トンネルの向こう側《ショートショート》
毎週休みには必ずどこかにお出かけをすると決めている。
家に居ても、時間がもったいない気がするから。
どこでもいい。
目標を決めずに、電車に乗り込む事さえあった。
そして、今日もまたいつもと違うルートを行ってみようと、バスに乗り込んでみた。
行った事のない方面に向かうバス。
バスには【天上門行き】と書いていた。
聞いた事のない地名だし、さぞ田舎なのだろうと思ったが、とにかく端まで行ってみる事にした。
そして、着いたのは山奥だった。
住民が住んでいる様子は無い。
少し向こうにトンネルが見えるから、抜けたところに何かあるのかもしれない。
「とりあえず、行ってみるか。」
山奥だけあって、街の喧騒は一切聞こえてこない。
のどかではあるが、暗くなったら道さえ分らなくなりそうだった。
念のため、バスの運転手に帰りのバスがあるかは聞いておいた。一応、2時間後に今日最終のバスが来るらしい。
猶予は2時間。少しだけ旅してみることにした。
トンネルに近づいてみると、トンネルに名前がついているのがわかった。
【天上トンネル】と書いているそのトンネルは、車道というよりは人が歩いて通っていくようなトンネルだった。
度々、山を探索する事があって、ほとんど車道がメインのトンネルだった。
「天上トンネル…。聞いたことがないな。」
トンネルは奥が見えないものの、明かりがついていて歩くのに苦労する事はなさそうだ。
てくてくと歩みを進めていくと、途中で高速の料金所のような建物があった。
そこには改札のようなものが設置されていて、見た事のないボタンが光を放っていた。
【片道/往復/見学】
本当に改札の切符のような表記の三つのボタンが並んでいた。
それぞれ、片道が赤、往復が青、見学が黄色。信号機のようなボタンだ。
周囲を見ても、説明のようなものは一切ない。
よくわからないが、これを押さないと先に進む道は開けそうになかった。
「見学がいいのかもだけど…。ここは冒険だ。往復かな。」
青く光るボタンをポチっと押してみた。
ボタンを押すと、改札が開き、手元には本当に切符が出てきた。
「ほんとに改札だな。」
切符を手に取り、僕は先に進んだ。
やっと先に光が見えて来た。きっとトンネルの出口だろう。
トンネルの出口が近づくと、そこには人らしき影が見えた。
トンネル出口の影は、車掌のような服を着た人だった。帽子が深く顔は見えないが、その車掌っぽい人は、トンネルを通り抜けようとした僕に声をかけた。
『あの、切符はー…。』
本当に車掌っぽい事を言ってきた。
僕はさっき手にとった切符を差し出した。
『往復ですね。今日中にお願いしますね。では。』
そういうと、どうぞとトンネルの外へいざなってくれた。
トンネルの外は、入口とそれほど変わらない山奥が続いていた。
「なんだ…。何かがあるんじゃないのか。」
僕はがっかりしたが、まだほんの10分ほどしか経っておらず、今引き返しても1時間半以上の待ち時間の末、バスに乗って帰るだけだ。
もう少し先に進んでみる事にした。
山は少し下りになっていた。
そして、来る時に見たような光景とは全く違う事に気付いた。
山中でかなりの人数の人とすれ違ったのだった。
それに、その人達は何か様子自体がおかしかった。
下向いて歩いてる人もいれば、山道を元気に走って登っている人もいる。
「あれ、、、?え、、、?」
すれ違う人の中に、少し浮いているように見える人の存在に気がついた。
そんなはずない、と思いながらふらふらと歩いていると、車に乗っている人がこっちを見ながらこう言った。
『どっから来たんよ。』
関西弁らしき方言で声をかけられた。
「え?いや、○○市からですよ。」
『あれ?あんた、もしかして…。ごめんなぁ。何もない何もない。はよ、帰りやぁ。』
車に乗った人は、何かに気付いてどこかに行ってしまった。
ここは本当に変なところだな。
ほら、また。次はチンドン屋のご一行だ。
都会でもたまーに見かける程度なのに、山中で見るのは甚だおかしい。
「チンドン屋さん。ちょっと聞きたいんだけど。」
『なんですかい。』
「ここ下ったら、どこに出るんですか。」
チンドン屋ご一行は、なんだこいつという顔でこちらを見ている。
何かまずい事を聞いただろうか。
そして、信じられない言葉を耳にする事になってしまった。
『ここを下ったら、天国ですよ。』
僕はどうやら天国へのトンネルをくぐってしまったらしい。
天国への切符。
往復になっているから帰ることできるんだよね?
END
T-Akagi
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