NEXT TARGET -百戦錬磨の暗殺者-《短編小説》《SFサスペンス》
今日の任務はもう既に伝えている。
ー 塔の地下にある部屋にいる者を抹殺せよ ー
実にアバウトな指令だったが、その暗殺者は何の文句も言わずに従ってくれた。
「...というわけだ。明日未明、黒のワゴンが迎えに行く。」
『わかった。』
「頼んだぞ。そいつは情報を握っていて、裏社会に流し続けている。」
『どんな奴でも関係ない。指令に従うだけだ。』
「そうか。じゃあ、頼んだぞ。気を付けて。」
間髪入れずに通信は切れた。素っ気ないなんてもんじゃない。無駄な会話は一切しない。組織内でもその暗殺者の素性はほとんど知られていない。顔を見た者もほとんどいない。
噂ではそいつの顔を見た者は、仲間であっても消されてしまうと実しやかに囁かれていた。
その暗殺者のコードネームは、『闇の狼(ウルフ・オブ・ダークネス)』と呼ばれている。
百戦錬磨の暗殺者の新たなミッションが始まった。
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『今、車を降りた。直ちにミッションを開始する。』
「よし、行け。午前3時45分。ミッションスタートだ。」
明朝、まだ朝日も見えて来ない。まだ明けない夜空が広がっている。
闇の狼は名前の通り、暗い時間に暗殺を遂行していく。
「後藤さん。お疲れ様です。」
「おう。どうだ。」
「ドライバーから、今降ろしたと連絡がありました。」
「よし、そろそろ開始する頃だな。」
車を降りてから1分ほどで侵入予定の通風孔からの潜入が開始される。マイクからはねじを回すような音が聴こえ始めた。
『OK。』
「入れ。」
一応のやり取りはしているが、状況確認のためだけだ。現場レベルでの感覚でどう行動するか。本来、それは任せる事にはなっている。
唯一の命令は、《 絶対に見つからない事 》。見つかった場合の対処は、見てしまった者の抹殺以外にないからだ。被害者を無駄に出す事は良しとされていない。それが暗殺者にとっての忠義だ。
そのために、本部が最大限のバックアップをする。こっちは本部から4人のバックアップの下で行われている。今日のターゲットには悪いが、意図さえ気付く事無く、命を落とす事となるだろう。
「排気口はいくつかに分かれている。三つ目を右だ。そのあと、二つ目で降りるんだ。そこは倉庫。廊下に繋がる。」
『わかっている。』
「よし。音に注意しろ。」
いよいよ、施設に入る。トントンという音が聴こえる。いくら通風孔をほふくで進むにしても、全く音を立てず進む事は出来ない。下に誰かがいれば、気づかれるかもしれない。しかし、それも調査済みだ。この時間帯だけは、廊下近辺に誰もいない。通って行く人もほぼいない。
リスクは出来得る限り削がれたが、それでも緊張感は一切途切れない。ストンという音と共に、部屋に侵入に成功。そこからは、暗殺者の真骨頂だった。
廊下を予定通り進み、階段を音を立てずに降りる。ほとんど無駄な時間を作る事なく、地下にある管理室前まで辿り着いた。
さすが、歴戦の暗殺者・闇の狼だ。支持は確認程度の事だけ。私の判断を仰ぐような場面は一切ない。
そして、最後のGOサインを出す時が来た。この瞬間だけは、何度経験しても緊張感が高まってしまう。
地下室の扉のロックは、システムハッキングで既に解除している。いつでも、突入が可能だ。
『セット完了。』
「OK、、、Ready、、、行くぞ。」
『GO。』
ー バーン! ー
扉を勢い良く開ける音が、フロア中に響き渡った。
おかしい。部屋に響き渡るはずがなかった。その音はヘッドホンから流れて来るはずだったからだ。
そして、やはりその音はヘッドホンから聴こえて来た音ではなかった。
「お前の名前は、後藤丈彦だな。」
慌ててヘッドホンを外すと、私の名前を呼んでいる。
「誰だ。」
「後藤丈彦だな。」
「だったら何なんだ。」
「お前の命を頂戴しに来た。問答無用。」
なぜ、この知った声の人物が目の前にいるのだ。さっきまでヘッドホンから聞こえていたはずの声だ。まさか、この目の前にいる人物が、あの闇の狼だというのか。
「お前はまさか、、、闇の狼。」
「なぜそれを知っている。」
「なぜかって、、、私はお前の上司だぞ。」
闇の狼は、少しだけ驚いた眼をしていた。しかし、闇の狼は無慈悲だった。
「関係はない。ミッションを遂行するだけだ。顔も見られてしまっている。お前を生かすわけにはいかない。」
そうだ、この人物は闇の狼。
「待ってくれ!おい、お前ら!止めろ!...えっ!?」
指令室のフロアには、誰もいなくなっていた。私と闇の狼以外は。
それに気づいた数秒後、私は床に伏していた。
「...な、なぜ...。だ、だ、、れか...。」
闇の狼の銃口からは煙が上がってた。私の左胸には開いてはいけない穴が開いている。そういう事だ。もう助からないだろう。しかし、、、
直後には気配が消えていた。
立ちあがるだけの力は残っていない。何とか力を振り絞りスマホを取り出す。そこには、部下の男の名前が映し出されていた。
『あ、後藤さん。まだ生きてるんすね。』
「お、まえ、、、どこに...。」
『え、あぁ、隠れてますよ。だって、、、』
悪びれる様子もなく、部下の男は信じられない事を語り始めた。
『顔見たら生きて帰れないでしょ。ここ来るように仕掛けたの俺ですから。はは、すごいでしょ。』
「え...いや...なんで...」
『後藤さん。わかってたんですよ。あなたが情報を流して大金をもらってたの。』
待て...そんな事はしていない...待て、、、待ってくれ...
