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声がして洗濯物の上のどか

恋人が洗ってくれたタオルから懐かしい匂いがした。
それは実家の洗濯物に似た匂い。
青年はそのまま頬を埋めた。

昨日のような記憶が蘇る。
六歳の春。卒園式まで一週間となった頃。
夕食後、母が洗い物をし父が洗濯物を畳み始めた。

「パパ、洗濯物ありがとう」
「ママ、洗い物ありがとう」

二人が言い合うのを聞いて「自分も」と父に並んで畳み始めた。
「シン、ありがとう」
揃った声を背に作業に没頭する。
おしゃべりな家族におとずれた凪の時間。
母がぽつり「幸せな光景だね」と呟いた。

得意のタオル畳みを終え、残っていた服を手に取る。
それを見た父が「その体操着もあと少しだな」と言った。
しんみりした気持ちをごまかすように、タオルに頬を埋める。
洗い立ての香りに包まれ……眠ってしまった。

「疲れてたんだね」
「よだれ、よだれ」

母と父の声がそこに聞こえる。
「ここで寝ないでよ」
恋人の声も混じって聞こえたが、青年はしばらくそのままでいた。


(こえがしてせんたくもののうえのどか)

季語(三春): 長閑(のどか)、長閑さ、のどけし、駘蕩



※日常を詠んだ俳句をもとに掌編小説を書いてみました__🖋


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