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恋文供養人 第6話「沢本さん」
「あと5分遅かったら、30分くらい待たされてたわね」
「ホント。ダッシュで来て正解だったな」
事務員の沢本さんと、駅前に新しくオープンしたハンバーグ屋さんに来ていた。店内は超満員で、スタッフがせわしなく行き交っている。
昨日、沢本さんに誘われた時、いい機会だと思った。僕も沢本さんと話したいことがたくさんある。
「本間さんの私服姿、初めて見たかも」
「いつも作業服だからね、お互いに」
僕も沢本さんの私服姿を初めて見た。髪型もいつもと違うし、かなり印象が変わる。
沢本さんは半年前、契約社員として入社した。いつも伏し目がちで人と目を合わさず、何かに怯えているようで、みんなで「大丈夫か? あの子」と心配していたが、仕事はできる人みたいで、それまで固定の事務員がいなかったウチの会社としては、大きな戦力となった。
千葉の大学を卒業して、東京の大企業で経理をやっていたらしいが、地元がこちらでUターンしてきて、歳は僕の1つ下、ということを上司に聞いただけで、それ以上のことは知らない。何より、ほとんど会話をしたことがなかった。
ある時、沢本さんは僕にこう言った。
「何かに巻き込まれていませんか?」
僕は供養人のことだと確信した。
「もしかして、分かるの?」
「ええ、私は霊感がありまして、その、本間さんの雰囲気から、いろいろと」
俯き、ぼそぼそと話す沢本さんに、僕は「驚かないで聞いてほしいんだけど」と前置きして全てを打ち明けた。手紙を拾ったこと、供養人になったこと。沢本さんは全く驚く気配を見せず、むしろ「やっぱり」という風に納得したようだった。それと、僕がリフレインに行ったかどうかも分かると言う。
「沢本さんはどうしてウチの会社に来たの? 東京で働いてたって聞いたけど」
ハンバーグを食べながら、沢本さんに聞く。
「彼氏にフラれちゃったの。私は霊感があって、彼氏は霊感が全くなくて。それで、気持ち悪いって言われちゃった」
「おいおい! 気持ち悪いって、そんなのあるか!」
確かに霊感がある人は少し特殊かもしれないが、それでも自分の彼女に対して気持ち悪いなんて、いくら何でもひどすぎる。他に言い方がいくらでもあるはずだ。
「仕方ないよ。彼氏は最初、幽霊が見えても見えないフリをしててくれれば大丈夫だからって言ってくれてたんだけど。それって意外と難しくて。私の家で一緒に夕飯を食べていたら、突然彼氏が『いるのか?』と聞いてきたの」
「沢本さんにわざわざ幽霊がいるのか確認したってこと?」
「そう。私が必死で見えないフリをしているのが、逆に気になったんでしょうね。彼氏はそのまま出て行って、それっきり」
「うーん、何だかなぁ……」
「いいの。よくあることだから」
「見えるっていうのは、大変なんだなぁ」
「あとはその……同僚の子が良くない霊さんに憑かれちゃって、何とかしてあげようとしたら、『あいつ気持ち悪い』みたいに広められて、会社に居づらくなって」
僕は供養人になるまで、幽霊の存在を信じてはいなかった。心霊系の心霊系のテレビ番組や動画は、全てやらせだと思っているし、実際に怖い目に遭ったこともない。でも、それがとても幸せなことなんだと痛感した。
「ウチの会社は大丈夫なの? 僕が得体の知れない手紙を拾ったことも含めて、結構いろいろなものが渦巻いてそうだけど」
「それが不思議と大丈夫みたい。最初はちょっと怖いと思ったけど、むしろ今はそのエネルギーに守られてる気がする」
沢本さんは笑った。
「人が書いた文字って、とても強い力が宿るのよ。魔除けの札を書く時は、墨に血や唾液を混ぜてより強力にするし、叶えたい夢を毎日ノートに書くと叶うっていうのも本当なの。みんなが思っている以上に、その力は強いの」
沢本さんはテーブルに文字を書くような仕草をした。
「それってさ、負のエネルギーも?」
「ええ、そうね」
僕の言わんとしていることが分かったみたいで、沢本さんの表情が曇る。
「僕はそんなことしないけどね」
1年間供養人をやってきて、手紙にどれほどの人の思いが宿るのか。自分なりに見てきたつもりだ。何より、あの手紙を拾った時に僕の中に流れ込んできたエネルギーは、やはり人知を超えたものだったと思う。
「本間さんは、アルバイトから入ったんですよね?」
「そうそう。IT業界に憧れてさぁ、専門学校に入ってウェブデザインの勉強をしてたんだけど、全くついていけなくて。もうね、チンプンカンプンなんだよ。なんかほら、ウェブデザインなんて、パーツをこう、ドラッグアンドドロップすればできるもんだと思ってた」
「それ、私にもできるよ」
「だよねー。それで、就職活動で受けた会社は全滅。アルバイトしてた今の会社に泣きついて、卒業と同時に就職したってわけ。まぁ、2年くらいで辞めてやる思ってたけど、もう6年目になったなぁ」
「課長と主任が言ってました。あいつはすぐに辞めると思ってたけど、今はよくやってるって」
「へぇ。そうなんだ」
「あ! 照れてる!」
「うっさいうっさい! 食おう食おう!」
ハンバーグに食らいつく。
「ねぇ、本間さん」
「ん?」
「本間さんが今普通でいられるのは、むしろ霊感が全くないせいだと思うの。霊感がある人だと、いろいろと参っちゃうから。でも、あんまり長く関わらない方がいいよ? 生きている人間がそうでないものと関わるのは、基本的にいけないことだから」
「分かった」
遠回しの忠告だと理解した。霊感のある人が言うこととなれば、やはり説得力が増す。
「困った時は言ってくださいね? そっち方面のツテはたくさんありますから」
「うん。心強いよ。ありがとう」
供養人の仕事を「楽しい」と感じ始めていた僕は、その感情自体がマズいことだと改めて認識した。
――どこかで区切りをつけないといけない。
ただ、「供養人をやめます」と言ってやめられるものなのだろうか。後継者を連れて行かない限り、一生続けなければいけないのか。
沢本さんに相談する時が、意外と早くきそうだ。
(続く)
ありがとうございます!(・∀・) 大切に使わせて頂きます!