『ってことで、死んでもらいます。すいませんね。言ってなくて。言ったら逃げちゃうから。じゃ。』
ー ぶつっ ー
通話は途切れ、ツーツーという音だけが流れて来る。嘘だ。そんな事はしていないのに。もう意識がだんだんと遠のき始めている。そんな最期の瞬間だった。
また、スマホが鳴り始めた。しかし、スマホに手を伸ばすだけの力は残っていない。
「すいません。あなたはもうすぐ裏切りますので、消えてもらいに来ました。」
「...っえ...。」
もうすぐ裏切る???どういうことだ。
スマホを鳴らしながら入って来た人物は、見覚えのない人物だった。いや、見覚えはあるのかもしれない。見た目が...私に似ている。
「誰だ?って思ったでしょう。」
そう、それだ。このまま死ぬなんて、無念しか残らない。
「私は、あなたです。未来のね。」
未来だと!未来から...来たというのか...?
「あなたはこれからこの組織を裏切って、本当に暗殺者に狙われる運命なんですよ。」
なぜ、裏切る。俺は何もしていないし、する気もないのに。
「裏切る気はないって思ったでしょうけど、それは今だからですよ。これから...色々あるんです。」
何かが起こる?心境に変化がある?でも、そんな事予知できないじゃないか。
「予知は出来ません。でも、起こった事実はわかるんですよ。そして、その過去を変えに来ました。」
でも、未来に私はいるのに、今ここで私は死んでしまうじゃないか...。
「未来を変えて、、、あなたを助けます。」
そういうと、私に注射器のようなものを突き立て、次の瞬間には私の意識は無くなっていた。
目を覚ますと、真っ白の部屋にいた。何時間眠っていたのか。ここはどこなのか。それにしてもまぶしい。
「起きましたね。」
「お前。ここはどこなんだ。」
「そんなに身構えないでください。あなたは私なんですから。ほら、歳は取ってるけどわかるでしょう?」
左目の上に2つのほくろがある。ほくろの形が楕円形で、特徴的なのを小さい頃から弄られたりしていたから、わからないわけがなかった。
「おい、、、俺は、、、何で生きている。」
「それは未来の技術です。詳しく教える事は出来ませんが...ちょっと未来には出来ている技術って事です。」
「そうなのか...。だが、お前が暗殺者を差し向けたんじゃないのか。」
「そうですよ。あの部下が暗殺者を動かすように。あの部下はね、あなたを陥れに来るんですよ。あなたが組織を裏切るように。それでね、先に手を打ちました。」
未来の私は、詳しく説明を始めた。
どうやら、少しだけ先の未来に私は嵌められるらしい。その元凶は部下の男だ。仲良くしているフリをして、私に情報を伝えて来るという。その情報は、組織に入り込んでいるスパイの存在だ。
その情報は完全なフェイクで、上層部には予めその嘘の情報を持って来た者が本当のスパイであると思い込ませていた。
そして、スパイ情報を急いで上層部に報告すると、それを知った上司たちは私を裏切者と断定したのだ。私は組織の裏切り者扱いとなり、暗殺者に狙われ、逃げ切れなかった。そういう未来がこれから待っているという。
起こった事は変えられないが、起こる前なら変えられる。
未来の私は、裏切者扱いされるより以前の私には一度死んでもらって、この世界から退場してもらう、という力技を実行したのだ。
辛すぎる所業だが、わたしは今も生きている。
「さぁ、あなたには仕事がある。」
「ああ。」
「あなたはこれから、時間を超える旅に出る。もうここには戻って来る事はない。だから、、、気を付けて。」
”気を付けて”は、私の口癖だ。間違いない。目の前にいるのは歳をとった俺だ。
「任せてくれ。じゃあ、行くぞ。」
何か大仰な装置に入り、扉が閉まる。
「OK。これから、あの日の同時刻に向かう。到着は午前3時45分。ミッションスタートだ。」
そして、私は再びあの日のあの場所に戻って行った。
END
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