ先に食べたいものってありますか?」と聞かれ、夢想に沈んだ。

お寿司、焼肉、天ぷら……意外にそうでもない。今、無性に食べたいのは……

   *

入院して一か月半が経過。もはや病室では最古参。出される病院食のメニューもローテーションが分かってきた。マンネリ感を打破するために、罪悪感を感じない程度にいかに刺激を付け加えるかに知恵を絞る。恋愛と同じだ。

〈入院食、ちょい足し〉でググると、入院経験者が皆、おすすめを書いている。私もベストスリーをあげてみよう。

3位……「混ぜ込み炒飯風」(浜乙女)
いろいろなふりかけを試したが、なかでもインパクトがあって劇的に変化を与えてくれたのがこいつ。もちろん本物には及ばないが、少し混ぜ込むだけでチャーハン風になるのは、驚きと楽しみを味わせてくれた。

2位……「まつのはこんぶ」(新町 花錦戸)
絶品。極上。妹が見舞い品として持ってきてくれた一品。食べてびっくり。すっぽんの出汁で炊き上げた昆布ということだが、こんな上品なうま味が出せるなんて。白ご飯にも合うが、敢えておかゆにしてもらって出汁茶漬けとして食べるのが最高。思い出してもよだれが出てくる。高いけど、入院中のささやかな贅沢と思って一度お試しあれ。

1位……「トリュフソース しょうゆテイスト」(盛田)
カルディで売ってる変わり種の醤油。かけるだけで、どんな味気ない薄味入院食も、ガラリと高級フレンチに一変する。温泉卵にかけて食べた時は、悶絶するほど美味しかった。食事の時間を楽しくさせるのはもちろん、週間メニューを見て何にこいつをかけてやろうかと想像するだけでも、楽しかった。入院している皆に配りたいほど。もはや退院してからも我が家の食卓に常備するであろう、堂々第一位。ぜひモノ。

  *

と、黙ったまま、こちらをじっと見つめている大きな瞳に気がつく。
そういえば、斎藤工の質問にまだ答えてなかった。

「納豆、ですかね……病院では出ないから」
「すごい考えてた割にはシンプル……でも、金津さんらしい」
「え?」

思わず、何も食べてないのにむせそうになる。

どういうこと? 

斎藤工はそれには答えず、フフッと笑って「ではまた明日」と昼顔終了を告げた。


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