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「メンタル」~子供が産まれたと同時に難病になった喜劇作家の入院日記12

ふざけんな! この野郎! 畜生っ! 
怒りボルテージがMAX。なんでこんなに怒っているのか? 自分が自分でないようだ。でも積もり積もって抑えられないこの感情。

昨日のエンドキサンパルスの後遺症か?
皮膚筋炎による、指のささくれが痛むからか?
朝、隣の親父から「目覚めっ屁」をかまされたからか?
同室のジジイがさっきからずっとケータイで喋ってるからか?
ジジイは夕べも、イヤホンせず音ダダ洩れでテレビを見てたよね?
看護学生が採血したけど量が足りなくて、やり直しになったからか?
挨拶をしない無愛想看護助手が朝食トレーを投げ置いて行ったからか?
怒りから、紙パックを握りすぎて、牛乳をベッドの上にぶちまけたからか?

「第二の矢を受けるな」

どこかで聞いた言葉が頭をよぎる。
不幸にも、第一の矢を受けたとしても、それに執着しすぎて、傷(第二の矢)を広げてしまわないように。
というアンガーマネジメント。

気分転換にパソコンを広げる。
しかし、こういう時に一番見てはいけないSNSにログインしてしまう。

言わんこっちゃない。
誰もが生き生きとして見える。
美味しいものを食べて歓喜! 人と出会って奇跡! こんな活躍ができて感謝! ところでお前は「いま、どうしてる?」

パソコンを放り投げる。
第二どころか第三の矢が、背中から心まで達して、ぐちゅぐちゅに化膿しはじめてるよ。どうすりゃいいの?

「自分が何に興奮し、あれっと疑問に思い、おやっと目を留め、怒り、心を動かされたかに自覚的になろう」

好きな小説家が創作の原点について、そう答えていたことを思い出す。

もう一度パソコンを開いてメモを開く。心の動きを、怒りの発端となった事象を、ぶちまけるように書き連ねていく。

……ほんの少し、落ち着けた気がした。
いつか話のネタにしてやろう。そう思うと、客観になれる。冷静になれる。理性が働きだす。なにもそこまで怒ることじゃなかった気がしてくる。部屋でケータイ? どうぞどうぞ。

書きなぐっていたら、ふと、お芝居のプロットまで思いついた。

 ある日、「私」が大病をわずらって総合病院に入院すると、大部屋には自分の他に5人の男(おじさん~おじいちゃん)が入院していた。
 5人は皆、癖のある人物。生活保護をもらってるのに偉そうな男。死ぬ死ぬと弱音を吐いてる甘えん坊。外面はいいが身内には暴言を吐く二重人格。糖尿病の教育入院で遊び感覚の男。管につながれた寝たきり爺さん。
 関わりたくないなと「私」は思ったが、ある夜、一人が語りかけてくる。「俺は、お前だよ」と。
 実は、それらの人物は自分自身の晩年の姿。
 これまで歩んできた人生において、この仕事を選んでいたら、あの人と結婚していたら、離婚していなかったら、あの場所に行っていたら、そして病気をしていなかったら……。
 人生の分岐点で別れていったそれぞれの「私」の成れの果て。それが、今、病室で一堂に会したのだ。
 「私」たちの「幸せとは何か」会議が紛糾する中、寝たきりの「私」がついに口を開いて……

突然、シャットダウンした。
ここまで書き留めたメモの内容が全て消える。

再び、感情がささくれだつ。背中の古傷が疼きだす。
くそう、どうしてこうなる? 充電切れか? 
あの爺さんのケータイはまだ元気なのに。

「よろしいですか?」

カーテン越しに、柔らかいDr.ルイスの声が聞こえた。
珍しい昼の来訪。

血液検査の結果が「別人になったよう」に良くなったので、すぐに報せに来てくれたらしい。さらに、2週間後をめどに「退院」の予定を組みましょうとの話。

「……本当に?」
「はい。緩解したわけではないですが、あとは外来で
「……良かったあ」

心の声が漏れる。
この言葉だ。この言葉を2ヵ月の間ずっと待ってたんだ。
突き刺さっていた矢が、いっぺんに消え去る。
調子のいい話だが、全ての人・ことに感謝したくなった。
全員のつぶやきをリツイート宜しく叫びながら、外でまだ話してる爺さんのおでこにキスしたいくらいだ。

あと2週間か……ようしっ。
たくさん充電して、完全体になってここを出ていくぞ。
カチッ。

背中の穴に、充電器を差し込んだ。


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